冨山和彦氏×尾原和啓氏対談#2
(画像=6月中旬、zoomを通じて対談する尾原氏)

ネット起業家のバイブルと言われた『ITビジネスの原理』(NHK出版)の刊行から6年。ネットビジネスの過去25年の歴史を振り返り、今後の10年を見通すための新たなバイブル『ネットビジネス進化論: 何が「成功」をもたらすのか』(NHK出版)の刊行を記念して、著者の尾原和啓さんが、コーポレイトディレクション(CDI)時代の上司でもある経営共創基盤(IGPI)CEOの冨山和彦さんとオンラインで緊急対談。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、『コロナショック・サバイバル』と『コーポレート・トランスフォーメーション』(いずれも文藝春秋)を立て続けに上梓した冨山さんと、アフターコロナ時代のネットビジネスの行方やこれからの個人の働き方について語り合った。

#1はこちら

尾原和啓
尾原和啓(おばら・かずひろ)
IT 批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのi モード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に、『IT ビジネスの原理』『ザ・プラットフォーム』(共にNHK 出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)、『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)、共著に『アフターデジタル』『ディープテック』(共に日経BP)などがある。写真撮影/干川修
冨山和彦
冨山和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO。1960年生まれ。東京大学法学部卒。在学中に司法試験合格。スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。カネボウなどを再建。解散後の2007年、IGPIを設立。数多くの企業の経営改革や成長支援に携わる。パナソニック社外取締役、東京電力ホールディングス社外取締役。『コロナショック・サバイバル』『コーポレート・トランスフォーメーション』『AI経営で会社は蘇る』(いずれも文藝春秋)はじめ著書多数。

ウーバーやエアビーがずっと黒字化できない状態が理想?

尾原和啓(以下、尾原): C(コンシューマー≒個人)とB(ビジネス≒企業)でいうと、新しいテクノロジーは必ずCから先に普及して、最後にBに普及する。Cのほうがリテラシーが高いし、身軽だからです。ちょうどいまは、スモールBの人たちにデジタル化の波が押し寄せているタイミングなので、ネットビジネスのイネーブラー(あることができるように手助けするサービス)によってスモールビジネスが盛り上がるという話を、本の中でもしています。

ネットビジネス進化論
『ネットビジネス進化論: 何が「成功」をもたらすのか』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

冨山和彦(以下、冨山): 先進国では、コンシューマーの大半はスモールビジネスの担い手でもある。大企業で働いている人はごく一部です。むしろ、大企業で働いている人は新興国のほうが多い。工業化社会だからです。

尾原: 工業化社会では規模の経済が有効だから、まずは中央に集約されて、そこからだんだん個別化の方向に行く。しかも工業化は、自動化とAI化がどんどん進むから、やがて人がいらなくなっていく。

冨山: 大企業が賃金の高い先進国に持つ機能は知識集約業務にシフトするから、大企業といっても雇用はそれほど生まない。だから、大半の雇用はサービス業に流れるんです。アメリカなんて、いまやほとんどサービス業しかない。ところが、サービス業というのは、ハイエンドの知識集約型と、労働集約型に完全に分かれる。問題は、同じサービス業でも、知識集約型で働いている人と、労働集約型で働いている人の格差がものすごく広がってしまったということです。コンシューマーというのは、ひと昔前なら、大企業で働いている中産階級サラリーマンのイメージでした。ところがいまや、ほとんどがスモールビジネスの担い手になっている。だから、個人にしても、中小零細事業者にしても、ネットを上手に使いこなして生産性を上げることが大事になってくるわけです。

尾原: サービス業の二極化については、ネットの力は貢献度が高い。以前なら、低賃金の人が這い上がるには、たとえばムハマド・ユヌスのグラミン銀行を使って、マイクロファイナンスでお金を借りて自分のトンカチを買って手に職をつけるみたいなことが必要だったけど、いまはウーバーやグラブの車を時間貸しでトヨタが貸してくれるので、1時間いくらで乗れば、車がなくてもドライバーで稼げる。そしてレビュースコアがたまって信頼できる人が可視化されると、ときには「どこから来たの? その訛りはどこの?」みたいな会話が成り立つ。それによってしゃべりがおもしろいドライバーだとわかれば、次からは「あのドライバーの車に乗りたい」「あの人に街を案内してもらいたい」と指名されるようになったりするかもしれない。そうなれば、ただのレイバーから始まってサービス化していく。それがインターネットのおもしろいところで、ウーバーやエアビーが革新的だったのは、知らない人の車に乗れる、知らない人の部屋に泊まれるということを、レビューの力によって実現したことです。

冨山: 次に大事なのは、プラットフォーマー同士の競争状態を維持することです。ウーバーしか残らないと、どうしても搾取が起きてしまう。だから、ウーバーやグラブやエアビーが、永久に競い合ってマネタイズできない状態がいいんです。すでにエクスペディアやブッキングドットコムがそうなっています。

尾原: さらっとすごいことをおっしゃいますね(苦笑)。たしかに競争状態にあれば、ユーザーがサービスを選べる立場になるので、ユーザーがいちばん強くなるし、サービスの質は上がります。

冨山: プラットフォームというのは両面市場で、車に乗る人・部屋を借りる人がユーザーなら、ドライバー・部屋を貸す人もユーザーです。ユーザー側のサープラス(取り分)を最大化しようと思ったら、あいだに入っているプラットフォーマーのサープラスを最小化するしかない。つまり、彼らがずっと黒字化できない状態で、歯を食いしばって競争を頑張り続けてくれたほうが、両端のユーザーにとっては好ましいわけです。

尾原: 本の中でも書いたように、FacebookやLINEは、使っていないと仲間はずれになってしまう「ネットワーク外部性」が働くので独占状態になりやすいのに対して、ウーバーやエアビーはユーザーがユーザーを呼ぶ「相互ネットワーク効果」は効くものの、そもそもスイッチングコストが高くないので、競争に引きずり込まれやすい運命にあります。

冨山: 両端がローカルかつリアルで、そこにいなければ成り立たない商売なので、もともとネットワーク外部性は無理なんです。

尾原: だから、日本市場だけ、ローカル・リアルでスイッチングさせて、競争させるということもやろうと思えばできる。

冨山: 国が賢ければ、永久に競争させると思いますよ。競争政策はすごく大事で、イノベーションになるほど、生産性を規定するのは競争政策なんですよ。だから、アメリカはかつてAT&Tを分割したわけです。AT&Tは公共財にされて、力を失った。それでみんなが好き勝手できるようになったから、アメリカは情報通信革命のイノベーションの勝利者になれたんです。AT&Tが分割されずに力をもっていたら、こうはなっていない。

尾原: 一方で、昔と違って価格競争だけではなく、UX(ユーザー体験)がなめらかなところに寄る社会になってきた。東南アジアのライドシェア市場では、グラブとゴジェックが激しく競争しているけど、単純にドライバーへのインセンティブ競争というよりも、あなたは安全運転ドライバーだから保険を安く提供してあげますよ、といったトータルの体験の中での競争に変わってきている。

冨山: それも含めて、競争は大事なんです。資本というのは悪性をもっているので、競争がなくなったら、絶対に搾取を始める。100%そうです。