法人化とは?
「法人化」とは、個人事業主が会社を設立し、個人で行っていた事業を法人で行うようにすることであり、「法人成り」とも呼ばれる。事業や副業を行っていた個人が、規模の拡大とともに法人化を検討するようになることはよくあることだ。
法人成りのハードルは下がっている
2006年以前は、個人事業主が法人化する際には「資本金」と「役員の数」に関する大きなハードルがあった。
まず、資本金については、最低資本金規制により株式会社は1,000万円以上、有限会社は300万円以上の資本金が必要だった。また、役員の数については、有限会社ならば1人でよかったが株式会社は最低でも取締役が3人と監査役が1人必要だった。
しかし、2006年の「新会社法」施行により、これらを含めて会社設立のハードルが大きく引き下げられた。変更点は以下の3点だ。
- 「有限会社」がなくなり「合同会社(LLC)」が新しく誕生
- 資本金1円からの会社設立が可能
- 役員が最低1人いれば設立が可能
これにより、法人成りのハードルはかなり下がっている。
法人化5つのメリット
個人で行っていた事業を法人化することには、次の5つのメリットがある。
1.節税の幅が広がる
個人事業主の節税は幅が狭い。給料を家族に支払ったとしても原則必要経費にならない。青色申告をすることで経費計上の枠は広がるが、「損失の繰越は3年まで」と短い。しかし、法人化すれば従業員である家族への給料を経費にできるのはもちろん、損失が発生しても10年間繰越をして黒字と相殺することが可能となる。
・役員報酬の取り扱い
個人事業主は、本人や家族に対する給料を経費にできないが、実は法人であっても原則役員報酬を経費にすることはできない。ただし役員報酬のうち定期同額給与と事前確定届出給与は、経費にできる。
定期同額給与とは、簡単にいうと毎月同じ金額となる役員報酬だ。毎月同じ金額であれば、役員報酬は経費にできる。
事前確定届出給与とは、簡単にいうと役員賞与についての規定だ。事前に支給する金額や支給日などの必要事項を記載した届け出を税務署に提出することで、記載通りの支給をした役員賞与を経費にすることができる。
さらに法人化すると、役員報酬として給与を受け取ることになるため、給与所得控除によって節税効果を高めることができる。個人事業主は、事業の利益分に対して所得税や住民税がかかってしまう。しかし、法人化して役員報酬にすることで所得控除を受けられるため、税負担も軽減できる。
また、法人化する際に家族を役員にすることで、給与所得控除の節税効果をさらに高めることも可能だ。
2.社会的信用を得やすい
個人であっても、コツコツ努力を積めば信用を得られると思うかもしれないが、実際には法人のほうが個人よりも信頼を得やすい。個人事業主はいつでも事業を止めることができるが、法人は簡単に経営を止められない。また、登記や決算など、個人事業主よりも果たすべき責任も大きくなる。
さらに法人の場合は、一定金額の資本金が必要になるが、資本金の金額が大きければ、それだけ法人に体力があると見られることもあり、さらに社会的信用が得られる。
取引先や金融機関から見れば、このような違いが「法人のほうが安心して付き合える」という判断理由にもなる。
3.事業の引継をしやすい
少子高齢化に伴って、事業承継問題が注目されているが、事業承継においても個人事業主よりも法人のほうが引継しやすい。なぜなら個人が自分の子どもや親族に事業承継する場合では、事業に必要な資産すべてが、個人の死後に引き継ぐ場合は相続の対象に、生前であれば贈与対象となるが、法人としての承継では、基本的に自社株だけを引き継げばよいからだ。
ただし生前での事業引き継ぎの場合、株を売買もしくは贈与する必要があるため、引き継ぐ人に一定の資金力が必要となるケースも出てくるため、注意したい。
4.厚生年金保険に加入できる
個人事業主が加入する社会保険は、国民健康保険と国民年金であるが、法人化すると社長1人であっても厚生年金保険への加入が義務付けられる。これは、厚生年金と健康保険の支払いを会社と社員が折半して支払う仕組みである。もちろん、社会保険に加入することで、個人事業主の頃よりも負担が増える恐れがある。
しかし、厚生年金加入によって基礎年金よりも年金の支給額が増え、傷病手当などの国民健康保険では受けられない生活保障制度も活用できるというメリットがある。
5.決算期を自分で決められる
個人事業主は、毎年12月31日が事業の締め日であり、1月1日から12月31日までの損益をまとめた上で、翌年の3月15日までに確定申告で所得税などの税金納付を行わなければならない。
一方、法人は決算期を自由に決めることができる。自社の事業上はもちろん税理士等の融通が効く月を選び、会社設立時の定款に盛り込むことで決算日が決められる。業種によっては、繁忙期が決まっていることも多く、繁忙期に決算業務を行うことは大変なため、繁忙期を外して決算期を決めることができる。また納税と資金繰りのことを考慮し、資金に余裕がある月を納税月に合わせて決算期を決めることも可能だ。
法人化5つのデメリット
法人は個人に比べて社会的な責任が重く、法人化によるデメリットもある。ここでは、法人化のデメリットを5つ紹介する。
1.法人は設立にも閉鎖にも手間がかかる
法人として事業を行うには「登記」が必要だ。個人事業主は住民票や戸籍で存在を確認できるため、開業しても税務・労務以外の行政手続きを行わずに申請できる。
しかし、法人は「法律上の概念的な人」に過ぎないため、設立内容の届け出がないと実態をつかめない。実態を明確にして、取引の相手方や第三者の権利を守るという観点から、法人には商業登記が義務付けられている。
また、事業を閉鎖するときも解散・清算結了の登記が必要になる他、税務上も解散・清算に伴う申告・納税をしなくてはならない。法人は始めるときも終わるときも、個人事業主に比べて手間がかかるのである。
さらに法人の場合は、役員変更などでも法務局で登記することが必要だ。法人設立や各種変更登記では、印紙代や司法書士に依頼する場合の費用など個人事業主よりもコストがかかる。
2.赤字でも公的負担は免れられない
個人事業主であれば、赤字の際には税金などはほぼかからないが、法人の場合は、赤字でも年7万円の法人住民税均等割を支払わなくてはならない。また、社会保険料も、支払う給料の金額に応じて、定められた金額を会社が負担することになる。
3.商取引上の負担が大きくなりやすい
通信費や地代家賃といった経営に必要な費用は、個人事業主より規模の大きい法人の方が高くなりやすい。また、法人が賃貸契約した事業用不動産は簡単に解約できないことになっている。さらに、税金や社会保険の計算も煩雑になることが多く、法人税・消費税の計算・書類作成に関しては、社会保険労務士や税理士などの専門家に依頼せざるを得ない。
このような専門家報酬も、法人経営上のコストとして加味する必要がある。社会的な信用を得やすい反面、各種手続きの増加や公的な縛りも大きいことが、法人化のデメリットだと言えるだろう。
4.厚生年金保険、健康保険への加入が必須
法人化によって厚生年金保険や健康保険への加入が必須になることで、国民健康保険や国民年金などに比べて手厚い補償を受けられる。しかし、保険料は会社と社員が折半するが、一般的に厚生年金保険料や健康保険料は個人よりも法人のほうが高く設定されており、個人事業主の頃よりも負担が増える可能性がある。
5.交際費の損金算入ルールが厳格になる
個人事業主は、取引先等との事業に関連のある飲食等であれば交際費として全額を損金算入でき、基本的には上限額がない。ただし、法人化すると交際費等の額は、原則その全額が損金不算入とされている。なお一定の場合は、損金不算入額の計算に際して法人の区分に応じた一定の措置が設けられている。
接待などの飲食費に関わる交際費については、以下のように損金算入の範囲が制限される。
資本金1億円以下の法人(2014年4月1日以降)
「50%まで」、または「800万円まで」のどちらかを選択資本金1億円以上100億円以下の法人(2020年4月1日以降)
50%まで資本金が100億円を超える法人(2020年4月1日以降)
損金算入はできない
なお、1人あたり5,000円以下の飲食であれば交際費外となるため、会議費などの費目で損金算入できる。
法人化に必要な手続き
個人事業を法人化するには、一定の手続きを行わなくてはならない。具体的な手続きは次の5つだ。ここでは、設立形態として株式会社と合同会社について解説する。
- 会社の内容を決める
- 必要書類の準備及び定款等の作成
- 公証人による定款認証(株式会社など一部のみ)
- 法務局への登記申請
- 税務署などへの各種届出
1.会社の内容を決める
まずは、会社の商号(名前)や住所(所在)をどこにするかといったことを決めなければ、法人化は進められない。決めるべき事項は次の5つであり、株式会社や合同会社といった「会社形態」も考えなくてはならない。
- 商号
- 会社住所(本店所在地)
- 会社の目的(会社の事業内容)
- 資本金
- 決算日
この5つにはそれぞれ注意点がある。
商号については、他社と同じものを使うと権利侵害になってしまう恐れがあるので、事前調査が必要である。会社住所と会社目的は、許認可が必要な事業においては制限が設けられている可能性があるため、事前に所轄庁への確認が必要だ。
資本金は1円以上であれば金額は問われないが、社会的な信用や消費税の課税問題があるので、慎重に決めたほうがよい。決算日は、安易に年末の12月や、年度末の3月とするのではなく、事業や経営者自身の都合も配慮しながら決めたほうがよいだろう。繁忙期を避ければ、決算の事務負担が軽減される。
2.必要書類の準備及び定款等の作成
次に、登記を行うために必要な書類を用意しなくてはならない。具体的には以下の書類だ。なお、法人専用の実印(法人印)も作っておく必要がある。
- 定款
- 代表社員の就任承諾書(合同会社)または発起人の決定書及び取締役の就任承諾書(株式会社)
- 代表社員の印鑑証明書(合同会社)または発起人及び取締役の印鑑証明書(株式会社)
- 資本金の払込があったことを証する書面
- 印鑑届出書
- 印鑑カード交付申請書
定款とは、会社を運営していく上での基本的なルールを定めたものだ。自らが設立する法人の内容ついて取り決めた目的や、商号・所在地などの事項の他、会社の構成員や業務執行に関する事項を記載する。
3.公証人による定款認証(株式会社のみ)
法人化の形態が株式会社ならば、公証役場に定款を持っていき、公証人から認証を受ける必要がある。
株式会社は株主と業務執行役員が別であるため、定款の内容に不正があれば、後日株主と業務執行役員の間で争いになる恐れがある。この争いを回避すべく、内容の明確性や適法性を公証人に確認してもらう作業が義務付けられているのだ。
余談だが、定款認証は合同会社には必要ない。NPO法人の定款には株式会社と同じく認証が求められるが、この認証は公証人ではなく所轄庁から得ることとなる。
4.法務局への登記申請
設立する会社の本店所在地を管轄している法務局にて登記申請を行う。登記申請には次の書類が必要だ。
- 設立登記申請書
- 定款(謄本)
- 登録免許税納付用台紙
- 発起人決定書(株式会社のみ)
- 代表取締役・取締役(株式会社)又は代表社員・社員(合同会社)の就任承諾書及び印鑑証明書
- 法人用の実印の印鑑届出書
- 出資金の払込証明書
登記申請書は、法務局の「商業・法人登記の申請書様式」サイトからダウンロード可能であり、記載要領も確認することができる。
なお、登記の際、株式会社・合名会社いずれも「資本金額×0.7%」の登録免許税がかかる。ただ、算出した税額が一定金額未満になると登録免許税は変わる。「株式会社なら最低15万円」「合同会社なら最低6万円」、登録免許税がかかると覚えておくとよい。
5.税務署などへの各種届出
法務局への登記申請が終わった後には、会社の本店所在地を管轄する行政機関に対して、次のような書類を提出しなくてはならない。
税務署への申請
法人設立届出書、青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書、源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書都道府県・市区町村(東京都23区は都税事務所)への申請
法人設立届出書年金事務所への申請
健康保険・厚生年金保険新規適用届
この他、従業員を雇い入れるならば、労働基準監督署や公共職業安定所にも届け出が必要となる。いずれも「5日以内」「1ヵ月以内」「2ヵ月以内」と期限が決まっている。会社を登記したらすぐに届け出も済ませよう。
法人設立後の各種手続き
個人事業主から法人へと変更する各種手続きが終了した後にも、状況に応じてさまざまな対応が必要となる。
個人事業主の廃業届対応
個人事業主から法人成りする際には、以下のような書類を作成・提出して廃業手続きを行わなければならない。
『個人事業の開業・廃業届出書』:税務署に申請
『事業開始(廃業)等申告書』:都道府県税事務所に申請
なお、法人化する際に一部の事業は個人事業として継続する際には、これらの書類を提出する必要はない。
法人名義の銀行口座開設
法人としての収益は、基本的に事業用にしか使用できない。そのため、法人化した際には、事業収入の明確化と資金管理のために法人名義の銀行口座を開設しよう。法人口座は、個人口座よりも得意先からの信用が高まるのはもちろん融資も受けやすくなる。
既存の取引先との契約変更
個人事業主としてこれまで得意先と契約していた、『業務委託契約書』『秘密保持契約書』などの契約書の修正も忘れてはならない。法人同士の契約では源泉徴収義務がなくなるなどの変更点があるため、名義変更だけでなく契約内容についても必ず見直しをしよう。法人化の連絡や挨拶をする際に、契約書の変更等についても申し出るといいだろう。
法人化を検討すべき3つのタイミング
個人事業主として最も気になるのは、法人化するベストタイミングはいつなのかということではないだろうか。
一般的には、節税効果の高さから利益面でタイミングを図ることが多いが、コストだけでなく多方面から検討を行ったほうがよい。先述のとおり、法人は始めるのも終わるのも大変だからだ。利益面を含め、法人化のタイミングは以下を指標にするとよい。
1.売上が1,000万円を超えたとき
売上が1,000万円を超えると、個人・法人問わず翌々事業年度から消費税がかかる。個人が所得税・住民税・国民健康保険税に加え、消費税を支払うとなるとかなりの負担だ。このタイミングで事業を法人化すれば、個人事業主としての消費税の納税義務が消滅する上、消費税の納税のタイミングを遅らせることができる。
消費税の課税の有無は、前々事業年度の売上が1,000万円超えているかどうかで判断されるため、前々事業年度が存在しなければ消費税を納税しなくてもよい。ただし、資本金が1,000万円以上の法人は初年度から消費税を納めなくてはならない。法人設立の時は、資本金の設定に注意しよう。
ただしインボイス制度が導入されてからは、法人化による消費税の節税メリットは小さくなっている。
インボイス制度とは、買い手が消費税の仕入税額控除を受けるために売り手からインボイス(適格請求書)の発行が必要となる制度だ。
「得意先から売上を受けている」ということは、得意先から見ると「仕入れをしていること」になる。2023年10月1日からのインボイス制度導入前であれば、免税事業者からの仕入れであったとしても仕入れに対する仕入税額控除(仕入れにかかる消費税)を全額受けることが可能だった。
しかしインボイス制度導入後はインボイスが発行されない仕入れは、仕入税額控除を受けることができなくなった。そのため得意先は、取引先の法人に対してインボイスの発行を求めてくるケースも多い。
個人事業主が法人となり、前々事業年度が存在しない場合でも設立した法人がインボイス制度を導入すれば、すぐに消費税の課税事業者となり消費税の納税義務が発生する。法人設立後にインボイス制度を導入して、消費税の課税事業者になるかどうかの判断基準は、以下のとおりだ。
・得意先(売上先)が免税事業者や簡易課税制度(※1)または2割特例(※2)を適用している事業者の場合
この場合は、仕入先が消費税の課税事業者(インボイス発行事業者)であっても、免税事業者であっても、得意先の納める消費税額に影響はないため、インボイス制度を導入する必要はない。そのため今までどおり、法人化による消費税の節税メリットがある。
2割特例も簡易課税制度と同じように、売上高にかかる消費税のみを使って納める消費税額を計算する方法だ。そのため仕入れにかかる消費税は納める税額に影響せず、仕入れ先にインボイス発行事業者になることを求めてくることはない。
2割特例は、免税事業者からインボイス事業者になった場合などに適用できる制度のため、特例を適用している会社は、簡易課税ほど多くはない。
・得意先(売上先)が課税事業者の場合
この場合は、仕入先がインボイス発行事業者でないと消費税の仕入税額控除を受けることができない。そのため仕入れ先にインボイス発行事業者になることを求めてくるケースが多い。インボイス発行事業者になると、法人化による消費税の節税メリットはない。
ただし売上金額が少額の場合は、インボイス発行事業者になることを求めてこないこともあるため、状況判断が重要である。
消費税の節税のために法人の設立を考える場合は、必ずインボイス制度も考慮することが必要だ。
2.利益が500万円を超えたとき
利益が500万円を超えたときも、法人化を考えるタイミングとなる。これには、所得税と法人税の課税方式の違いが関係してくる。
所得税は、所得額(利益額)が大きくなるにつれて高い税率が適用される「累進課税方式」が採用される。所得額が195万円以下なら5%、195万円超330万円以下なら10%、330万円超695万円以下なら20%だ。
一方、法人税は原則同率課税だが、企業の規模と所得額によって適用税率が変わる。中小法人ならば、所得額800万円以下については19%(2021年3月31日までは15%)、800万円超については23.2%の税率が適用される。
これらを踏まえ、個人の収入を個人事業から会社からの役員報酬に切り替えたと仮定すると、個人で所得税を負担するよりも法人で税金を負担したほうが節税になるのだ。ただし、業態や事業にかかるコスト、家族構成や社会保険料など、事業主によって事情が異なるため、いくつかのパターンをシミュレーションした上で検討するとよいだろう。
3.事業の拡大・新規事業の立ち上げ
事業の拡大や新たに事業を立ち上げる際には、個人事業主よりも法人のほうが有利だ。社会的な信用が高いという強みを活かせば、人材確保もしやすくなるし、金融機関からの融資も得やすくなる。また、個人事業主では契約による源泉徴収税の処理などに手間がかかるが、法人化するとこういった手間を省くことができる。
法人化のメリット・デメリットは見極めを!
個人事業主からいったん法人化すると、簡単に事業を停止することはできない。また、法人化した後も、経営が常に順風満帆とは限らない。
これらの事実を踏まえ、今回紹介した法人化のメリットやデメリット、法人化を検討するタイミングについても参考にして、損得勘定だけでなく「自分は事業を継続する覚悟があるか」と自問自答した上で、法人化の決断をするとよいだろう。
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