中小企業の事業承継が遅れている原因の一つが、事業承継に係る税金の問題であるが、事業承継税制の特例といった優遇措置によって、贈与税や相続税の納税猶予を受けることもできる。ここでは、事業承継税制の優遇措置の詳細や適用される会社などについて詳細を説明する。
事業承継と2025年問題
「中小企業白書(2019年度版)」によると、国内の企業は約359万者あり、そのうち中規模企業が約53万者、小規模事業者が約305万者ある。中小企業・小規模企業(以下、中小企業等という)が、国内企業の実に99.7%を占め、日本経済の屋台骨となっていることが分かる。
屋台骨である中小企業等の経営者の高齢化は進行し続けており、経営者年齢のボリュームゾーンは、20年間で40代後半から60代後半へと移動した。
さらに、中小企業庁の「事業承継・創業政策について」の報告では、2025年までに70歳以上の中小企業等の経営者は245万人になると推測されており、その半数の127万社が後継者未定であるという。
中小企業の半数が消える?2025年問題
地方の商店街では、「シャッター街」と化した姿がよく見られるようになった。シャッター街化してしまった一番の理由は後継者不足とされており、シャッター街化することによって人の往来は減り、その地域の活気が削がれることで、ゴーストタウン化も進行することとなる。この商店街と同じ後継者不足問題が、日本経済全体に押し寄せている。
このまま対策を講じなければ、127万社の後継者が決まらずに中小企業の廃業が急増し、2025年頃までの10年間で、累計約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われると予測されている。
国が後押しする事業承継スキーム
これまでも政府では、2008年10月に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下、「経営承継円滑化法」という)を施行して、承継の円滑化のサポートを行ってきた。
経営承継円滑化法の体系は、以下の3つを大きな柱としていた。
①税制支援(贈与税・相続税の納税猶予及び免除制度)
②金融支援(中小企業信用保険法の特例、日本政策金融公庫法等の特例)
③遺留分に関する民法の特例
ただ、現場の評判は決して良くはなく、期待した効果は得られなかった。特に、①の税制支援面での制約が多く、事業承継に二の足を踏む経営者も多かった。
事業承継税制の概要
経営承継円滑化法における税制支援は、一般に「事業承継税制」と呼ばれている。創設当初の事業承継税制は、さまざまな要件があったために使い勝手が悪く、利用件数は伸び悩んでいた。しかし、事業承継税制の利用促進を図るために、優遇条件が二度に渡って大きく改正され、現在に至っている。
創設時 | 2013年改正 | 2017年改正 |
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・経済産業大臣に事前確認 | ・事前確認不要 | |
・後継者は親族のみ | ・親族外後継OK | |
・雇用の80%以上維持を5年間継続 | ・雇用の80%以上を5年間平均で維持 | ・80/100を乗じて1人を満たない場合は切捨て |
・納税猶予打ち切りの際に利子税の発生 | ・利子税の減免 | ・相続時精算課税を選択した場合でも適用 |
・贈与時に役員を退任 | ・贈与時に代表者を退任 | |
・現経営者の債務を株式から控除 | ・現経営者の債務を株式以外から控除可能 |
上記のような改正が行われた結果、徐々に事業承継税制の適用を受ける中小企業等が増えてきたが、前述の2025年問題が近づいてきたことを踏まえ、2018年の税制改正において、要件を大幅に緩和した、「新事業承継税制」(=事業承継税制の特例、以下特例という)が施行された。
事業承継税制の特例の変更点は?
事業承継税制は、現経営者から後継者への引継ぎに関わる、贈与税、相続税といった税金に対して優遇を図るというものであり、特に新しい税制が創設されたわけではない。
事業承継税制の特例は、適用を受けるためにさまざまな要件が必要となるが、2018年の税制改正に伴って、以下のように拡充された。
- 特例後継者:最大3人まで株式の贈与・相続が可能
- 先代経営者以外からの贈与・相続の株式についても対象
- 雇用確保要件:雇用が5年平均で80%を下回った場合、理由等を記載した報告書を都道府県知事に提出し、承認を受ければ納税猶予の打ち切りはない
- 経営環境の変化に応じた減免:経営環境が悪化し、事業継続が困難である場合において、株式の譲渡時や自主廃業時における株価などを基に再計算した金額を算出し、当該納付金額が当初の納税猶予税額を下回る場合は、その差額を免除する
- 相続時精算課税制度の適用の範囲が拡大:60歳以上の贈与者から、当該贈与者の子や孫でない、20 歳以上の後継者への贈与も対象
以上のように、事業承継税制に関しては、事業承継をスムーズに推し進めるために、できるだけ相続税、贈与税の負担を軽くするという意図があると判断できる。
事業承継税制の特例が適用される会社の条件とは?
事業承継税制の特例の適用を受けるには、まず都道府県知事の認定を受ける必要がある。適用対象となる企業は、中小企業基本法に規定される中小企業者であり、一般に中小法人であれば適用対象となるが、外国会社、医療法人、税理士法人、社会福祉法人は除かれる。
また、特例の適用に際して業種に制約はほとんどないが、風営法にかかわる業種のほとんどが対象外となる。それと、不動産、有価証券等の保有割合が高い、いわゆる資産保有型会社や資産運用型会社も一部を除き、対象外となる。
贈与税の事業承継税制の特例
・特例の概要
事業承継税制は、本来法定期限までに納めるべき贈与税に、納税の猶予を持たせるというものである。ただし、猶予されるのは非上場株式に関わる贈与税のみで、不動産、上場株式、預貯金などは納税の猶予は適用されない。
事業承継の際に発生する贈与税負担の軽減をすることで、特例対象企業の株式をスムーズに贈与させることを目的としているのだ。
なお、納税猶予額の計算については、暦年課税と相続時生産課税の二通りがある。
暦年課税の場合は、非上場の株式評価額(課税価格)から110万円を引いた額に税率を掛ける。相続時精算課税の場合は、非上場の株式評価額(課税価格)から2,500万円を引いた額に税率20%を掛ける。
・納税猶予の打ち切り
事業承継税制の特例適用期間中に先代経営者の死亡等があった場合には、贈与税の猶予分が全額免除される。なお、免除となるのは、上記先代経営者の死亡や後継者の死亡に限られ、認定の要件を満たさなくなれば、猶予税額及び利子税を納付しなければならない。
相続税の事業承継税制の特例
相続税に対しても、贈与税の事業承継税制の特例とほぼ同様に納税の猶予がある。また、猶予の打ち切りについては、当然であるが先代経営者の死亡による免除はなく、後継者の死亡または次の後継者(3代目)に株式を受贈した場合に限られる。
これら以外の事由により特例に該当しなくなった場合には、猶予税額と利子税額の納付が発生する。
特例適用のため各種手続き
事業承継税制の特例の適用を受けるためには、以下のステップで手続きを進めていくことになる。
- 特例承継計画を作成し、認定支援機関の所見を得て、2023年3月31日までに都道府県庁に提出して、確認を受ける
- 贈与(2018年1月1日から2027年12月31日までの贈与)、または相続(2018年1月1日から2027年12月31日までの相続)の年の10月15日から翌年1月15日までに都道府県庁に認定申請書を提出する
- 認定書の写しとともに申告期限までに、所轄の税務署へ申告書を提出する
- 納税猶予の適用を受けるために、都道府県庁に年次報告書、税務署へ継続届出書を提出する
特例承継計画とは、特例後継者が特例会社の非上場株式を取得するまでの経営の計画及び特例後継者が、特例会社の非上場株式を取得してから5年間の経営計画を記載するものである。
通常は「施行規則第17条第2項の規定による確認申請書(様式21)」を作成し、都道府県庁に提出し、確認を受ける必要がある。
事業承継において直面する課題とその対応策
事業承継を行う場合には、人の承継や株価、納税資金などの課題と直面することになる。それぞれの課題と対応策について説明する。
人の承継対策
人の承継には5年から10年かかるといわれ、後継者が決まったら3年くらいは具体的な実務の承継を行い、後継者が代表になった後も、2年程度は先代が後継者をサポートする体制が望ましい。後継者は中期経営計画を策定し、計画通りに実行する経営力を身につけているかどうか先代が評価することで、事業承継が完了するといってよい。
新経営者には、「営業力・交渉力」はもちろんのこと、「財務・会計・税務の知識」や「自社の業界の知識」も求められる。また、トップとしてのリーダーシップも必要不可欠な能力である。重要事項を決定して責任を取るという姿勢が、古参の従業員からの信頼を勝ち取ることにもつながる。
株価対策
中小企業は大企業に比べ資本金が少なく、株数も少ないことから、黒字を続けている優良な中小企業は株価が高くなる傾向がある。そのような場合、事業承継の際にもっとも厄介なのは株式の承継である。
事業承継税制を利用することで、贈与税や相続税の納税の猶予は可能であるが、計画的に株価を下げることで税負担額を減らすことも重要である。株価を下げる方法はいくつかあるが、ここでは代表的なものを紹介しておこう。
・役員退職金の活用
役員退職金を支給して損金計上することで、支給年度の利益現象に伴って純資産価額が下がり、株価も下がる。非上場株式の価額は、類似業種批准方式か純資産価額方式のいずれかを用いるが、いずれにせよ株価は下がるので、このタイミングで贈与することで、税負担額を減らすことができる。
・中小企業経営強化税制の活用
中小企業経営強化税制を活用して固定資産を購入し、その年度に即時償却することで、その分だけ業績が悪化し、株価を下げることができる。ただし、設備投資が条件となるので、製造業や一部の小売業、卸売業に対象は限定される。
・従業員持株会の活用
オーナー経営者の持株を従業員持株会に譲渡することでも、事業承継に関わる税金対策はできる。
持株会への譲渡は身内(オーナー家族)以外への譲渡となるので、配当還元価額によって、譲渡価格を下げることが可能となる。結果的にオーナー経営者の譲渡所得税を低く抑えることができ、従業員の士気も上げることができる。
納税資金対策
事業承継税制の特例によって相続税や贈与税の納税猶予という優遇を受けることが可能であるが、要件を満たさなくなって猶予の打ち切りになると、その瞬間から納税義務が発生する。その場合、多額の納税資金が必要となるケースが多い。そこで、納税資金対策が必要となる。
ここでは、具体的な納税資金調達の方法を二つ紹介する。
・自己株式取得による納税資金の調達
自己株式取得をして、法人から資金を後継者へ移譲することで、相続の納税資金に充当するものである。実施にあたっては、事前に相続税のシミュレーションを行い、相続税額を賄えるだけの資金が法人にあるかどうかを確認することがポイントとなる。
また、自己株式取得についてはいくつか制約事項があるので、実施する際には注意を要する。
・事業承継ファンドの活用
事業承継ファンドとは事業ファンドの一種であり、投資家から集めた資金で、事業承継問題に悩む中小企業等への経営支援を行う団体である。事業承継ファンドは、承継にかかわる資金不足の解消のために資金を提供するので、オーナー経営者から株式を買い取ることも可能となる。
しかし、ファンド側は最終的には株式を売却して利益を得るため、経営への過度な介入の可能性もあり、後継者と衝突が起きないかどうか注意を払う必要がある。
事業承継は早めに検討を
事業承継についての税制を中心に述べてきたが、事業承継とひと口に言っても、税制が複雑で課題も多い。
事業承継税制の特例といった優遇措置についても、自社が特例に該当するかどうかの事前確認が必須である。したがって、早めに事業承継に備えて、後継者の選出や育成、税制面での対応を進めておく必要がある。そのためには先代経営者、後継者がお互いの立場を理解し、無駄のない承継を進めようという考えを共有することが重要である。
事業承継に困っている方は専門家に相談を
事業承継を考え始めたら、まずはインターネットなどを活用して知識を仕入れよう。基本的な知識を最初に身につけておけば、具体的に事業承継を依頼する相手を探す際に、良い業者・悪い業者の判断もつきやすくなる。
スピード感や手厚いサポートを重視するなら、M&A仲介業者への相談がいいだろう。事業承継においては、専門家の力を借りることは不可欠だ。自学自習だけで、弁護士や税理士などの専門家を取りまとめ、M&Aを進めていくことは不可能に近い。契約書の雛形などを活用して形だけ実行しても、あとで訴訟トラブルに発展するケースもある。
M&A仲介業者に支払う報酬は決して安くはないので、出費を惜しむ気持ちが生まれるかもしれないが、会社の出口戦略である事業承継は、それだけ経営において重要な位置づけだといえる。今後数十年に渡って不安を抱えて暮らすリスクを考えたら、必要経費と割り切る精神も必要だ。
実績豊富なM&A業者は、最新の法律やスキームを熟知しているうえ、事業承継のノウハウの蓄積がある。M&Aでは、買い手候補先との条件交渉や、従業員への説明、取引先への説明など、法務的・税務的手続き以外の手続きも慎重に進めていく必要がある。
こういったすべてのプロセスで相談できるM&A業者の担当者は、力強い味方になるだろう。また、失敗事例などを聞くことで、自社の事業承継で想定されるリスクに早いうちから備えられる。
プロの力を借りることで、事業承継が成功すれば、自分にとっても社員にとっても望ましい結果を引き寄せられるはずだ。(提供:THE OWNER)
文・志磨宏彦(税理士/中小企業診断士)