(本記事は、今泉清氏の著書『ONE TEAM!ラグビー日本代表に学ぶ最強組織のつくり方』日本能率協会マネジメントセンターの中から一部を抜粋・編集しています)
私自身、エディー・ジョーンズとはサントリー時代のコーチと選手として、実に彼からはさまざまなことを教わった旧知の仲である。
今になっても実に印象深いエピソードがある。少しだけ紹介しておきたい。
練習が終わってみんなが個々に携帯電話を片手に食事をしていると、突然エディーがやってきてこのようなことを私たち選手に指示したことがあった。
「携帯電話を食事のときに持ってくるな。なるべくみんなで一緒に食べながら、とにかく対話をして次の試合の準備をするんだ!」
当時のサントリーというチームは、それほど勝てるチームではなかった。
それがなぜ、これほどのラグビー名門チームになったのか。それは、エディーの「準備力」にあったように思う。
エディーにとってラグビーは準備がすべてだった。これは私がエディーから教わった大事なことのひとつだ。
それは何もグラウンドだけの話ではない。食事の時間でさえも試合に勝つための準備をする。
「そこまでやる必要はないだろう」と思うかもしれないが、エディーは、ラグビーの話だけでなく、チームメイトに関心を持ってその人となりを知るために趣味などの話ができるようなチーム内対話をとても大事にしていた。携帯電話を見ながら食事をしていた私たちにもそれを伝えたかったのだ。
もちろん、エディー自身が選手たちとの対話を積極的におこなっていたことは言うまでもない。あるとき、私にこのようなことを話してくれたことがあった。
「いいか、キヨシ。選手を含め、日本の指導者を見ていると準備があいまいというか、しっかりつくり込んでないから試合で思うようにいかないことが多いんだ」
これはラグビーに限らず、どのような組織づくりであれ、さまざまな視点や要素を持って準備していく必要があるということだ。
日本代表チームの監督に就任してからも、エディーの「準備力」という指導哲学は一貫していたように思える。
日本人選手は身体が小さい。だからこそ、低いタックルが有効だと考えたエディーがレスリングの練習を取り入れたことは有名なエピソードだ。
ラグビーはどんなに体格差があっても、低くタックルに入ればどんなに大きな選手でも倒すことができる。事実、ワールドカップでは南アフリカの選手たちは日本の選手たちの低いタックルに大いに苦しめられた。
「あんな低いタックルは危険だ」とレフリーにクレームをする南アフリカの選手たちに対して、レフリーは「問題ない。正当なタックルだ」と南アフリカの選手たちの主張を跳ね除けた。
身体が小さいということを弱みと捉えるのではなく、強みに変えて準備していき南アフリカに勝利した。まさに、勝てない理由ではなく、勝てる理由にフォーカスできた好例ではないだろうか。
ラグビーワールドカップ史上最大の番狂わせ。
世界にそう言わしめた「ブライトンの奇跡」。
たしかに、日本が南アフリカに勝利するということは、当時は奇跡と呼ぶにふさわしいかもしれない。
だが、勝てない理由にフォーカスするのではなく、勝てる理由を見つけて圧倒的な準備をすることによって奇跡を必然に変えることができるということをエディーは私たちに教えてくれた。
そして、そんなエディーを信じてひたむきな努力とハードワークに取り組んだ選手たち。まさに、エディージャパンはひとつになったのだ。
選手たちに「勝利」というゴールが達成されたイメージを描かせ、そこから覚悟を持たせる。そんな覚悟が持てれば、誰もがどんなハードワークでもやり抜けるものなのだ。