相続の手続きには、期限のあるものとないものの2種類がある。期限がある手続きの場合、その期限を過ぎてしまうと場合によっては大変な状況に追い込まれてしまう。そこで今回は相続に関する全体的な流れや期限のある手続きについて解説をしていく。特に「期限を考慮しなければならない手続き」に関しては、しっかりと理解をしておくことが必要だ。
手続きを放置して人生の計画が狂ってしまうことも少なくない。すべての手続きにいえることだが、できるときにできることを確実に行っておくことが重要だ。それではまず相続の手続きの概観から眺めていく。
相続手続きの概観
相続に関する手続きを時系列的に紹介していこう。相続手続きは、故人の亡くなったことを知った日から始まる。死亡日より1週間以内に済ませておきたい手続きとしては以下のようなものがある。
- 死亡診断書の取得
- 死亡届の提出
- 死体埋葬火葬許可証の取得
まずは、死亡診断書を病院から発行してもらう必要がある。なぜなら死亡診断書がないと故人の死亡の証明ができないため死後の手続きや公共料金の支払いに支障が出てくるからだ。死亡診断書を取得した後に市区町村に死亡届を提出すれば相続手続きの第1段階は完了となる。詳しくは後述するが、それ以外にも以下の手続きは早めに済ませておきたい。
- 年金受給停止、住民票の抹消届、保険証返却
- 介護保険の資格喪失届
- 世帯主の変更届
- 遺言書の調査、検認
- 相続人の確定
- 遺産分割協議
- 財産調査
遺言書がある場合は、遺言書の内容に沿ってそのまま遺産分割が進められる。遺言書がない場合は、相続人の確定が必要だ。またその過程で相続される遺産の範囲を決めておく。相続される遺産が確定したら「相続人全員に開示し相続を放棄するかどうか」の判断をしてもらう。相続放棄は原則として死亡を知った日から3ヵ月以内になっているため、「その期間が過ぎた後に相続人がほとんど確定する」という形になる。
相続人と遺産の確定が済んだ後は、相続人たちによる遺産分割協議が行われる。遺産分割協議とは、要するに「誰がどのように遺産を相続するか」という話し合いである。もちろん相続を放棄した人間は参加しない。遺産分割協議が済んだら遺産の性質に合わせて以下の手続きが必要だ。
- 遺産の名義変更
- 相続登記
- 金融機関での手続き
不動産などは名義を変更しなければならないし「土地や建物を相続した」ことを証明するためにも相続登記が必要だ。特に登記は、財産などの権利関係を明確にするものなので必ず漏れのないようにやっておきたい。相続した遺産に預貯金が含まれていた場合は、遺産分割協議書を金融機関に提出することによってその金額を受け取ることができる。
もちろんこうしたことをすべて自分たちで行う必要はない。弁護士や司法書士など法のエキスパートたちに相談をしながらすみやかに手続きを済ませていくのが望ましいだろう。
期限を考慮しなければならない手続き
相続放棄、限定承認
相続放棄や限定承認は「期限を考慮しなければならない手続き」の代表的なものだ。相続放棄というのは「自分は相続人に当たりますが今回の相続には一切関わりません」という意思表示である。相続放棄の手続きは、一般的に「自分に関連する相続が発生したことを知ってから3ヵ月以内」にすることが必要だ。例えば故人が借金を抱えていたケースを考えてみる。
単純承認した場合、相続人は資産だけでなく借金(負債)まで相続することになってしまう。一般的に資産よりも負債が多い場合、単純承認をするのは「好ましくない」状況だが、相続放棄をすることによって「私は資産も借金も相続しない」という意思表示ができるようになる。相続放棄と似たものが限定承認だ。限定承認とは「相続によって得られる財産の限度額において被相続人のマイナス財産を相続する」ことである。
少し難しい内容なので一つの例を用いて考えてみよう。例えば故人に1,000万円の借金と評価額200万円の自宅があったとする。もしここで相続放棄をすれば「借金も家も手放す」ということになるが遺族側としては、長く暮らしてきた家を簡単に放棄したくはない。そうした状況下で有効なのがこの限定承認である。
要するに「借金のうちの200万円分を精算する」ことによって「評価額200万の自宅を相続する」ということだ。このように債務超過であることが分かっているケースにおいては、限定承認を効果的に使うことができる。ただ限定承認の期限も相続放棄と同じように被相続人が亡くなったことを知った日より3ヵ月以内だ。限定承認は相続放棄と異なり相続人全員が共同で申述することが必要なため注意したい。
所得税に関する手続き
被相続者の所得税の確定申告は、死亡日から4ヵ月以内に済ませておくことが必要だ。これを準確定申告という。確定申告とは、個人が1年間の所得を計算し税務署に提出するものである。1ヵ月の収入や支出を細かく記帳しておかなければならないので大変手間がかかり税理士にやってもらっている人も多い。被相続人の場合は、死亡した年の1月1日から死亡日までの所得を計算し税務署に提出する必要がある。
相続税に関する手続き
相続税に関する手続きは、相続が開始したことを知った日から10ヵ月以内に済ませておく必要がある。相続税の申告だけでなく納付も10ヵ月以内であるので時間があるときに早めに済ませておきたい。遺産総額が相続税の基礎控除額である「3,000万円+600万円×(法定相続人の数)」を超えた場合、相続税がかかる。例えば遺産総額が1億円の場合、法定相続人が12人以上いない限り相続税が課税される。
遺留分に関する手続き
遺留分に関する請求は1年以内に済ませておくことが必要だ。遺留分とは相続人に保証される最低限の相続分のことで例えば次のようなケースが想定される。大往生したKには、数十年連れ添った内縁の妻Pがいた。遺産分割はKの遺言書に沿って進められたが、肝心の内容が「自分の財産はすべてPに託す」というものだった。
本来、内縁の妻は法定相続人になることができない。しかし「遺言書の内容は法定相続人よりも優先される」というルールがあるので、この場合はPも相続人になり得る。さらに遺言書には「Pに財産のすべてを託す」と記載されているため遺族からすればたまったものではないだろう。しかしこうした場合を民法は想定している。
「たとえ遺言書がどのような内容であろうとも法定相続人は自分たちが受け取ることのできる最低限の相続分を取得できる」というルールがある。これが遺留分だ。このように法定相続人には、最低限の財産を受け取る権利がある。もしも遺留分未満の相続になった場合は、1年以内に遺留分侵害額請求をすることで侵害された額を取り戻すことが可能だ。
期限を過ぎるとどうなる?
今まで見てきたように相続に関する手続きには、期限が決められているものがいくつかある。そこで気になってくるのが「期限を過ぎるとどうなってしまうのか」ということだ。今回は「相続放棄」「遺留分侵害額請求」の2つを見ていく。
相続放棄
相続放棄は、「自分に関連する相続を知った日」から3ヵ月以内に申し立てなければならない。原則として期限を過ぎてしまうと相続放棄はできなくなる。相続に借金が含まれていた場合は、当然その借金を引き継ぐことになってしまう。相続に借金が含まれている場合は、仮に期限を過ぎてしまっても「借金の存在を知ってから3ヵ月」であれば相続放棄が認められるケースもある。
「借金の存在を知る」というのは、具体的には金融機関などからの通知や連絡なので「銀行の通知を知ってから3ヵ月以内」だ。借金の存在を知っていながらそのまま放置していた場合は、相続放棄は認められず借金をそのまま相続することになる。しかし相続に関する手続きは時間がかかり借金の存在を知っていながら「どうしても相続放棄まで手が回らない」という場合もあるだろう。
そのときは3ヵ月という期間(熟慮期間)を延長することもできる。期限を過ぎたからといって即座に借金を背負うわけではない。救済策はいくつか存在するのでとにかく「借金の存在を知っていながら相続放棄を忘れた」という状況を作らないことが重要だ。次に見ていくのは、遺留分侵害額請求についてだ。
遺留分侵害額請求
遺留分侵害額請求とは、先ほど解説したように「法定相続人が最低限の財産を相続できる」権利である。これによりたとえ遺言書に「自分の財産をすべて愛人に譲る」と書かれていても法定相続人は一定割合の遺留分を受け取ることが可能だ。期限は相続を知った日から1年以内である。遺留分侵害請求権は、相続を知った日から1年が経過すると時効により消滅してしまう。
これにより本来取り戻すことができるはずの遺留分を取り戻せなくなり法定相続人としてはかなりの損害を被ることになってしまう。期限が1年ともなれば時間には多少の余裕があるので、とにかく請求を忘れないことに集中すれば良い。基本的に「相続の存在を知っていながら忘れてしまっていた」という言い訳は通用しないので一つ一つの手続きを丁寧にこなしていくのが大切だ。
制度の細かな理解と迅速な行動
このように「相続」という事象一つを取ってみてもそれを取り巻く法体制は複雑怪奇である。自分一人だけで済むような問題でもないため、より制度を細かく理解しておくことが重要だ。また弁護士や司法書士など法律のエキスパートの相談も適切に活用したい。法の細かいところは法のエキスパートに任せることも選択肢の一つだ。
決して感覚だけで処理しようとはせず必ず専門家たちの判断を仰いで適切な意思決定をしていきたい。また相続の手続きで何よりも重要になってくるのが、迅速な行動および対応である。今まで見てきたように相続に関する手続きは煩雑で時間もかなりかかってくる代物だ。期限が厳しく決められている手続きも多い。
「後でやれば良いや」という慢心が、思わぬ悲劇を生むかもしれない。とにかく要領良く手続きをこなしていくのが、安全な相続のための第一歩だ。(提供:THE OWNER)
文・小西拓登(ダリコーポレーション ライター)