古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

企業経営者が事業承継を行う場合には、原則として相続税と所得税の税負担が発生するが、事業承継によって消費税が課される場合もある。本稿では、消費税の仕組みに加えて、被相続人が事業を無償譲渡(贈与)や有償譲渡、相続によって承継した際に課される消費税について解説する。

個人事業主に課される消費税の仕組み

事業承継
(画像=Brian Jackson/stock.adobe.com)

個人事業主に課される消費税の仕組みについて解説する。

消費税の課税対象と税率は?

消費税は、消費に広く薄く負担を求めるという観点から、金融取引や医療、福祉、教育の一部を除いて、原則として、国内におけるすべての商品の販売、サービスの提供などを課税対象としている。また、地方消費税も、消費税の中に含まれている。

消費税は間接税であり、事業者が直接的に消費税を負担することはないが、消費税の徴収と申告納付の義務がある。

消費税の税率は、2020年4月時点で10%であり、その内訳は消費税が7.8%と地方消費税が2.2%であり、飲食料品等については一定の条件下において軽減税率が適用され、消費税は8%(消費税6.24%、地方消費税1.76%)となっている。

消費税の納税義務者とは

消費税の納税義務者は、日本国内の取引における、商品などの売上金額に上乗せして受け取った消費税から、仕入れなどのときに支払った消費税を控除した残額を、税務署に納付する。受け取った消費税よりも支払った消費税のほうが多い場合は、その差額が税務署から還付されることとなる。

消費税の納税義務に関しては、小規模事業者に対する免税制度がある。定められた基準期間(個人の場合は前々年、法人の場合は前々期)の課税売上高が1,000万円以下の事業者は、消費税の納税が免除される。なお、消費税の納税を免除されている事業者のことを、免税事業者と呼ぶ。

定められた特定期間(個人の場合は、前年1月1日から6月30日、法人の場合は、前期の期首から6ヵ月間)の課税売上高が1,000万円超で、かつ、その期間の給与総額が1,000万円超の場合には、課税事業者とされる。開業年分およびその翌年分(法人の場合は、設立第1期および第2期)は、基準期間がないため、免税事業者に該当する。

新設法人の場合、基準期間はないが、その事業を開始した日が含まれる年度の資本金額や出資金額が1,000万円以上である場合は、納税義務は免除されない。免税事業者は、消費税の納税が免除されているとともに、消費税の還付も受けられない。

消費税の課税取引とは

消費税法では、事業者が行う取引について資産の譲渡等と不課税取引に大別され、資産の譲渡等は課税取引と非課税取引に区分されている。

課税対象外となる不課税取引とは、対価性のないものであるため課税対象とならない。例えば、配当金や個人事業者の生活用資産の譲渡、寄附金、祝金、見舞金等、保険金、共済金、損害賠償金、通常会費や組合費、得意先への商品の贈与といったものが不課税取引に該当する。

非課税取引とは、消費という性格に馴染まないものや、国や地方の政策的に、一定のものに対して非課税にすることを配慮された取引である。例えば、土地の譲渡、貸付け、社債、株式等の譲渡、利子、保険料、住民票等の行政手数料、社会保険医療、出産関係、住宅の貸付け、商品券、ギフト券の譲渡などが、非課税取引に該当する。

消費税の不課税取引と非課税取引については、その違いをしっかりと把握していただきたい。

消費税の計算方法

納付すべき消費税額は、課税売上高に係る消費税額から課税仕入高に係る消費税額を控除して計算する。その上で、課税売上高に係る消費税額および課税仕入高に、消費税率(10%)を乗じて消費税額を計算する。

課税仕入高に係る消費税額の計算の原則は、「課税仕入高×10%」を乗じるものであるが、簡易課税として、「課税売上高×10%×みなし仕入率(業種により40~90%))という計算式が認められている。

簡易課税とは、中小事業者の消費税の事務手続きを緩和するために設けられたものである。基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者は、届出をすることで、簡易課税を選択することができる。なお、簡易課税を選択すると2年間適用されるため、途中で変更することはできない。

事業承継において個人に課される消費税

次に、事業承継において個人に課される消費税について解説する。

個人の事業承継における無償譲渡(贈与)と消費税

個人事業主が、事業用資産を個別または全部を無償で贈与する場合に、贈与対象者が個人か法人化によって課税の条件が変わるため、注意が必要となる。

受贈者(贈与の相手方)が個人の場合は課税されないが、受贈者が法人の場合は所得税等が課される場合があることに加え、資産の譲渡等に係る課税取引に該当するため消費税等が課されることがある。

個人の事業承継における有償譲渡と消費税

個人事業主が、事業用資産を個別または全部を有償で譲渡(売買)する場合は、譲り受ける買主が個人・法人のいずれであっても所得税等が課されることに加え、資産の譲渡等に係る課税取引に該当するため、消費税等も課されることになる。

個人の事業承継における相続と消費税

個人事業主が死亡して相続が発生し、相続人が事業用資産を相続財産として取得する場合は、被相続人には所得税等は課されることはなく、消費税等も課されない。

一方で、相続人には、消費税等は課されないが、相続税が課されることになる。

事業承継において法人に課される消費税

個人については確認したが、しれでは法人に課される事業承継における消費税についても確認しよう。

法人からの事業承継における無償譲渡(贈与)と消費税

法人(会社)が、事業用資産を個別または全部を無償で譲渡(贈与)する場合には、受贈者(贈与の相手方)が個人・法人いずれであっても、法人は当該事業用資産を「時価」(=市場価格)で譲渡したものとみなされる。

譲渡による含み益が発生するならば、その含み益が益金の額に算入されるため、法人税法が課されるとともに、譲渡価額に対して消費税等が課される。逆に、譲渡による含み損があるならば、損金の額に算入されて課税所得の減額要因となるが、消費税の仕入税額控除の対象とはならない。

法人からの事業承継における有償譲渡と消費税

法人(会社)が、事業用資産を個別または全部を有償で譲渡する場合は、買主(譲渡の相手方)が個人・法人いずれであっても、法人に売却益が計上されれば、その利益が益金の額に算入されて法人税が課されるとともに、譲渡価額に対して消費税等が課される。

譲渡によって売却損が計上されれば、その損失が損金の額に算入されて、課税所得の減額要因となるが、譲渡価額に対して消費税等が課されることとなる。

事業を相続した個人の消費税

事業を相続する場合の個人の消費税についても確認してみよう。

事業の相続と消費税納税義務

個人事業主であった親に相続が発生して子供が相続人となった、すなわち、相続によって事業承継が行われた場合、相続人の消費税の納税義務が問題となる。

親の生前に事業承継を行う場合は、被相続人である親が事業を廃止し、相続人(後継者)である子供が新たに事業を開始したことになり、原則として、開業後2年間は消費税の納税義務は発生しない。

しかし、親の死後に相続によって事業承継が行われた場合は、被相続人の課税売上高を相続人が引き継ぐことになるため、被相続人が納税義務者であれば、相続人である子供も消費税の納税義務者となる。

例えば、2020年に相続が発生し、被相続人である親の課税売上高が800万円、相続人である子供の課税売上高が400万円であれば、その年の被相続人と相続人の課税売上高は、合計で1,200万円となる。この場合、事業の後継者である子供は消費税の納税義務者となり、2年後の2022年に課税売上高に係る消費税を納める義務が発生することになる。

相続人の消費税に関する届け出

被相続人からの相続によって事業承継が行われた場合、基本的に消費税の納税に関して、相続人に必要となる届け出はない。

消費税の納税義務社の項目で説明したように、課税売上高が1,000万円以下であれば納税義務が免除され、1,000万円を超えた場合には納税義務が発生する。

相続人が相続の前に課税事業者になっていた場合には、事業承継による消費税を課税されないようにするために、課税事業者から免税事業者に戻るための手続きを行わなければならない。これを「消費税課税事業者選択不適用届出手続」と呼び、この届け出の手続きは、相続が開始された課税期間には適用されない。

事業承継の消費税負担を少しでも減らそう

個人事業主の事業承継に伴う消費税の納税義務は、親が生きている間に事業承継が行われたのか、相続のときに事業承継が行われたのかによって異なる。

事業承継による消費税の負担を考慮すると、親が課税事業者だった場合は、生前の事業承継によって消費税の免税事業者になることを目指すほうがよいだろう。(提供:THE OWNER

文・古尾谷 裕昭(税理士)