指導歴40年以上、300余社を直接指導し、一部上場はじめ株式公開させた企業も十数社にのぼる「オーナー企業の経営」に熟知した実力コンサルタント、アイ・シー・オーコンサルティング会長・井上和弘 氏。経営指導に東奔西走する傍ら、「後継社長塾」の塾長を30年務め、今まで500人以上の後継者育成に携わっている。

承継と相続 おカネの実務
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本記事は、オーナー経営に精通した井上和弘 氏が会社法・税法の専門家と知恵を結集し、社長目線でわかりやすく解説した著書『承継と相続 おカネの実務』(税込14,850円、日本経営合理化協会出版局)の第1章、P102-112から一部を抜粋・編集して掲載しています。

目次

  1. Xデーを決めなさい
    1. 事業を引き継ぐための心構え
    2. 事業承継計画の4つのポイント
    3. ①60歳で社長職を中継ぎ社長に譲るときのポイント
    4. ②65歳で代表権を返上し、本命後継者を代表取締役社長にするポイント
    5. ③70歳で取締役相談役になるポイント
    6. ④75歳でファウンダーとなるポイント
  2. 書籍詳細
    1. 承継と相続 おカネの実務

Xデーを決めなさい

疑問
(画像=PIXTA)

事業を引き継ぐための心構え

私は経営コンサルティングの折々に「始末」ということばをよく使います。

中国古典の「大学」に、「物に本末あり、事に終始あり、先後するところを知ればすなわち道に近し」ということばがあります。

本来は「始めたらけじめをつけてこそ、道に外れない生き方、考え方」ということです。

我々にとって、いちばん難しいのは、自らの役割の始末をどうするかです。

人間だれにでも、生命の誕生があれば、末の死去があります。これだけは絶対です。

この世からいつかはお暇するのです。その前に、経営者は企業から去るための始末をしておかなければなりません。準備不足のために、せっかく築き上げた一大作品である会社そのものが消滅した事実を、自分の目で数多く見て体験したからこそ申し上げるのです。

私は、創業者であろうが、中興の祖であろうが、二代目三代目であろうが、60歳の還暦を迎えたときに社長の座を譲ることをイメージして、50歳代を送るべきだと思っています。

ある50歳代半ばの社長にこう申し上げたら、「時期尚早で、家族や社内で任せる人材がいないから無責任だ」と言われました。「それでは70歳になったら、後を任せることができるような人材が出てくるのですか?」と聞いたところ、言葉に詰まってしまい、そのほうがかえって無責任ではないのかという話になったのです。

これまで数多くの社長にお会いしましたが、このような反応が平均的なものです。

自身が体力も気力もあるうちは、「生涯現役」を信じて疑わず、やがて誰の言葉にも耳を貸さなくなるのです。そうなると、会社の行く末を察して、若手の有能な幹部が見切りをつけて去る事態となり、業績が低迷してしまいます。

一方で、すばらしい経営を続けている会社をみると、創業者が60歳で会長職になり、それから10年前後、後継者の仕事を見守り、70歳前後で後継者にすべて任せている例が多いのです。

そこで、私がアドバイスしている承継計画の骨格を、社長の年齢の経過とともに、4つに分けて挙げてみましょう。

1.60歳で社長を退き、「代表取締役会長」に就任する
2.65歳前後で代表権を次期本命後継者に譲り、退職金を受給する
3.70歳前後で会長を退き、「取締役相談役」となる
4.75歳前後で完全に退職し、「ファウンダー」または「顧問」となる

つまり、60歳から75歳までの15年がかりの承継計画になります。

また、この15年という期間は別の意味もあります。

事業承継には、社長が所有している株式の譲渡をはじめ、会社の資産承継がついて回ります。株を渡す人を決め、譲渡したときの税金分の確保などを考えたら、総合的な節税対策を短期でおこなうことはできず、どうしても10年以上という長期の対応が必要になります。

この一般的なモデルを一つの表にまとめたのが、第5表です。

事業承継計画の4つのポイント

それでは、先の承継計画のポイントについて具体的に説明しましょう。

承継と相続 おカネの実務
(画像=承継と相続 おカネの実務)

①60歳で社長職を中継ぎ社長に譲るときのポイント

中継ぎの後任社長は、10歳程度年下の片腕の役員の中から選びますが、場合によっては、社長の弟や叔父などの場合もあるでしょう。その場合は、年齢差にこだわらなくてかまいません。

このとき、2期4年または3期6年の任期満了後は、次期本命後継者に社長職を譲り、代表権のない副会長に就任することを納得してもらいます。

それだけに、中継ぎ社長に現業を任せたら、よほどのことがないかぎりクチ出しをせず、「だまって俺の言ったとおりにやれ」という扱いは絶対に避けなければなりません。

実は、この時期の社長と会長の分業がむずかしいのです。

会長と社長の仕事の重点が違っているのに、創業者はこれまで両方の職責を同時にこなしてきたから、区別がつけにくいのです。そこで、この期間に会長と社長の分業化をはかり、5年後の本命社長との分業のコツを身につけるのです。これをやれたかどうかが、次の②の段階で重要です。

②65歳で代表権を返上し、本命後継者を代表取締役社長にするポイント

いちばん難しいのはこの時期です。ここで、

  • 代表権を返上して退職金を受け取る
  • 給料を50%以下にする
  • 中継ぎ社長から本命後継者にバトンタッチさせる
  • 本命後継者に株式を譲る

ということを的確に実施しなければなりません。

しかし、代表権を返上するということは、自分の会社における権限を失うことになります。

会長として取締役会には出席しますが、発言は必要最低限とし、新社長を立てるようにします。多少の不満があっても、間違いなく会社を危機に陥れるような判断ミスでないかぎり、反対しないでやらせてみる姿勢がとくに重要な期間なのです。

そこで、一番大事なことは「クチをはさまない」ということです。

創業者や中興の祖ともなりますと、新米社長のやることなすことが気になってしょうがないものです。

「自分だったら、こういう言い方はしない」「こうすればもっと儲けることができるのに」…、身内だと気を許して言葉がきつくなるかもしれませんが、そこでせっかくの本命後継者を潰(つぶ)すようなことがあったら元も子もなくなります。

まだ残りの人生は20年以上あるのに、自分が築いてきた会社にクチをはさめないということには耐えられないと感じるものです。しかしここが、自分の人生を充実させる決め手となる重要な時期だと、冷静に対処しなければなりません。

中継ぎ社長には、代表権のない副会長か相談役になってもらい、その功労に報いるべく、しかるべき退職金を支給するのです。

また本命後継者が十分に力を発揮できるように、自分とともに苦労してくれたほかの社員や幹部にも退職してもらうのです。

さて、代表権を返上して、役員退職慰労金と功労金を受け取ることには、次の3つの大きなメリットがあります。

①会社にとっては、30年に1度の節税のチャンス
②本命後継者にとっては、株価を落として相続税負担を下げる
③本人にとっては、晩年の資産確保

社長の高額の退職金支給について、どこの会社でも自由に使える現預金が有り余っているはずもなく、数億円の退職金などはとても出せないでしょう。

しかし、よく考えてみてください。たとえば、3億円の退職金とすれば、税金は源泉分離で約20%相当6千万円程度であって、そのくらいは会社が所有する有価証券や預金を取り崩すことができるはずです。あとの2億4千万円は、手形や先付け小切手であろうが、また3年以内の分割であろうが、会社として支払っていくことはそう難しくないでしょう。

ただし、現金で退職金を払わないと、当局に誤解を受ける場合があるので、私のいちばんのおすすめは、現金で退職金を支払って、そのお金を少人数私募債にして、金利3~5%(分離課税)で会社に貸し付けるのです。そして、それを年金のように10年間で金利と元本分を返済してもらう仕組みにすれば、高額退職金の会社への負担も軽減することになります。退職金と少人数私募債については、次章で詳しくお話しします。

③70歳で取締役相談役になるポイント

本命後継者が社長に就任して5年程度経ったら、自らは相談役となって、すべてを任せる段階になります。

一応、取締役会には顔を出しますが、出席しているだけで十分な存在感と威圧感があるから、よほどのことでなければ、発言を控えて新執行部の成長を見守ります。

これまでさんざん働いてきたのだから、やりたかったことが存分にできる貴重な個人時間を取り戻し、一緒に苦労してきた妻と、ようやく自分本来の人生の仕上げができる期間としましょう。

どうしても現業を離れたくない人は、別会社、子会社の社長として仕事を続けることも可能です。

④75歳でファウンダーとなるポイント

会社から完全に離れることで、ファウンダーあるいは社主という呼称になります。

会社の記念行事のようなときは、会社の顔として出席することはあっても、取締役会や経営会議には一切出ることはなくなります。しかし、会社内外の人たちから畏敬の念でみられる存在なのです。安心して自分の築いた事業のさらなる成長を楽しみながら余生を送りましょう。

私はこの時期を「林住期(仕事や家庭から離れ好きなことをやる)」と言っていますが、一度しかない人生の中で、いかに至福の時とするかが、人の生き方で最重要な課題だと考えています。

社長としてこれまでに現世を生きてきて、改めて考えてみるまでもなく、地球上にはまだまだ未見の素晴しい世界があるのです。自分の人生の締めくくりとして、まだまだ気力も体力も残っている60歳からの20年間を、どう悔くいなく過ごすかを真剣に考えるべきではないでしょうか。

つまり、60歳からファウンダーにいたるまでに、ざっと15年を要するのですから、60歳を過ぎてから準備を始めたのでは、会社から離れることができるようになるには、80歳目前になってしまうのです。

もし、あなたが現在63歳や68歳の社長であったら、何歳でファウンダーとなるか、残された期間で何をなすべきか、メドにすべき年齢が何歳になるかはおわかりでしょう。

ここまでお読みいただくと、私が「60歳で社長を退くべき」と言っている本意をご理解いただけるのではないでしょうか。

企業経営はバトンやタスキを、次の走者に渡す駅伝方式でやらなければ絶対に続きません。

あなたの会社は、次の走者の準備ができているでしょうか。

なお、読者のみなさんが実際にご自分の承継スケジュールをたてるときにお使いいただける「承継スケジュール表」を巻末に添付しましたので、ご利用ください。

承継と相続 おカネの実務
井上和弘
オーナー社長の本音を知り抜いた、指導歴46年の実力コンサルタント。
企業再建の「名外科医」として赤字会社に入り込み、社長や役員を叱りとばしながら、思い切った手を果敢に打って収益力を短期間で回復させ、黒字転換するまで情熱的に指導することで定評がある。
これまで300社を直接指導。オーナー社長のクセを知り尽くし一社も潰さず、一部上場はじめ株式公開させた企業も十数社にのぼる。その実力と人柄に惚れ込んだ社長は数多く、永年の信頼感から後継子息を託す人が後をたたない。
1942年大阪生まれ、早稲田大学卒。イタリア・フローレンス大学留学後、大手経営指導機関を経て、84年ICOコンサルティングを設立、現在、同社会長。後継社長塾塾長の他、数多くの社長塾を主宰。

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