中小企業の後継者不足が深刻視されるなか、政府はさまざまな事業承継対策を実施している。中小企業庁がウェブ上で公開している「事業承継マニュアル」もそのひとつだ。今回はこのマニュアルがどう役立つのか、具体的な内容や活用のポイントを紹介していこう。

中小企業庁の「事業承継マニュアル」とは?

事業承継マニュアル
(画像=fatmawati/stock.adobe.com)

事業承継マニュアルは、中小企業庁がホームページ上で公開している資料だ。中小企業の円滑な事業承継をサポートする目的で公開されており、このマニュアルには主に以下の内容がまとめられている。

・事業承継計画の立て方
・後継者の育成方法
・経営権の分散防止や税負担、資金調達などの課題への対策

つまり、事業承継の基礎知識やスキームなどが記載されているので、「そもそも事業承継についてあまり知らない…」「何から始めるべきか分からない」と悩む経営者にはうってつけの資料だ。また、平成28年12月に改定された「事業承継ガイドライン」を踏まえた構成であるため、同ガイドラインに沿って対策を進めたい中小経営者にとっても、非常に役立つ資料と言えるだろう。

事業承継マニュアルが作られた背景

中小企業庁が事業承継マニュアルを作成した背景には、「中小企業の後継者不足」が大きく関係している。

中小企業の後継者不足は、いまや喫緊の課題とも言える社会問題だ。中小企業庁長官の「平成30年 年頭所感」によると、現状を放置してこのままの状態が続けば、日本は2025年頃までに約650万人の雇用、そして約22兆円のGDPを失うとされている。

この現状を危惧した政府は、これまでいくつかの事業承継対策を実施してきたものの、状況が劇的に改善されたわけではない。2019年に東京商工リサーチが調査した結果によると、後継者不在の中小企業は半数以上にも及ぶ。

そこで政府が新たな施策として取り組んだものが、事業承継ガイドラインの10年ぶりの改定と、事業承継マニュアルの作成だ。これら2つの施策は、まさに後継者不足に悩む中小企業を対象としており、事業承継マニュアルを活用すると「ガイドラインに沿った形での事業承継対策」を進められる形がとられている。

事業承継マニュアルの概要を簡単に紹介

中小企業庁の事業承継マニュアルは、大きく4つの章に分けられている。各章でどのような内容が解説されているのか、以下では事業承継マニュアルの概要を簡単に紹介していこう。

【第1章】アウトライン

第1章のアウトラインでは、主に以下の3つの内容が解説されている。

第1章の内容概要
・ビジュアルでみる事業承継経営者の平均引退年齢などのデータを用いて、事業承継の現状が解説されている。
・事業承継の構成要素経営者から後継者に引き継ぐものがまとめられている。
・事業承継の流れ5つのステップに分けて、事業承継を実行するまでの流れが解説されている。

簡単に言えば、第1章は事業承継の基礎知識や重要性を学べる内容だ。また、経営レポートの活用方法など、現経営者の想いを後継者に伝える具体的な手段も掲載されているので、事業承継に悩む経営者はぜひ参考にしておきたい。

【第2章】事業承継計画

基礎知識を身につけた後の第2章では、事業承継計画の概要や策定方法が解説されている。概要の部分では、「事業承継計画とは何か?」という基本的な内容から、作成する目的まで深く解説されているので、計画を立てることの重要性を学べるだろう。

また、後半部にあたる「事業承継計画の策定方法」では、計画の立て方が非常に細かくまとめられている。モデルケースを使いながら具体例が示されているため、初めて事業承継に取り組む経営者であっても、計画の立て方を難なく理解できるはずだ。さらに16ページには、事業承継計画書の様式も用意されている。

計画書の内容は事業承継の成功を大きく左右するので、特にこの章はしっかりと読み込んでおきたい。

【第3章】事業承継を成功させるアクション

第3章の「事業承継を成功させるアクション」は、事業承継マニュアルの中で最もボリュームが多い部分だ。この章では以下のように、事業承継に伴うさまざまな課題とその対策が徹底的にまとめられている。

解説されている主な課題解説されている内容
・後継者の選び方や教育方法中小企業の後継者の実情や、実際に後継者を選ぶ際のポイントなど。
・経営権の分散生前贈与や遺言による相続など、経営権を分散させないための対策。
・事業承継に伴う税負担事業承継時に発生する税金の概要や、事業承継税制の情報など。
・資金調達資金不足を解消する手段や支援情報など。
・債務や個人保証債務・個人保証の概要や、ガイドラインの活用方法など。

自社で取り組める事業承継対策に加えて、公的な機関や支援がまとめられている点は、中小経営者にとって非常に嬉しいポイントだ。また、「社外への引継ぎ」に関する知識も細かく解説されているので、M&Aを検討している中小企業もしっかりと読み込んでおきたい。

なお、事業承継マニュアルは主に中小企業・小規模事業者に向けられたものだが、第3章では「個人事業主の事業承継」についても触れられている。

【第4章】中小企業の事業承継をサポートする取組

事業承継にはさまざまな形があり、抱えている課題によって対策は大きく変わってくるので、事業承継マニュアルを読んだだけではスムーズに進められない可能性もある。そのような経営者をサポートするために、第4章では事業承継の支援機関が徹底的にまとめられている。

また、各支援機関の役割や、悩み別に適した相談先が紹介されている点も、経営者にとっては心強いポイントだろう。状況に応じた相談先をすばやくチェックできるので、この章は事業承継をすでに進めている段階でも活用できる。

事業承継マニュアルを上手に活用するポイント

事業承継マニュアルは単に読むだけでも役に立つが、さらに上手く活用するためには、以下で紹介するポイントを押さえることが重要だ。限られた時間を効率的に使うためにも、読み始める前に以下のポイントを確認しておこう。

1.「チェックシート」と「プレ承継対策テスト」を活用する

事業承継マニュアルの最後のページには、「事業承継自己診断チェックシート」が付録として備わっている。このチェックシートでは、9つの質問に答えるだけで自社の現状を把握できるうえに、これから取り組むべき事項をアドバイスしてもらえるので、時間に余裕のある経営者はぜひ活用しておきたい。

また、その後に掲載されている「プレ承継対策テスト」にも、しっかりと取り組んでおくことが重要だ。このテストは、事業承継の実施状況を採点してくれる内容になっているため、事業承継計画を立てる際に取り組むことが望ましい。

2.常に手元に置いておく

ここまで解説してきたように、事業承継マニュアルにまとめられている内容は、経営者にとって役立つものばかりだ。相談先をはじめ、緊急時に役立つ情報も掲載されているため、できれば常に手元に置いておくことが望ましい。

事業承継マニュアルはウェブ上で公開されており、アクセス制限なども設けられていない。つまり、パソコンを使えば簡単に印刷ができるので、これを機に手元に置いておく用のマニュアルを作っておこう。

3.ほかの資料も活用しながら理解を深める

今回紹介した事業承継マニュアル以外にも、経営者が参考にしておきたい資料はいくつかある。たとえば、平成28年に改定された「事業承継ガイドライン」は、前述でも触れたように事業承継マニュアルと深く関連しているため、可能であれば合わせて確認をしておきたい。

また、中小企業庁は世の中の経営者に向けて、事業承継マニュアルの要点をまとめた「会社を未来につなげる-10年先の会社を考えよう-」という冊子も公開している。こちらの冊子では、悩みの種類別に取り組むべきことが具体的に解説されているので、事業承継マニュアルと合わせて読めば今後の計画を立てやすくなるだろう。

ちなみに、政府とともに中小企業を支援している中小機構も、事業承継に役立つさまざまな資料を公開している。支援策などがまとめられている「中小企業経営者のための事業承継対策」や、支援者向けの知識がまとめられた「事業承継支援マニュアル」を活用すれば、事業承継に関する知識をより深められる。

これらの資料を活用して身につけた基礎知識は、事業承継計画を立てる際にしっかりと活きてくるはずだ。

4.なるべく早めに行動を開始する

中小企業の事業承継において、「早めの行動」は成功を大きく左右する要素だ。たとえば、上記のようにほかの資料まで読み込むことを考えると、知識をつけるだけで多くの時間を確保しなければならない。

また、ケースによっては事業承継マニュアルを読み進めていくうちに、長期に取り組むべき課題が見つかることもあるだろう。そのため、事業承継を考え始めた段階で早めに行動を始めなければ、マニュアルのように万全の対策を整えることが難しい。

基礎知識を身につけても、時間が足りなければその知識は無駄になってしまう恐れがあるので、まずは第一歩として早めに事業承継マニュアルに目を通すことが重要だ。

専門家の力も借りながら、事業承継マニュアルをうまく活用しよう

中小企業庁の事業承継マニュアルは、事業承継に関する基本的な内容がまとめられている資料だ。そのため、基礎知識を学びたい経営者にうってつけだが、支援情報やプレ承継対策テストのように、すでに計画を進めている経営者にも役立つ情報が掲載されている。

ただし、事業承継にはさまざまな形があり、専門的な知識が求められる場面も多い。事業承継マニュアルを読んだだけでは、すべてのケースに対応することは難しいため、「専門家の活用」も意識しておきたいポイントだ。

失敗のリスクを少しでも抑えたい経営者は、事業承継マニュアルなどの資料をしっかりと活用したうえで、専門家の知見も仰ぐようにしよう。(提供:THE OWNER

文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)