(本記事は、今泉清氏の著書『ONE TEAM!ラグビー日本代表に学ぶ最強組織のつくり方』日本能率協会マネジメントセンターの中から一部を抜粋・編集しています)

釜
(画像=PIXTA)

「ONE TEAM」は〝同じ釜の飯〟を食うことで成熟する

チームが家族のような関係になる―。

この言葉に納得させられたのは、私のある経験と重なったからかもしれない。

私がかつて早稲田大学ラグビー部に在籍していた三年生のとき、後にオールブラックスの監督に就任することになるグラハム・ヘンリーが臨時コーチとして招聘された。

当時の早稲田はグラハム・ヘンリーから、本場ニュージーランドのラグビーに対する考え方から、勝つために必要なトレーニング法、さらにはオールブラックスが取り入れている戦術など、さまざまなことを学んだ。そのおかげで、当時の早稲田は「常勝軍団」と称えられた。

そんなグラハム・ヘンリーの誘いもあり、大学を卒業後にニュージーランドでラグビーをする機会に恵まれた。

本場のニュージーランドラグビーを2シーズン経験できたことは、私のラグビー人生でかけがえのない財産になった。

ラグビースキルや戦術もさることながら、私がニュージーランドで学ぶことができたのがチームメイトとの信頼関係の構築法だった。

あるとき、コーチが次のようなことを私に話してくれたことがあった。

「キヨシ。仲間との信頼関係を構築するのに大切なマインドには、コンパッションが必要なんだ」

この「コンパッション」という言葉を辞書で引くと、「深い思いやりから来る共感」や「同情」などという意味を持っていることがわかる。

だが、私がニュージーランドでラグビーをやりながら感じたニュアンスは、「相手を理解し、尊重して誇りに思う気持ち」だった。これこそがTJ・ペレナラが語った「チームが家族のような関係なる」ということの真意ではないだろうか

これを日本の文化に置き換えると、「同じ釜の飯を食う」という言葉がしっくりくるように思う。

この言葉からは、苦楽を共にしてきた仲間を理解し合い、気心が知れる様子が伝わってくる。

ラグビーであれば、同じグラウンドで互いに汗を流し、寝食を共にする時間が長くなればなるほど、互いの強みと弱みを必然的に理解できるようになり、まとまりのあるチームワークを発揮することができるようになる。

ただ、それだけでは真の「ONE TEAM」にはなれないのかもしれない。

一緒に過ごす時間が長ければ次第に考え方や行動、価値観を共有することで信頼関係が強固なものになっていく。

すると、味方の動きを見ただけで、次に何をするかが頭に浮かんで来るという現象が起こり得るのだ。

こうしたコンパッションはラグビーだけでなく、ビジネスの世界においてもチームで結果を出すために必要なことだと私は考えている。

日本代表の選手たちもこの長期合宿で密度の濃いトレーニングに励み、幾度となく対話を重ね、同じ釜の飯を食いながらコンパッションを持てるようになったのではないだろうか。

同じ釜の飯を食った仲間と言えるチームをつくるには、やはり強い意志を持って取り組まなければならない。逆をいえば、意図的に共通体験を多くつくっていくことで共通認識が生まれ、「ONE TEAM」になることができるということだ。それを証明したのが240日にも及ぶ長期合宿だったのだ。

ジェイミーもワールドカップが終わったとき、「チームがひとつになるには時間がかかって苦労したが、本当の意味での『ONE TEAM』になることができた」と自らが率いた日本代表チームに賛辞を贈っていた。

それは、チーム全員が互いの長所や短所も含めて相手を受け入れることで、味方の思考や行動が自然に頭の中に浮かぶようになり、「ONE TEAM」が成熟していったことを意味している。

強豪アイルランド戦で本物の「ONE TEAM」になる

「日本代表チームは、必ず何かやってくれる」

冒頭で紹介した私のこの言葉の根拠を、ここで少しだけ説明しておきたい。

ワールドカップの前哨戦ともいえるパシフィック・ネーションズカップのフィジー戦を観たとき、前回大会よりも確実に進化した日本代表チームの姿がそこにあった。

私が注目したのは、前半12分のプレーだ。

日本代表のNO8、アマナキ・レレイ・マフィがターンオーバーしたボールを不用意に蹴ると、フィジーのフランカー、セミ・クナタニがカウンターアタック。自陣から抜け出して大きくゲインし、最後はCTBレヴァニ・ボティアにつないでトライを奪われた。

まさに、見事なまでのカウンターアタックを喰らってしまったのだ。

こうした失点はラグビーではよくあることなのだが、そこからの戦い方がこれまでの日本代表チームとは大きく違っていた。

トライを取られた後、インゴールで集まった日本の選手たちが、「おい、キックやめてしっかりボールをキープしよう」「ディフェンス重視でとにかく前に出て止めよう」と一瞬で話し合い、その後ふたたび流れを引き戻し、見事フィジーに勝利したのだ。

そのあとのトンガ戦、アメリカ戦も相手の特徴や作戦に合わせて、試合中に自分たちの戦い方を柔軟に変えることができていた。

ラグビーを経験している者からすれば、試合前に一度立てた作戦を相手の対応に合わせて変更して戦い、そして勝利するということは、なかなかできることではないといえる。それができた日本代表チームは強い結束力と互いを信頼する、まさに「ONE TEAM」になっていたのだ。

ワールドカップ本番を迎え、私のこのいい予感は的中した。

予選プール1戦目のロシア戦は、自国開催の初戦の緊張感もあって動きが硬かったが難なく勝利した。

続く2戦目は決勝トーナメント進出の明暗を分けるであろう、世界ランキング2位のアイルランド戦だ。

この試合で日本代表チームは本物の「ONE TEAM」になったと私は感じた。

2015年の前回大会で南アフリカに勝利した「ブライトンの奇跡」。

たしかに、優勝候補の一角であった南アフリカに日本が勝利したことは称賛に値する。

だが、冷静に振り返ってみると、あのときの南アフリカは確実に油断していたように思える。

「ラグビー弱小国の日本なんかに負けるわけはない」と。

ところが、今回のアイルランド戦はまったく違う。

相手はしっかりと日本代表チームを分析したうえで、全力で倒しに来ていた。それでも日本は逆転勝ちを収めることができた。

世界中のラグビー関係者、ファンの誰もがアイルランド優勢と言われていたなかで、ジェイミーはこれまで自分たちがやってきたことを信じ、どれだけの準備を重ねて来たのかを世界に示す覚悟を選手たちに伝えた。

240日、およそ8か月以上の合宿では家族より長い時間をかけてチームメイトやコーチ、スタッフと一緒に過ごし、そして限界までやり抜いた。

「真の『ONE TEAM』にならなければアイルランドに勝つことはできない」と、選手一人ひとりが強く思い、それを表現したのがあのアイルランド戦だった。

さらにいえば、チームの精神的支柱である主将のリーチ・マイケルは初戦でのプレーが不調だったため、この試合はリザーブに回された。

代わりにゲーム・キャプテンを務めたのがピーター・ラブスカフニだったが、10人のリーダーグループでの経験がここで活き、リーチ・マイケルが不在でも戦える「ONE TEAM」になっていた。

この試合で日本代表チームは真の「ONE TEAM」になり、続くサモアとスコットランドとの試合にも勝利し、日本ラグビーの歴史を見事に塗り替えたのだ。

ONE TEAM!ラグビー日本代表に学ぶ最強組織のつくり方
今泉 清
元ラグビー日本代表、人材育成コンサルタント。1967年生まれ。大分舞鶴高から早稲田大学に入学。天衣無縫ともいえるプレーぶりから早稲田ラグビーを代表する選手として活躍、在学の4年間で関東大学対抗戦優勝2回、大学選手権優勝2回、日本選手権優勝1回と早稲田ラグビー黄金期をつくる。1990年対抗戦明治との優勝決定戦でのロスタイム70メートル独走トライは今もラグビーファンには語り継がれている。大学卒業後はラグビー王国ニュージーランドでプレー。一流のラグビーを経験した後、名門サントリーに加入。1995年にはラグビーW杯南アフリカ大会日本代表に選出されるなど華々しい経歴を持つ。引退後は、母校・早稲田大学ラグビー部のコーチに就任し、清宮克幸監督の右腕として結果を出すと、その後サントリーのプレイングコーチに就任、後進の指導にあたった。現在は、ラグビーを通じて取得した『組織論』をテーマにした人材育成コンサルタント及び講演家として活動しているほか、CSテレビチャンネルJ SPORTSで世界のラグビー解説者を務めている。著書に『オールブラックス圧倒的勝利のマインドセット』(学研プラス)、『勝ちグセ。』(日本実業出版社)などがある。

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