指導歴40年以上、300余社を直接指導し、一部上場はじめ株式公開させた企業も十数社にのぼる「オーナー企業の経営」に熟知した実力コンサルタント、アイ・シー・オーコンサルティング会長・井上和弘 氏。経営指導に東奔西走する傍ら、「後継社長塾」の塾長を30年務め、今まで500人以上の後継者育成に携わっている。
本記事は、オーナー経営に精通した井上和弘 氏が会社法・税法の専門家と知恵を結集し、社長目線でわかりやすく解説した著書『承継と相続 おカネの実務』(税込14,850円、日本経営合理化協会出版局)の第4章、P236-243から一部を抜粋・編集して掲載しています。
究極の株式相続法
種類株「無議決権株式」「黄金株」「取得条項付株式」は、自社株対策の究極の方法としても使えます。
私は、これまで高額退職金を支給して、株価を大幅に下げ、そのタイミングで後継者に株式を渡してください、と指導してきました。ところが、困ったことが出てきてしまいました。
「井上先生!5億円くらいの退職金を支給したところで、当社の株価は全然下がりませんよ!だって、利益剰余金が30億くらいあるのですから!」
私の顧問先は、財務的に優秀な会社ばかりですので、こういう会社が結構現れるではありませんか。利益剰余金が30億円あるような会社で、まともに相続したら、とんでもない金額の相続税がふりかかってきます。
序章で例にあげたように、相続税を支払うために莫大な借金をした経営者がいて、いまでも借入返済に追われています。
本当に、私はこの自社株に対する相続税という仕組みに、大変憤りを感じています。完全な二重課税です。そもそも法人は、法人税を支払っているのです。それなのに、相続税はこの法人税を支払ったあとの利益に対して課税してくるのです。
だから、巨額の相続税を支払うということに対して、強い怒りを覚えるのです。
任天堂の山内相談役が亡くなったとき、ご家族には何百億という相続税がかかりました。
そのときは、会社に相続した株式を買い取ってもらい、現金化することで納税資金にしたとニュースで報じられていました。
いざとなれば、会社に自己株式で買い取ってもらい、納税資金をつくるという手はもちろんありますが、これは、少しも相続税を減らしたことにはなりません。
この問題を何とかしたいと、私たちの事務所では、相続に詳しい弁護士、資産税について経験豊富な税理士に相談しながら、対策を考え、節税策を生み出し、実行してきました。
これは、弁護士だけでも生み出せないし、税理士だけでも生み出せません。
なぜなら、この手法は、新会社法と税法の合わせ技だからです。最新の法律を上手に活用した対策なのです。これを使えば、利益剰余金が何十億円あるような会社の相続税を「ゼロ」にすることができるのです。まさにマジックです。
種類株を活用する
このスキームの肝は、これまで申し上げてきた種類株式を活用することと、非オーナー株主を上手に使うことにあります。つまり、
①株式の承継にあたって課税関係を生じさせず、後継者に議決権を集中できる②オーナーは、1株で経営監視(後継者の監督)ができる
ようになるのです。
①では、一部の株式の議決権をなくしてしまうこと②は、黄金株式を活用すること
がその中心になってきます。
具体的には、第19表にある、9つの種類株式を、会社の特徴に応じて組み合わせて、対策を考えていきます。
会社法や税法は毎年膨大に変わっていきます。常に法改正をウォッチしていなければ、有効な対策など絶対に打てません。大切なのは、いかにこうしたことに詳しい専門家と接点をもつかということです。
議決権はなくせる!
先ほど、オーナーは1株で経営監視(後継者の監督)するために黄金株を活用すると申し上げました。
黄金株というのは、1株でも強力なパワーをもつ株式です。
いっぽうで、会社経営という観点から、まったくパワーをもたない株式が存在します。
「無議決権株式」といわれるものです。文字通り、議決権が無い株式です。(配当優先無議決権株にします)
株主総会では、投資決定から借入決定、役員の選解任、役員報酬の決定など、会社運営に関する重要事項について決めることになります。
この決定事項に関する発言権(投票権)を一切もたない株式、それが、無議決権株式なのです。
なぜ、このような株式が存在するのでしょうか?
それは、株主のなかには、配当だけもらえればよくて、会社運営は正直なところどうでもよい、という淡白な株主が存在しているからです。
そういう株主には、配当だけ優先的に分配して、その代わり議決権をとりあげる、ということで会社、株主双方がウィンウィンの関係になるのです。
実は、この完全無議決権株式は、2005年以前(旧商法)では、全体の50%までしか発行できませんでした。ところが、2005年に改正された新会社法では、非上場会社に限っては、その規制が撤廃されたのです。
極端なことをいえば、完全無議決権株式を90%でも発行することができるようになったのです。
完全無議決権株主は、株主総会で議決権行使をすることができないだけでなく、株主総会の招集通知すら送付する必要がありません。
その他にも、
- 普通株主には認められる株主総会の招集請求権(会社法297条1項)
- 会計帳簿の閲覧謄写請求権(会社法433条1項)
などの少数株主権も認められません。
つまり、完全無議決権株式の権利は極めて制限されており、後継者の事業遂行の支障にはならない、ということになります。
ですから、仮に株式を、オーナー家以外の第三者に渡したとしても、その株式が無議決権株式ということであれば、会社支配という意味ではまったく心配がいらないのです。
たとえば、前述の娘婿の義息が後継者の場合、無議決権株式であれば、社長は安心して譲ることができます。
あるいは、血のつながった息子に自社株を譲る場合にも、この無議決権株式が使えます。
たとえば、全体で創業者が100株もっていて、1株だけ息子に譲るとき、創業者が所有する99株の株式を無議決権株式に変えてしまうと、息子の議決権割合は、100%となるのです。
この無議決権株式を使うことも、事業承継をおこなっていくうえでの大きなポイントといえるでしょう。