指導歴40年以上、300余社を直接指導し、一部上場はじめ株式公開させた企業も十数社にのぼる「オーナー企業の経営」に熟知した実力コンサルタント、アイ・シー・オーコンサルティング会長・井上和弘 氏。経営指導に東奔西走する傍ら、「後継社長塾」の塾長を30年務め、今まで500人以上の後継者育成に携わっている。
本記事は、オーナー経営に精通した井上和弘 氏が会社法・税法の専門家と知恵を結集し、社長目線でわかりやすく解説した著書『承継と相続 おカネの実務』(税込14,850円、日本経営合理化協会出版局)の第2章、P168-177から一部を抜粋・編集して掲載しています。
なぜ高額退職金を出すとキャッシュがたまるのか?
先ほど、「高額退職金を支給すると、確かに自己資本も少なくなり、自己資本比率が下がるものの、これもまた1年だけの特別なダウンで、またすぐに元に戻るのです」とご説明しました。
収益性のよい会社であれば、高額退職金を支給しても、3年後には、支給前よりも自己資本比率が高くなります。しかも、自己資本比率が高くなるだけではありません。キャッシュフロー(使える現金)が大きく改善する、つまりキャッシュ(現金)がたまるのです。
この高額退職金は、オフバランスと同じく、私が最もおすすめする税務対策です。支給時後には株価が激減し、一方、数年後には自己資本比率はよくなります。
ここから、この意味について少しご説明します。
高額退職金を支給して大赤字にすることで、次の2つのお金が手に入り、資金繰りが劇的に改善します。
まず1つ目が、中間申告で納付した税金です。
あなたの会社が、前年に法人税を払っている場合は、中間期から2か月以内に、前期に支払った法人税額の1/2を支払います。これを中間納付といいます。3月決算なら、9月が中間期なので、その2か月後の11月末までに支払います。たいていの会社は、中間納付をしています。
このとき、高額退職金を支給して、本決算の税引前利益を赤字にすれば、法人税はゼロになります。そうすると、中間納付で支払った法人税が返ってくるのです。
もう1つのおカネが、来期以降払うはずの税金です。
高額退職金を支給して、税引前利益を赤字にすると、「欠損金」というものが発生します。
ある年に、課税所得(税引前利益とお考えください)がマイナスになると、発生した年の翌年以降で税引前利益が黒字になっても、向こう9年間(平成29年4月1日以降に開始する事業年度において生じた欠損金は10年間)はこの課税所得を減らせる、という制度があります。
課税所得が減る、ということは、支払う税金が減るということです。
この制度のなかで、将来に繰り越す「欠損金」のことを「繰越欠損金」といいます。
まとめると、「繰越欠損金があれば、それがなくなるまで税金を払わずに済む」ということです。
たとえば、毎期1億円の利益が出ているような会社で、ある期で5億円の繰越欠損金が出た場合は、その期を含めて5年間は税金を一切払わなくてよいのです。
繰越欠損金が発生すれば、その翌年以降、利益とキャッシュが通常の倍のスピードでたまっていきます。すぐに元に戻る、とお話ししたのは、このためです。この繰越欠損金の有効期限は9年間(平成29年4月1日以降に開始する事業年度において生じた欠損金は10年間)と、非常に長いのです。
高額退職金は個人にもメリットがあります
高額退職金となると、必ずこう言う社長がいます。
「そんなにもらっていいんですか?」また、ある人は、
「そんなに高額の退職金をもらうのは、私の美学に反する」
しかし、社長に高額退職金を出す目的は、確かにこれまでの社長の功に報いるということもありますが、それに加えて「株価を引き下げる」、これをお忘れになっている方がたくさんいらっしゃいます。
株価のことを考えれば、社長には少しでも多く退職金をとってもらって株価を下げ、後継者が株式を承継しやすくするべきです。
また、社長のなかには、このように考える方もいます。
「これだけもらっていることが、もし漏れたらどうしよう」
とくに人口数十万の地方だと、まずもって億単位で退職金をもらう経営者はいないでしょうし、どこで漏れ伝わるかわからない、というわけです。
かといって、「退職金を支給するのをやめましょうか?」と言うと、「いや欲しい、美学に反してもやっぱり欲しい」とおっしゃいます。矛盾を抱えるのが人間です。右にいったり、左にいったりするのは仕方ありません。
たくさんもらっていただきたい理由は、ほかにもあります。
個人の退職金は、税金が安いのです。
5億円を給与、ボーナスでもらおうとすると、半分近くの2.5億円は税金でもっていかれます。しかし、退職金でもらうと、これが1億2千万円ほどで済むのです。
退職金は、これまでの勤労の対価ですので、それくらいは税金を下げてあげようということなのです。ですから、同じ金額をもらうなら、絶対に退職金でもらってください。
ちなみに、90歳近くになる先代の奥さん(お母さん)が名前だけ取締役や監査役をやっている、という会社があると思います。
この場合、この方に2千万円から3千万円くらい退職金を出しても、税金はかかりません。退職金には、勤務年数に応じて所得から差し引ける退職所得控除があるからです。
40年やっていれば、2200万円分を差し引けます。これは意外に大きいのです。
そしてこれは分離課税となり、給与や土地収入とは合算することなく、切り離して税金を計算するので優遇税制です。
高額退職金を手にして、中には「使い道がありません」とか「使うのにもパワーがいる」とおっしゃる社長がいます。
会社のことを考えるなら、少人数私募債(次項で解説)として会社に貸し付けるのもよいですし、もしくは、後継者に毎年一定額を贈与する、ということでもよいと思います。後継者は、株式の買い取りなど、何かとお金が必要になるからです。
毎年、無税の100万円ずつしか贈与しないとなると、社長の財産はなかなか減りません。その場合は、少しの贈与税を払ってでも、まとまった額を贈与していくことです。また後継者のみならず、息子、娘、孫1人ずつに100万円、4人に渡せば贈与額も毎年合計400万円になります。
たとえば、子供、孫が6人いて、毎年それぞれに400万円ずつ、10年贈与すれば、合計2億4千万円になります。高額退職金を一気に減らす方法はありません。毎年毎年、計画的に贈与する方法が、一番手堅いのです。(ちなみに4000万円の贈与にかかる税金は30万円程度です)
死亡退職金のほうが納税額が低い?
世の中に退職金についての、経営者の間違った考え方があります。
それは「経営者の生きているときに支払う税金より、死んでからの死亡退職金のほうが税務的に有利である」というものです。
しかし実際には、そんなに差はありません。それよりもなによりも、この長寿社会で自分の老後をハッピーにするためにも、1億円ぐらいのお金をもち、最後にはきれいさっぱり使ってしまうのも楽しいのではないでしょうか。
ある日、関東地域で水産加工業を営む沢井商産(仮称)から電話が入りました。
沢井商産は、創業80年ほどの老舗企業です。四代目である沢井登会長(仮名)は、事業のマンネリ感を打破し、売上を伸ばそうと、周囲の反対を押し切って、5年前から小売業にも参入しています。
ワンマン経営者である沢井会長は、このように言われました。
「先生は、『早く高額退職金をもらって林住期を迎えなさい』と主張されていますが、当社の顧問税理士からは、『死亡退職金のほうが税金が抑えられるので、生前に退職金をもらわずに、このままにしておくべきです!』と言われています。退職金は、生前か死亡後か、どちらがよいのか判断がつかず、迷っています」
沢井会長の主な財産は、次のとおりです。
- 現金 1億5千万円
- 株式 5千万円
- 生命保険 1億円
- 土地 1億5千万円(相続により、先代から引き継いだ土地)
- 小売店舗 2億円( この店舗は5年前に、会社から資金を借りて建設したもので、 現在は、会社に賃貸しています)
いっぽうで、主な負債は、次のとおりです。
- 会社からの借入金 3億円(小売店舗の建設資金)
沢井商産は、5年前に国道沿いに路面店を出店していますが、これは沢井会長が会社から資金を借りて建設したものです。
私は、沢井会長に4億円の退職金を支給し、そのお金で会社からの借入金を返済すべきと考え、そのようにアドバイスしておりました。
これに対して、顧問税理士の主張は次のようなものでした。
「役員退職金の税金は、確かに優遇されていて、所得税の実効税率は20%強と安くなっています。役員報酬の場合は、50%近くの所得税がとられるため、この意味では確かに税金が安いのです。しかし、沢井会長の相続税を計算すると、奥様の配偶者の税額軽減を活用した場合、実質的な相続税率は相続財産合計に対して10%程度で済むのです。役員退職金は、死亡退職金となると相続財産に入るため、所得税はかからずに相続税がかかってくるのです。
つまり、生前退職金の場合は、所得税率が20%、いっぽう、死亡退職金の場合は、所得税はかからず、相続税率が10%かかる、というわけです。死亡退職金の税金のほうが安く済むということ、わかっていただけると思います」
確かに、税理士の計算のとおり、死亡退職金のほうが、所得税と相続税の合計額(税金総額)は安くなります。
しかし、当然ですが、死亡時退職金は死んでからもらうもので、本人は使えないのです。
元気なうちに退職金をもらって、会社からの借入金を返済し、あとは現金を受け取り、自分の好きなように使ったほうが、絶対に有意義な余生を送れるでしょう。
相続税を減らすなら、それこそ、毎年一定額を子供や孫に贈与したほうが、賢明です。高額の現金を自分の考えで使うほうが、幸福度は高いと思えるのですが、いかがでしょう。
また、そもそも私が高額退職金をすすめている理由は、会社にとって、これが30年に1度の大節税策だからです。
法人税率は、これから段階的に下がっていくでしょう。反対に、個人の所得税率、相続税率、贈与税率は高くなっていきます。それなら、節税効果が高い高額退職金を支給したほうが、絶対によいです。
私は、沢井会長に質問しました。
「会長、今期は営業利益でどの程度、利益が出るのですか?」
「そうですね、おかげさまで2.5億円ほどは出る見込みです。そうそう、忘れていました、今期は幹部役員の保険の解約返戻金がピークを迎え、1億円くらい余分に利益(雑収入)があがりそうです」
「そうですか、御社はこれからさらなる成長に向けてシステムなどにどんどん投資していかないといけません。お金が必要です。幸い長男の仁社長はシステムに強いじゃないですか。システムはとくに、若い人に任せるのが一番です」
結局、沢井会長は、生前に退職金をもらうことを決断されたのです。
個人の相続税を安くすることばかりに目を向けてしまうと、会社を含めた最適な判断ができなくなってしまいます。ご注意ください。