労務リスクや災害リスクなど、どのような会社にも経営を脅かすリスクは存在する。そういったリスクを抑える手段として、効果的に活用されているものが「事業保険」だ。安全な経営環境を整えたい経営者は、最適な保険を選ぶための基礎知識を身につけていこう。
目次
そもそも事業保険とは?
事業保険とは、主に法人が節税やリスク対策を目的として加入する保険のことだ。個人事業主が加入できる保険もあるが、全体としては法人を対象にした保険商品が多いため、事業保険は「法人保険」と呼ばれることもある。
資金や事業用資産、人材が限られている中小企業では、想定外のトラブルによって経営が傾くケースは珍しくない。たとえば、ワンマン経営の中小企業で代表者が倒れると、社内が混乱することで売上が一気に下がってしまう恐れがある。
ほかにも事故や災害など、中小企業が備えておくべきリスクは数多く存在する。そのようなリスクへの備えとして、事業保険への加入は効果的な手段のひとつだ。
【※注意】事業保険の取り扱いが変わった?2019年の税制改正のポイント
事業保険の概要を学ぶ前に、しっかりと理解しておきたいポイントがある。それは、2019年の税制改正によって、主に「節税」に関する事業保険の取り扱いが大きく変わった点だ。
事業保険の保険料は経費として認められるため、従来制度では保険料を損金算入することで、節税をしながら解約返戻金を積み立てることが可能であった。しかし、2019年の税制改正後には、以下のような新ルールが設けられている。
・保険料の損金算入割合を、「解約返戻金のピーク時の返戻率」によって決める
・ピーク時の返戻率が50%を超えると、保険料の全額を損金算入できなくなる
・ピーク時の返戻率が上がるほど、保険料の損金算入割合が下がっていく
つまり、解約返戻金が高い事業保険については、加入後の節税効果が薄れてしまったのだ。過去の契約は従来制度と同じ扱いだが、2019年7月8日以降に加入した事業保険に関しては、この新ルールが適用されるため注意しておきたい。
事業保険には大きく2つの種類がある
事業保険にはさまざまなタイプの商品があるものの、その種類は大きく2つに分けられる。それぞれの保険にどのような特徴があるのか、以下で詳しく解説をしていこう。
1.生命保険
生命保険とは、経営者の死亡や高度障害などが補償対象に含まれている保険の総称だ。万が一の事態に備えて死亡退職金や弔慰金などを準備できるので、経営者の死亡や病気による経営リスクを大きく抑えられる。
では、具体的にどのような保険が該当するのか、以下でいくつか例を見てみよう。
生命保険に該当する事業保険 | 概要 |
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・逓増定期保険 | 最終的に掛け金が加入時の5倍になる、掛け捨てタイプの生命保険。加入後5年~10年で解約返戻金のピークを迎えるため、税制改正以前では節税保険として多く活用されていた。 |
・養老保険 | 満期を迎えたときには満期保険金、加入者の死亡時には死亡保険金を受け取れる生命保険。加入すればいずれかの保険金を確実に受け取れるため、「生死混合保険」とも呼ばれている。その特性から、退職金や老後の備えとして活用されるケースが多い。 |
・長期平準定期保険 | 加入期間を最長で100歳まで設定できる、長期加入が前提となる生命保険。解約返戻率のピークが20年後~30年後と遅いため、計画的に加入する必要がある。また、長期にわたって補償を受けられる影響で、掛け金がやや高い傾向にある。 |
上記で挙げた生命保険のうち、解約返戻金が50%を超える保険については、前述の税制改正の影響で販売中止になっている商品も見受けられる。法人向けの生命保険については、今後も状況が大きく変わっていく可能性があるので、最新の情報を確認してから加入を検討することが重要だ。
2.損害保険
損害保険とは、事故や災害などのトラブルが発生した場合に、補償を受けられる保険のこと。商品によって補償内容は大きく異なるが、損害保険は大きく以下の2タイプに分けられる。
損害保険に該当する事業保険 | 概要 |
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・賠償責任保険 | 事業活動を通して、他者に損害を与えてしまった場合に保険金が支払われる損害保険。基本的には「対人事故・対物事故」が対象であり、自動車保険や建設工事保険などが該当する。 |
・業務災害補償保険 | 業務中にケガを負ってしまった場合など、予期せぬ業務災害に備えられる損害保険。労務リスクをより抑えるために、労災保険ではカバーしきれない部分の備えとして加入するケースが多い。 |
損害保険は非常に種類が多く、事業内容によっては加入するメリットが薄い商品も多く存在する。そのため、各商品の補償内容をしっかりと比較し、リスク低下につながる保険商品を選ぶことが重要なポイントだ。
中小企業が事業保険に加入するメリット・デメリット
税制改正によって節税効果が薄れたとは言え、中小企業が事業保険に加入するメリットはいくつか存在する。ただし、その反面で注意するべきデメリットも潜んでいるため、事業保険への加入は安易に決めるべきではない。
加入を検討中の経営者は、以下で紹介するメリット・デメリットにしっかりと目を通しておこう。
事業保険に加入するメリット
事業保険に加入するメリットとしては、主に以下の点が挙げられる。
・万が一の事態に備えられる
・退職金や老後の備えになる
・従業員の福利厚生として活用できる
上記の中でも最大のメリットは、万が一の事態に備えられる点。経営者の死亡や事故など、事業保険ではあらゆるトラブルに備えられるので、経営に関するさまざまなリスクを抑えられる。
また、経営リスクを抑えつつ、退職金や老後資金を蓄えられる点も事業保険ならではのメリットだろう。ただし、満期保険金や解約返戻金を受け取れないと、このメリットは消失してしまうため注意しておきたい。
ちなみに、事業保険の中には業務災害補償保険のように、従業員の労働環境を整えられる商品も存在する。そういった保険商品をうまく活用すれば、従業員の福利厚生を充実させられるため、事業保険は人材対策として利用することも可能だ。
事業保険に加入するデメリット
一方で、事業保険の加入には以下のようなデメリットもある。
・保険料によって資金繰りが悪化することも
・解約のタイミング次第では、損につながってしまう
・仕組みがやや複雑であり、検討時に悩まされやすい
資金が限られた中小企業にとって、保険料の負担は決して軽いものではない。無理をして高額な保険に加入すると、資金繰りの悪化を招く恐れがあるので細心の注意が必要だ。
また、解約返戻金を受け取れるタイプの事業保険については、解約のタイミングを慎重に判断する必要がある。タイミングを見誤ると受け取れる解約返戻金が減ってしまうため、加入する前から解約までの計画を考えておきたい。
さらに、商品や税制の仕組みがやや複雑であり、検討時に悩まされやすい点もデメリットのひとつだろう。各ケースに最適な商品を選ぶには、保険料や補償内容に加えて、解約返戻金や損金算入のルールなど、さまざまな要素を一度に意識することが求められる。
事業保険に加入するメリット | 事業保険に加入するデメリット |
---|---|
・万が一の事態に備えられる ・退職金や老後の備えになる ・従業員の福利厚生として活用できる | ・保険料によって資金繰りが悪化することも ・解約のタイミング次第では、損につながってしまう ・仕組みがやや複雑であり、検討時に悩まされやすい |
上記のメリットを享受しつつ、デメリットやリスクの部分を抑えるには、数多くの保険商品を比較する必要がある。その時間を確保することが難しい場合や、より最適な事業保険を選びたい場合は、専門家への相談も検討してみよう。
事業保険を選ぶ際に押さえておきたい3つのポイント
前述でも触れたように、事業保険を選ぶ際にはさまざまな要素を意識しなければならない。そこで以下では、中小経営者が特に押さえておきたい3つのポイントをまとめた。事業保険への加入を検討している方は、以下を参考にしながら候補を絞っていこう。
1.目的を明確にする
膨大な数の事業保険をただ眺めるだけでは、最適な商品を見極めることは難しい。その中からある程度の候補を絞るには、「目的の明確化」が必須だ。
最初に加入する目的を明確にしておくと、自然と優先するべき要素が決まってくるだろう。たとえば、「災害リスクを抑えるため」「従業員の満足度を高めるため」など、商品を選ぶうえで軸となる目的は事前にしっかりと定めておきたい。
2.経営者に関する補償を重視する
従業員の労働環境を整えることは重要だが、中小企業において経営者の存在は非常に大きい。特にワンマン経営のような形をとっている企業では、経営者が倒れると経営リスクが跳ね上がってしまうだろう。
したがって、中小企業が事業保険を選ぶ際には、「経営者に関する補償」を優先することが重要だ。まずは経営者に関する補償を充実させて、万が一のことがあっても経営が成り立つ環境を整えておこう。
3.長期の事業計画を立てる
事業計画に合わせた保険商品を選ぶことも、経営リスクを抑えるための重要なポイントだ。事業計画を踏まえずに事業保険に加入すると、後から保険料の支払いが負担になったり、補償によるリスク軽減の効果が薄れたりなど、さまざまな弊害が生じてしまう。
また、短期の事業計画では会社のキャッシュフローを予測しづらいので、基本的には長期の事業計画を立てておきたい。特に解約返戻金や満期保険金が備わった保険を検討している場合は、実際に受け取るまでの計画をしっかりと考えておこう。
税制改正後にも利用価値はある!事前準備をしたうえで、各ケースに最適な事業保険を
2019年の税制改正によって事業保険のメリットは薄れたものの、利用価値がゼロになったわけではない。本記事で解説したように、事業保険にはさまざまな使い道があるので、必要性が生じたら今後も加入を積極的に検討するべきだろう。
ただし、加入する保険を選ぶ際には、目的を明確にするなどの事前準備が必要になる。時間や手間をかけることが難しい場合は、専門家に頼ることも検討しつつ、万全の準備を整えるようにしよう。(提供:THE OWNER)
文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)