コスト低減効果は極めて限定的

今回のルール変更により20年5月以降、日銀は相対的に低コストのETFを従来よりも多く買入れることになった。コスト低減効果が期待されるわけだが、ここで重要なのは、日銀が負担するコストは紛れもない国民負担ということだ。

しかも信託報酬は日々ファンドから自動的に差し引かれるので、信託報酬率が高いETFほど資産価値の目減りが大きい。これは日銀の決算書には明記されない“隠れ負担”である。

こうした指摘に対して日銀は「分配金で信託報酬を賄えている」と説明しているが、「賄えれば良い」という話だろうか。前述したとおり、分配金を含むETFの運用成果(コストを除く)は各社でほとんど差が無いのだから、コストが低いに越したことはない。費用対効果の問題だ。

その意味では今回の買入れルール変更で問題点が大きく是正されるように映るが、実はコスト低減効果は極めて限定的だ。

日銀が年間6兆円ペースで買入れると仮定して試算してみると、向こう1年間(20年5月~21年4月)の信託報酬は旧ルールで499.0億円、新ルールでも498.8億円でほとんど変わらない。厳密には約0.16億円減るものの、文字通り“焼け石に水”だ。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

新ルールによるコスト低減効果が限定的なのは、そもそも信託報酬は保有するETFの残高全体に課されるからだ。端的にいえば、新ルール下で買入れる年間6兆円のETFはコストが下がるが、既に保有している約34兆円(4月末時点)のETFは高コスト体質が放置されるという単純な理由に過ぎない。

言い換えると、新ルール下での買入れが進むほど全体のコスト率は徐々に下がる。そこで、仮に今後10年間、日銀が年間6兆円ペースで買入れを続けた場合の信託報酬の差を試算した(10年間も買い続けることに筆者は明確に反対の立場だが)。

結果は図表7のとおりで、10年間の累計でも新ルールによるコスト低減効果は16億円に満たない。旧ルールの8,060億円に対するコスト低減効果は0.2%で、やはり極めて限定的と言わざるを得ない。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

まとめと考察

日銀がETFの買入れルールを変更したことで、20年5月以降については年間6兆円のうちTOPIX型の買入額が約5,600億円減り、代わりに日経平均型を約2,100億円、JPX日経400型を約3,500億円それぞれ増額することになる(4月30日時点のデータによる試算)。

また、今回の変更では結果的にコスト(信託報酬率)が低いETFを従来よりも多く買うことになるため、運用会社ごとに買入額の増減が生じる。年間買入額が最も減少するA社は約1兆円の減額で、年間6兆円に対する買入額シェアは44.6%から28.3%に低下する。

一方、主な買入対象ETFの中で信託報酬率が最も低いE社は5,000億円ほどの増額となり(約1,000億円→約6,000億円)、買入額シェアも1.6%から10.0%に飛躍的に伸びる。これらの結果、A社に集中していた買入額シェアがなだらかになるため、ETF業界の競争促進に繋がることも期待される。

ただ、実際に日銀が(実質的には国民が)負担する信託報酬は高止まりのままだ。なぜなら信託報酬は保有するETFの残高全体に掛かるためで、4月以前に買入れた34兆円については高コスト体質が放置される。試算すると今後1年間の信託報酬、つまり保有コストは約500億円と推定されるが、新ルールによるコスト低減効果は1,600万円に過ぎず、焼け石に水だ。

新ルールによるコスト低減効果は徐々に拡大すると見込まれるものの、今後10年間の信託報酬は累計約8,000億円と試算される。これは旧ルールと比べて約16億円のコスト削減に過ぎない。

ETFは運用会社によって運用成果の差は殆どない。違うのは主にコスト(信託報酬率)と言っても過言ではなく、多くの投資家はよりコストが低い商品を選択する。信託報酬率が低いETFほど、新ルールの基準となった市中流通額(ETFの時価総額-日銀保有額)の時価総額に対する割合が大きいことが証左だろう。つまり、日銀以外の投資家の需要が大きいということだ。

日銀は資産運用が目的でETFを買入れているわけではないが、政策効果が同じならコストが低いに越したことはない。「交換・設定」というETF特有の仕組みを利用すれば、信託報酬率が最も低いETFに全額を乗り換えることも不可能ではないが、それは極端で現実的ではないだろう。

たとえば単純に指数ごとに各運用会社のETFを均等に保有した場合(これはこれで“横並び批判”を受けると思うが)、向こう1年間の信託報酬は72億円ほど減る(削減率は14.4%)。今後10年間の累計では効果がさらに大きく、コスト削減額は約1,300億円(同16.2%)にのぼる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

2010年に日銀がETFを買い始めた当初は、買入額が年間0.45兆円程度に過ぎなかったうえETFの種類も限られたので、ETFの時価総額に応じて買入れる旧ルールが適切だったと考えることもできる。しかし、13年に異次元緩和を開始して以降、1兆円→3兆円→6兆円と年間買入額の増額を繰り返してきた。

日銀自身も可能ならETFの買入額を減らしたり、保有残高を引き下げたいと考えているだろう。しかし、期せずしてコロナ禍で年間の買入額を一時的に12兆円に引き上げる結果となった。

日銀が保有するETFの時価残高は34兆円を超え、早ければ20年内にも世界最大の日本株投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を超える可能性もある。今後も増加が見込まれるETF保有コストについても真剣な議論が求められているのではないか。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

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井出真吾(いで しんご)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任

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