ベンチャー企業の報酬体系などで「ストックオプション」という言葉を耳にしたことがある人もいるのではないだろうか。最近では税金上での優遇が増えたとの報道もある。ここでは、ストックオプションの仕組みと税金・活用方法について簡単に説明する。
そもそもストックオプションとは?仕組みと種類について
そもそもストックオプションとはどういう制度なのだろうか。以下にストックオプションの基本的な仕組みと代表的な類型を紹介していく。
基本的な仕組み
ストックオプションとは、新株予約権とも呼ばれ、ある一定の条件で新株を引き受けることができる権利のことを指す。ストックオプションを発行する際に新株を引き受ける権利を行使するにあたってのトリガーとなる条件と引き受けることができる価格と株数を明示したうえで会社がストックオプションを発行する。
発行を受けたものがトリガーの条件を満たしているかつ指定の条件に基づいて権利を行使したタイミングで「会社が新株を発行して権利者に株式を付与する」という流れだ。「権利行使するための条件」「価格と株数」「ストックオプションの発行を受けるものとその対価」という組み合わせでさまざまな条件が設定できる。
よく使われるシチュエーションとしては、まだ資金力が潤沢でないベンチャー企業が能力の高い役員・従業員に対する報酬とするケースが多い。ただそれ以外にも株主間の持ち分比率調整や事業承継などさまざまなケースに応用することが可能だ。よく見られる類型として以下の4つのストックオプションタイプについて解説する。
- 通常型ストックオプション
- 株式報酬型ストックオプション
- 有償ストックオプション
- 信託型ストックオプション
1 通常型ストックオプション
通常型ストックオプションは、ストックオプションの発行時点での株価を行使価格(=ストックオプションを行使したときに株式を引き受けるための対価)としてストックオプションを発行するものだ。発行そのものは無償で行われ基本的に値上がりをしないと得をしない(行使しない)のが特徴。企業の成長にコミットさせるため、役員やコアな従業員に対して報酬として付与されることが多い。
税制適格で発行されるストックオプションはこの一形態にあたることが多い傾向だ。
2 株式報酬型ストックオプション
株式報酬型ストックオプションも無償で発行されるストックオプションであるが、行使価格が1円ないしは極めて低額で報酬として株式を付与することが目的だ。ストックオプションの発行自体も無償で行われることが多い傾向である。実質的に条件付きで株式を低額付与することと同じ意味を有しており役員や中心的な役割を担う従業員に対して付与することが多い。
3 有償ストックオプション
有償ストックオプションは近年よく見られる類型だ。ストックオプションを発行する際にストックオプションの対価を付与されるものが支払うものである。将来の業績などのトリガー条件を厳しめに設定することでオプションの対価金額を安くなるように調整しつつ有償発行とするのだ。後で説明するように税制適格ストックオプションと同様のものを柔軟に発行しようとするものである。条件が柔軟に設定できるため、利用が増加している。
4 信託型ストックオプション
信託型ストックオプションは、信託契約と有償ストックオプションを組み合わせたものである。発行方法は上記の3種類のような形態となるが、信託の仕組みを利用して発行するのが大きな違いだ。発行時点ですべてを付与せず後日に同条件で付与することを可能とする仕組みである。ストックオプションは発行が前倒しであるほどメリットが増加する傾向だ。
しかし従前の仕組みでは発行から比較的短い期間で引き受けまで完了する必要があったため、この方式が開発された。
ストックオプションに対する税金の優遇措置がある?
ストックオプションにかかる税金は、付与を受けたものに対して独特の税制が適用されるため留意が必要だ。また税制適格に該当するストックオプションの場合、税金の優遇措置もあるため、上手に活用することも大切である。以下にストックオプションにおける税金の計算方法の原則(税制非適格の場合)と税金上の優遇がある場合の計算方法 (税制適格の場合)について説明していく。
税制非適格の場合
ストックオプションには、大きく分けて以下の3段階がある。
- 会社によるストックオプションの発行と付与
- 付与対象者による権利行使
- 権利行使によって得た株式の売却(=資金化)
ストックオプションの税金を計算する際の原則について確認してみよう。「付与対象者による権利行使」が行われて株式が発行* 付与された際、その時点での株価と行使条件によって決めた行使価格との差額を利益として認識し、それに課税される。その後、株式を売却した場合は、その差額について課税されるという形だ。この場合、例えば役員やコアな従業員の場合、給与所得として以下の金額が認識される。
(例)
- 通常ストックオプション
- 行使による発行株数10株
- 行使価格1万円
- 行使時点株価10万円
- 売却時点株価20万円
- 行使時(10万円-1万円)円×10株=給与所得90万円、※給与所得控除は考慮しない
- 売却時(20万-10万円)×10株=譲渡所得100万円(分離課税)
この場合、給与所得90万円に対してかかる税金が付与対象者に課税される。しかしその時点では株式が現金化できていない。そのためストックオプションを報酬として受け取ったにもかかわらず行使時点では税金の分だけ現金支出が発生するということになる。通常ストックオプションには、行使してから売却するまでの期間が条件として設定されることが多い。
そのため「現金が用意できない人は行使できない」ということが発生するのだ。また利益が多くなればなるほど税金も高くなるため、使いにくい仕組みといえる。そのようなことを防ぐために創設されたのが後述する「税制適格ストックオプション」という仕組みである。
税制適格の場合(条件あり)
税制適格に該当する場合には、上記の原則とは異なり行使時点で税金は発生せず株式売却のタイミングで課税されることになる。上記の例と同じ条件の場合、課税方法は以下の通りだ。
(例)
- 通常ストックオプション
- 行使による発行株数10株
- 行使価格1万円
- 行使時点株価10万円
- 売却時点株価20万円
- 売却時(20万-1万円)×10株=譲渡所得190万円(分離課税)
この場合、課税は「売却=資金化時点」で課税されるため、税金の支払いに関する問題は発生しない。そのため税制非適格の場合より「資金力がない人でも行使がしやすい」という点がメリットだ。ただし発行時点において税制適格に該当させる発行方法について十分検討する必要がある。主に以下のような条件に該当することが必要だ。
項目 | 要件内容 |
---|---|
発行価額 | 無償発行 |
行使価額 | 発行の時価以上 |
付与対象者 | 発行会社・その子会社の取締役・執行役・使用人など |
権利行使期間 | 付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日までの間 |
権利行使限度額 | 年間1,200万円を超えない |
譲渡制限 | 譲渡禁止 |
保管委託 | 証券会社や金融機関などによる保管・管理信託など |
2019年7月16日から社外専門家に対する税制適格の適用要件を拡大しているのでこちらにも留意が必要だ。税制適格で発行するためには厳しい条件があるため、ここで利用されるのが有償ストックオプションである。有償ストックオプションは発行時点で対価を支払っているため、権利行使にあたっての税金は発生しない。
そのため税制適格と同様の取り扱いができるうえに柔軟な条件設定ができる点がメリットだ。しかしストックオプションの適正価格を決めるために高額な費用が必要である点が課題である。
ストックオプション導入のメリット・デメリット
ストックオプションのメリット・デメリットについて会社側・付与対象者側に分けて説明する。
ストックオプション導入における会社側と付与対象者のメリット
・会社側のメリット
最大のメリットは、現金の流出させずに従業員などに対して報酬を支払いできる点にある。特に資金力の乏しい初期段階(シード、シリーズA)のベンチャー企業にとっては、高額な報酬の代わりにストックオプションの付与を行うことで代用できることが大きい。例えば他社から有能な人材を引きぬいたり貢献度の高い社員を慰留したりすることも可能だ。
またストックオプションの性格上、会社の成長が報酬増大と直結するため、会社の成長に対するコミットを引き出しやすい点もメリットである。
・付与対象者のメリット
付与対象者の最大のメリットは、会社に対して資金投下していなくても会社の成長によって得られる大きなキャピタルゲインの分配が得られる点だ。一般的に現金で報酬を支払われるよりも大きな金額でのリターンが期待できるため、付与対象者としては大きなメリットとなる。また発行条件次第では、「会社に対しての権利を一部持つことができる」などもメリットだ。
ストックオプション導入における会社側と付与対象者のデメリット
・会社側のデメリット
創業者が得られるはずだったキャピタルゲインの一部を付与対象者に分配する必要がある点が最大のデメリットである。またストックオプションを得られたことで逆に社員のモチベーションが下がる場合や発行したストックオプションの管理が必要となるデメリットもあるだろう。さらに発行にあたっての事務・法務面での負担が発生したり一度発行すると取り消しができなかったりする点もデメリットだ。
発行条件次第では、上場ではなくM&Aによる出口戦略を図りたい場合に付与対象者からの反発が発生するケースなども想定しておく必要がある。
・付与対象者のデメリット
会社が成長しない場合は、まったくリターンが享受できない点が最大のデメリットだ。また行使条件に該当しない(例:途中退社や上場断念など)と行使できなかったり行使後の株価変動によってはリターンが変動したりする点などもデメリットである。
ストックオプションを導入する際のポイント
ストックオプションを導入する会社側の最大の目的は、優秀な人材の確保・維持と会社の成長へのコミットを引き出すことだ。一方従業員側としては、会社の成長を自分の金銭的利益につなげることである。どちらも「会社の成長」という点では一緒だ。つまり導入する際の最大のポイントは「いかに会社の成長を促すような仕組みでストックオプションを運用するか」という点である。実現のために以下の2点を押さえておきたい。
- 会社の成長に貢献した人や期待が高い人にストックオプションが重点的に配分されること
- ストックオプションの付与後にも自ら会社の成長の促すような行動を誘発する仕組みにすること
発行条件・行使条件の組み合わせによって実現するため、発行時点で評価ルール・配分ルールまで含めて検討しておく必要がある。
ストックオプションを活用して企業・従業員共にメリットを享受しよう
ストックオプションは、資金力の乏しいベンチャー企業にとって優秀な人材にコミットしてもらうためにとても有効な手段の一つだ。ただ税金の問題もあるため、発行方法には十分な検討が必要である。ストックオプションは会社の成長や個人の成長の両面にメリットがあるのが特徴だ。「税金の優遇措置の対象となるか」などについても考慮したうえで上手に活用していきたい制度といえるだろう。(提供:THE OWNER)
文・村上克己(中小企業診断士)