結果の概要:1000億ポンドの増額決定
6月18日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
【金融政策決定内容】
・政策金利を0.1%で維持
・国債および投資適格級社債の購入を総額7450億ポンドまで実施する(1000億増額)
【記者会見での発言(趣旨)】
・5月の報告書で示したシナリオほどに厳しいものとはなっていない
・労働市場は弱いと言え、一時休業者が労働力として戻ってこないリスクがある
・マイナス金利はツールの一つだが、評価段階にあり、差し迫って導入する状況ではない
金融政策の評価:経済持ち直しで追加額も最低限
金融政策では、1000億ポンドの増額を決定した。前回5月の会見で7月には購入枠の上限に達することに触れていたことから、増額は予想通りの決定であった。
今回の声明では、資産購入について年始(around the turn of the year)にかけてプログラムを完了させるとの旨が声明に記載され、いままでよりも購入ペースを落とすことが暗に示された。声明では経済分析で5月に示したシナリオよりも、実際の経済統計が深刻でない点にも言及しており、購入ペースの減額は経済回復と整合性をとった形となっている。一方で、労働市場の弱さや今後のダウンサイドリスクは変わらないとして、必要があれば追加で緩和する姿勢は崩していない。
記者会見でもこの緩和規模に対する質問が見られた。ベイリー総裁は3月以降の購入額が極端に大きかったため、購入ペースの減速が目立ってしまうが、コロナ危機以前と比較すれば購入ペースは速く、緩和姿勢であることを誤解して欲しくないと述べている。
ただし、市場では追加緩和規模として、1000億ポンドより大きい額を予想する向きもあったため、BOEの緩和姿勢は予想対比では強くなく、ややタカ派と解された。
記者会見ではマイナス金利の導入についてもいくつか質問されている。ベイリー総裁は、金融政策ツールのひとつとして導入可能性は検討しているが、他国事例から長所と短所の評価という形式的な分析の段階にあり、委員会では議論せず、導入も差し迫った状況にないと回答した。
ベイリー総裁の発言通り、現在の経済状況は持ち直しが見られる一方で、労働市場の一時休業者の人数が急増しているなど、先行きの不安定要素も多分に抱えている。特に、一次休業者は前回記者会見では4-6月期に600万人以上と見積もっていたが、足もとのデータでは4月末で約800万人が利用するなど、今後の雇用調整リスクが増えている。金融市場には落ち着きが見られているが、実体経済については不透明な部分も多い。
今回の増額決定で、いったん年末までの基本姿勢が示されたと解される。今後は経済回復の強さがある程度明らかになった上で、再度、追加緩和の是非を判断することになるだろう。
声明の概要(金融政策の方針)
6月18日のMPCで発表された声明の概要は以下の通り。
●MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、経済成長と雇用を支援する
- Covid-19の拡大による経済・金融の混乱にどのように反応するかが課題
- 政策金利(バンクレート)を0.1%で維持する(全会一致)
- 2000億ポンドの国債および投資適格級の非金融機関社債の購入を続ける(全会一致)
- さらに国債の購入額を1000億ポンド増額し、総額7450億ポンドとする(8対1で決定(1))
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(1)反対票はハルデーン委員で増額なしの6450億ポンドが望ましいとした。
●リスク資産価格は3月の下落から回復したが、パンデミックに関するニュースには敏感である。
- 2020年4-6月期の世界GDPの落ち込みは、5月のMPCでの予想よりも深刻ではない
- 封じ込め政策の緩和により、個人消費やサービス業の生産に回復の兆しがある
- 緩和的な金融・財政政策は回復を支えるだろう
- しかし、新興国でCovid19の拡大や先進国での感染率上昇など、世界経済の先行きに対するダウンサイドリスクは残る
●英国のGDPは3月に6%縮小した後、4月には約20%縮小した
- より最近の指標は、GDPが回復し始めたことを示唆している
- 決済データは個人消費の5月と6月の回復を示し、住宅市場も持ち直しはじめた
- 労働力調査における失業率は4月までの3か月で3.9%と変化していない
- 一方、より最近の失業保険申請、給与データ、求人件数は労働市場の弱まりを示している
- 雇用維持制度は予想以上に利用されており、4-6月期の一時休業者は多くなるだろう
- 企業調査では今後の数四半期にわたる雇用見通しは弱い
- 雇用不安を抱える家計もある
●CPIインフレ率は3月の1.5%から4月には0.8%に低下し、MPCの声明と同時に公開された中銀総裁から財務相への書簡(2)のきっかけにもなった
- 5月のインフレ率はさらに低下し、0.5%となった
- 物価目標を下回るCPIインフレ率はパンデミックの影響によるものである
- 世界的な原油価格の暴落はインフレ率に直接影響し、また様々な産業の燃料価格や仕入価格の削減を通じて間接的にも影響した
- 経済活動の急減も多くの産業で遊休設備を増やし、インフレ圧力を低下させている。
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(2)インフレ率が目標から乖離した理由と今後のインフレ見通し、インフレ目標を達成するための金融政策手段について説明する書簡(インフレ率が目標(2%)から1%以上乖離した場合に公開が要求される)。なお、資産購入策における国債購入上限を1000億ポンド増やす決定をおこなったため、同時に、7450億ポンドとすることへの承認を依頼する旨の書簡も公開している。
●前例のない状況は英国および世界経済の動向が非常に不確実であることを意味する
- 見通しは、パンデミックと封じ込め政策、政府・家計・企業の反応に大きく依存する
●最近のデータは2020年4?6月期の世界および英国のGDPの落ち込みが5月の報告書ほどではないことを示唆している。
- 予想以上に力強いが、その後の回復について推測することは難しい
- 英国では、失業率がより高く継続的になるリスクがある
- 封じ込め政策は緩和されても、ある程度、家計や企業の感染予防的が行動は続くだろう
- 経済、特に労働市場は以前の経路に戻るまでに時間がかかる
- インフレ率は目標より低く、需要の弱さを反映し、今後数四半期でさらに低下するだろう
●MPCは今回の会合で、さらなる金融政策の緩和が目的の達成に必要だと判断した
- 委員会は中期的なインフレ目標達成のため、1000億ポンドの国債購入額の増額を支持する
- 委員会は年始に資産購入総額が7450億ポンドとなるようプログラムを完了させる
●MPCは引き続き状況を注視し、権限に従い、経済を支援し、インフレ率が2%の目標に持続的に回帰するために必要ならば、さらなる行動を実施する準備がある
- 委員会は資産購入策に関する検討を継続する
記者会見(質疑応答)の概要
記者会見(質疑応答)において注目した内容と回答趣旨は以下の通り。
●マイナス金利について。議事要旨に記載されていないが、まだ考えているか。制約があるか。
- まずは、英国にマイナス金利の導入する場合の評価(長所・短所を理解)する段階にある
- 差し迫って導入する状況にはない
- どのように実施するか、コミュニケーションをとるかと言った問題に対処する必要がある
●景気について楽観的になっているが、どの程度自信を持っているか
- 5月以降のデータが5月の報告書で示したシナリオほどに厳しいものではなかった
- 4-6月期が▲20%台半ばか▲20%程度かという違いなので、こだわりすぎてはいけない
- 見通しの誤差はかなり大きい
- 失業率は上昇傾向にあり、インフレ見通しにも影響するだろう
●労働市場について、あなたの生涯における最悪の危機に直面しているか
- 経済活動停止の結果、失業率は最も深刻な上昇となることは疑いの余地がない
- 最終的にどうなるか(endpoint)を判断するのは早急と言える
- 雇用統計は矛盾した要素もあり、読み解くのに時間がかかるが、悪い結果だと言える
●QEやQEのペースについて。特定の利回りへの到達が(政策変更への)引き金になるか。イールドカーブコントロールのような、利回りへの目標を持っているか。
- QEの規模やペースに関する具体的な引き金は存在しない。
- 声明で述べているように、状況を注視し、必要な場合はさらなる行動をとる準備がある
- インフレ目標があり、それと経済活動とが結びついた枠組みのなかで政策を実施している
- イールドカーブ目標ではないし、委員会でもイールドカーブ目標について議論していない
- イールドカーブがどうなるかは、政策の結果のひとつに過ぎない
●すでに1か月で600億ポンドの国債を購入している。7月も600億ポンドの国債発行が予定されているが、購入ペースを維持するか、それともすぐ150億ポンドなどに減額するか。
- 発行規模と購入量を一致させることは意図ではない
- 3月には大規模かつ早急な購入が必要だった
- 3月以降の状況を勘案すれば、同じペースでの購入とはならず、遅くなる
- (現在の規模で)年始まで続く購入策として意図している
●経済回復について、社会的距離(ソーシャルディスタンス)の緩和が早く進めば、どの程度回復は早まるか。距離の2メートルから1メートルへの短縮や、学校再開などの影響は。
- 正確な回答は出せない
- 経済活動再開は5月の報告書での前提よりは早まっていると思う
●QEペースの鈍化は今後の数か月の国債発行ペースの鈍化と関係があるのか
- 暗示されている今後のQEのペースは歴史的に見ても、まだ速い
- 3月以降の購入ペースが極端に大きかったため、減速に見えるが、速いペースである
●マイナス金利についての議論はされたか
- マイナス金利については、議論していない
- ツールとしての評価をするための形式的な分析作業をしている
●一時休業者が労働力としてすべて戻ってこない可能性について教えて欲しい
- 聞き取り調査によれば、すべての一時休業者が再雇用されないリスクがある
- 可能な限り頻繁に調査を行い、来年にわたって注意深く監視していく
●「第二波」についてのリスクは
- 第二波は様々な可能性があるが、経済活動への影響を推計するのは容易ではない
- 可能性のある結果をシナリオの範囲を示すことが合理的
●経済回復が予想以上に進んでいるということは、V字回復の可能性を意味するか
- 経済活動の回復の兆しはあるが、今後の見通しについては疑問もある
- ロックダウンの解除によって直接制限されている活動があるため、(解除後の)早い時期には回復が急激になる可能性があり、その証拠が出てきた
- 長期的な影響(人々の行動が慎重になる点や、長期的な損害が残る点)は不確かである
●QEの購入ペースと規模について。2013年のFRBの購入規模縮小に伴う癇癪(taper tantrum)など、人々は購入ペースに関心がある。購入ペースの縮小はどのようなメッセージなのか
- 2013年のFRBはQE残高には言及していなかったと思うし、目的が異なっていた。
- 3月の金融市場の混乱が落ち着いているので、ペースを遅くできると考えている
●「第二波」が発生した場合に、どのような対策をするか議論したか
- 「第二波」への反応については議論していない。我々はより広範な状況を見ている
●長期流動性スキームの利用が進んでいないが、将来的な利率引き下げなど考えているか
- 考えていない。将来的にはさらに利用されることになると思う。
●雇用環境は、旧工業地帯と都市部で悪いようだが、これらの地域の失業率が他と比較して悪くなる可能性があるか
- 封じ込め政策は労働集約的なサービス業に特に悪い影響を及ぼしている
- 部門間、地理的な環境に応じて、異なった影響を及ぼすことは明らかと言える
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高山武士(たかやま たけし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員
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