親族内や従業員に後継者が見つからず、事業承継に悩んでいる経営者の方もいることだろう。事業承継の選択肢として、事業承継ファンドを活用する方法もある。今回は、事業承継ファンドの仕組みやメリット、選び方について詳しく解説する。

事業承継ファンドが活用される背景

事業承継ファンド
(画像=Zhanna/adobe.stock.com)

ファンド(fund)とは、「資金・基金」という意味で、金融業界では「投資や運用を目的として集めた資金」のことをいう。たとえば、金融商品である投資信託なども、広い意味でファンドに含まれる。

ファンドは、投資家から集めた資金を投資し、得られた利益を投資家に再分配する。逆にいえば、投資対象とみなされれば、ファンドから資金調達される。

最近では、後継者問題に悩む中小企業の株式を取得し、運用成果を狙うファンドも増えてきている。ファンドに自社株を高値で買い取ってもらい、事業の運営も任せることができれば、経営者は安心して勇退できるだろう。

事業承継ファンドの活用が増えている背景には、中小企業の深刻な後継者不足がある。帝国データバンクの「全国・後継者不在企業動向調査(2019年)」によると、2019年の後継者不在率は65.2%だ。

また、中小企業庁が発表した「2018年版中小企業白書」によると、中小企業に関する経営者の年齢は、1995年の最高値が47歳だったのに対し、2015年の最高値は66歳だった。

20年間にわたって増加傾向であることから、2020年の時点で最高年齢は70歳ぐらいになると推計される。

経営者が高齢化しているのに、後継者は見つからない。この状況が、事業承継ファンドの活用につながると考えられる。

※参考

「全国・後継者不在企業動向調査(2019年)」
(帝国データバンク)

「2018年版中小企業白書」
(中小企業庁)

事業承継ファンドを活用する3つのメリット

続いて、事業承継ファンドを活用するメリットを3つ紹介する。

メリット1.売却益の確保

廃業と比較して売却益を確保できるというメリットがある。廃業すると、不動産を売却したり、機械や設備を廃棄したり、税務的な諸手続きを税理士に依頼したりと、多額のコストが発生する。

しかし、事業承継ファンドを活用して株式を売却すれば、廃業コストがかからないどころか、株式の対価として金銭を受け取れる。

経営者が勇退してセカンドライフを満喫するには、相応の金銭を確保しなければならない。売却益は、経営者にとって心強いメリットだ。

メリット2.経営支援

事業承継ファンドを活用すると経営支援が受けられる。

株式取得後、事業承継ファンドは経営支援によって会社を成長発展させ、数年後に売却して運用益を出す。そのため、ほとんどのファンドが経営支援のノウハウを蓄積している。

プロの経営支援によって事業が成長し、拡大していく可能性がある。商品・サービスを後世に残したり、今より適した形で会社を存続させたりすることも不可能ではない。

メリット3.企業文化の継承

M&Aでは、株式を第三者である会社や個人に売却する。その後は、新しい経営者のもとで事業が存続するが、会社風土の変化によって従業員や顧客が離脱しかねない。

事業承継ファンドの場合、現状の経営方針や企業文化を踏まえた支援が期待できる。また、オーナー経営者の想いを汲み取って、勇退後も企業文化を継承できるよう支援する機関もある。

企業文化を維持できれば、会社がM&Aによって売却されても、経営者の望み通りに存続しやすくなるだろう。

現状の企業文化を組織内に落とし込みたいなら、事業承継ファンドを活用するメリットは大きい。

慎重に事業承継ファンドを選ぼう

メリットはさまざまあるが、事業承継ファンドの選定は難しい。ファンドによって投資対象とする中小企業の規模や要件が異なる場合もある。

ファンドの専門分野を見誤ると、自分が望む経営支援を受けられないケースもある。そのため、事業承継ファンドを慎重に選ばなければならない。

事業状況が悪ければ、そもそも事業承継ファンドから支援を得られないケースもある。赤字になったり、売上が極端に減ったりしてから相談するのではなく、早めに出口戦略を考えて情報収集を始めるべきだろう。

経営者が知っておきたい事業承継ファンドの種類

続いては、代表的な事業承継ファンドを4つ紹介する。具体的な機関を知ることで、事業承継ファンドについて理解を深めてほしい。

中小機構のファンド

中小企業政策の実施期間である中小機構が中心となって設立したファンド。事業承継を支援しているほか、創業期や成長期の中小企業にも投資している。民間の事業承継ファンドと比べて、公的な視点からアドバイスを受けやすい。

日本投資ファンド

M&A仲介に関して多数の実績を持つ日本M&Aセンターと日本政策投資銀行が、2018年1月に共同で設立したファンド。

雇用の約7割を担う中堅中小企業の成長基盤になることをかかげている。優良な中小企業に投資し、成長戦略によって企業価値を向上させ、運用益を上げることを目指す。

日本M&Aセンターは、中小企業のM&Aを30年近くにわたって支援してきた。そのため、後継者問題で悩む経営者の気持ちや希望を熟知しているといえる。ファンドとしての実績も2年以上あるため、安心感がある。

PE(プライベートエクイティ)ファンド

日本プライベートエクイティ株式会社が運用するファンド。国内の銀行が、資金運用を目的として資金を拠出している。投資対象は「事業承継問題を抱えたオーナー企業の株式」だ。

社員の自立を促し、オーナー経営から組織経営に移行するサポートを強みとしている。勇退後も事業を望ましい形で継続してくれるのは、経営者にとって魅力的だ。

SBI地域事業承継ファンド

SBIホールディングス株式会社の子会社が2019年10月に設立したファンド。地方創生の観点から、後継者問題を抱える日本国内の中小企業への投資を目的としている。

SBI証券はこれまで、地方事業承継室を創設して、全国の中小企業に対してサービスを提供してきた。2018年にはM&Aプラットフォームを運営する株式会社トランビと業務提携し、M&A支援サービスも開始している。

一般的な事業承継ファンドとは異なり、小規模な企業にも投資を行うと公表されている。ファンドとしては比較的新しいが、SBI証券が事業承継支援に力を入れているため、今後もサービスが充実していくだろう。

中小企業が事業承継ファンドを活用する方法

後継者問題に悩む経営者が、会社の出口戦略として事業承継ファンドを活用する場合の手順は下記の通りだ。

1.事業承継ファンドを選ぶ
2.事業承継ファンドに株式を売却し、金銭を受け取る
3.会社の売却益に対してかかる譲渡所得税の申告をする

事業承継を検討するなら、まずは税理士や銀行、公的な相談窓口に相談するとよい。公的な相談窓口には、中小企業庁が全国47都道府県に設置した「事業引継ぎ相談窓口」がある。

ただし、相談する場合は情報漏洩には十分注意しなければならない。会社売却を考えていることが万一従業員や顧客に伝わると、従業員の一斉離職や顧客離れといった事態につながりかねないからだ。

事業承継ファンドが決まれば、自社株を事業承継ファンドに売却することになり、株主の経営者個人は対価として金銭を受け取れる。

売却によって金銭を受け取った場合、譲渡所得税を納めなければならない。譲渡所得税の税率は、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%だ。1月1日から12月31日までの所得に関して、翌年3月15日までに確定申告を行う。

事業承継ファンドの賢い選び方

数多くの事業承継ファンドから自社に適した機関を見つけるのは簡単ではないだろう。ここからは、事業承継ファンドの賢い選び方を説明していく。

選び方1.具体的な支援について問い合わせ

各事業承継ファンドに問い合わせることから始める。

問い合わせる時には、自社の状況を説明できるよう、情報を整理しておきたい。こちらが情報を提供すれば、担当者も具体的な支援を紹介しやすいだろう。

選び方2.過去の類似事例を分析

過去の事例も確認しておきたい。会社の規模や業種によって事業承継の支援も異なる。自社と類似する事例で行われた支援が参考になるだろう。

選び方3.長期的な視点の有無を確認

長期的な視点で事業や会社を育てる姿勢の有無も見極めなくてはならない。短期的な利益を目指す支援では、事業や会社が望ましい方向に進むとは考えにくい。

選び方4.担当者の人間性に注目

事業承継ファンド選びでは、担当者の人間性に注目したい。経営者として長年の経験があるなら、人の本質を見抜く力は自然と培われている。「この担当者は、どこか信頼できない」という違和感が生じたら、安易に話を進めてはいけない。

事業承継ファンドを活用すれば第二の人生を送れる

事業承継は、経営者にとって最後の大仕事といわれるだけあり、悩ましい問題だ。事業承継ファンドをうまく活用することで、後継者に関する悩みを解決できるかもしれない。

加えて、売却益を確保すれば第二の人生もスタートできる。商品・サービスが世に残り続けたり、従業員の雇用を守れたりするなどのメリットも見過ごせない。

後継者問題で悩んでいるなら、事業承継ファンドの活用を選択肢として検討するとよい。(提供:THE OWNER

文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)