いつ和――成人式を深めて、4,500億円の新市場を掘り起こす

着物業界,成長戦略
家族のための成人式 写真提供:〔株〕いつ和

1892年に新潟県の十日町で創業した〔株〕いつ和は、もとは呉服問屋。2006年に小売業に進出し、その後、メーカーも買収して、着物のSPAを行なう企業となった。同社アニバーサリー事業部部長の中西昌文氏によると、「ある程度以上の規模で着物のSPAをしている会社は他にないのではないか」とのこと。長らく一般呉服だけを扱っていたが、2018年に京都プロデュース〔株〕から「成人式サロンKiRARA」の事業を買収することで、振り袖にも進出した。中西氏は、この買収に伴って、京都プロデュースからいつ和に移った。

「振り袖の事業は、新成人の人数がわかるので、見込みを立てやすいという特長があります。しかし、振り袖のレンタル事業は参入障壁が低く、写真スタジオや美容室なども参入して、競争が激化しています。そんな中で、他社にはない付加価値を考えて始めたのが、成人式サロンKiRARAでの『家族のための成人式』です」(中西氏)

「家族のための成人式」は、自治体が行なう成人式のように数多くの新成人が集まるのではなく、家族ごとに1組ずつ行なうもの。能楽堂などの場所を借り、新成人とその両親が着物を着て、写真撮影や、新成人から両親へのメッセージをレーザーで刻んだ指輪のプレゼントなど、セレモニーを執り行なう。当日までに、親が子供に着物を着せるための着付け教室も行なう。記念品もあり、親にとっては子育てからの卒業式、新成人にとっては親からの巣立ちの儀式となる。

「自治体が行なう成人式は、同じ年齢の人たちが、同じ日に、全国で約100万人も集まるという、他に類を見ないイベントです。毎年逮捕者が出ても続くという点でも、他に類を見ません。逮捕者が出ても毎年やる理由は、やはり、新成人には『20歳の記念に何かしたい』という気持ちがあるし、親には『20歳を祝ってやりたい』という気持ちが強くあるからでしょう。では、成人式を行なう自治体はその気持ちに応えられているのかと言うと、そうではないのではないか。このギャップから、『家族のための成人式』のアイデアが生まれました」(中西氏)

「家族のための成人式」では、上記のような様々なサービスやアイテムをメニューとして提案している。目指しているのは、単価50万円だそうだ。

「バブル期には、約48万円の振り袖を購入し、約2万円で写真撮影をして、成人式に合計約50万円をかけていました。それが今では、振り袖は約20万円のレンタル、写真撮影は約5万円で、合計約25万円と、約25万円も減っています。家計が厳しくなった影響もあるでしょうが、主な要因は所有願望の低下だと見ています。お金をかけて振り袖を所有したいとは思わないけれども、納得できるサービスがあれば、合計50万円までは出そうという親が多いはずです」(中西氏)

新成人のうち女性は約60万人。振り袖のレンタルと写真撮影で25万円だった単価を、「家族のための成人式」で50万円に上げれば、総額で1,500億円アップすることになる。

「『家族のための成人式』は、女性だけでなく、男性の新成人とその家族のためのサービスでもあります。親にとって、息子が20歳になったことを祝いたい気持ちは、娘が20歳になったときと変わらないはずですから」(中西氏)

男性の新成人のために袴をレンタルするビジネスは、単価が低く、需要も少ないため、ほとんど行なわれていない。男性の新成人約60万人が、それぞれ50万円で「家族のための成人式」を行なうとすれば、3,000億円もの市場が新たに生まれることになる。男女を合わせると、「家族のための成人式」の潜在的な市場規模は、成人式の振り袖市場(写真撮影を含む)よりも、4,500億円も大きい計算になる。

「今は、振り袖を購入もレンタルもせず、母親が着たものを着る新成人が増えています。母親が新成人になった頃はバブル期で、良い振り袖を持っているんです。すると、振り袖をレンタルするビジネスは影響を受けますが、『家族のための成人式』は問題ありません。振り袖のレンタル以外の部分に付加価値があるからです」(中西氏)

成人式サロンKiRARAの1号店は、2016年に千葉県八千代市にオープン。1年目は年間500組を目標にし、見事、達成した。昨年末時点では8店舗に増えている。

「4,500億円の潜在市場を、当社が独占しようとは考えていません。『家族のための成人式』が文化として広まることを目指しています。そして、自治体の成人式のほうがオプションというくらいになればいいですね(笑)」(中西氏)

THE21編集部
(『THE21オンライン』2020年04月16日 公開)

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