(本記事は、御手洗昭治氏の著書『ドラッカーがいま、ビジネスパーソンに伝えたいこと』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)
負の遺産と社会の変化
●新時代の入口に横たわる課題
2019年5月1日、元号が「令和」に改められた。しかし新しい時代のスタートが切られた瞬間、荘厳なファンファーレが鳴り響いたわけではない。平成をまるまる含むこの三十余年、日本は景気低迷、国際間の競争力の激化、相次ぐ大災害など、数々の試練にさらされていた。
特に、経済面での逆風は強かった。バブル経済の崩壊とともに日本経済は失速。世界をリードしていた日本の企業は一気に勢いを失った。
国内総生産(GDP)では2010年に前年比で実質10.3パーセント増を果たした中国に名目金額で追い抜かれ、世界第3位になった。中国の名目GDPは約5.9兆ドル、日本は5.5兆ドルと、大きく水をあけられた。日本が中国の後塵を拝していることは、ビジネスに携わる読者の方々も皮膚感覚で実感できるであろう。
迷走する日本と対照的な国もある。中国、インドは無論、インドネシアの経済的台頭には目を見張るものがある。それらの国々を脇目に、「失われた20年」を取り戻そうと経済復興の解答を模索する日本。しかしグローバル化が進む現代では、企業の上層部やベテラン社員の経験やビジネス手法が役に立つとは限らない。古い会社制度や発想法から抜け出せない企業は数多く見られる。
広く社会に視点を移せば、国内には人口減少による財政や社会保障の危機、また国際的には、朝鮮半島情勢などの安全保障問題が大きく懸念されている。
令和時代を迎えても、われわれは平成の負の遺産を背負って生きていると言えるだろう。
2019年10月から消費税が10パーセントに上がった。消費税が初めて導入されたのは、平成元年4月のことである。その後平成の間に2度、消費税率が上げられた。その結果、平成の間に「隠れ資金」が会社にも家庭にも積み立てられていった。
企業の場合を見ていこう。1988年度の内部留保(利益剰余金)は約100兆円で2018年度は約463兆円となっている。日本の家計の金融資産は30年前の倍の1800兆円超、タンス預金は2019年1月末に50兆円の大台に乗った。これは、日本にまだ豊かな中間層がいる証拠である。
これらの見えない資産をどう動かすかが、日本経済復活のための大きな要因になる。それを考える一助となるのが、ドラッカーの唱える「英知を結集し、イノベーション、すなわち新しい世界観を形成し、行動を起こすこと」である。
●「第4の波」がすべての産業を飲み込む
われわれがこれから生きていく時代では「第4の波」が引き金となり、産業構造が大きく変わる。8世紀からの農業中心の時代、19世紀の「産業化時代」から20世紀にかけての「工業化時代」、20世紀から21世紀にかけての「情報化時代」、さらにこれからは、過去の産業構造をトータルに見据えた「IT・グローバルビジョン時代」に入るようである。
これまでの日本のサラリーマンの仕事の多くは、中国からベトナムやミャンマーその他の文化へ流れる。同時にさまざまなモノがインターネットにつながり(IoT)、蓄積されたデータをAIが制御するようになる。AI関連の国内市場規模は、2030年までに86兆円以上になると予測されている。
自動車を例に考えてみよう。自動車がネットワークにつながった場合、道路の混み具合、工事の有無、事故や路面の状況などのデータがリアルタイムで集められ、ほかの運転者と共有することができる。
AIはIoTで集めたデータを分析し、データの規則性を見つけ、実際に機械を制御する。3D地図、周辺の車両、歩行者、信号、渋滞、事故、交通規制、路面などあらゆる情報を入手し、分析できるようになる。現時点で技術的にはAIによる自動運転も十分実現可能である。
第4の波は、自動車産業のみならず、すべての産業を飲み込んでいくはずである。業界問わず、企業はAIの伸長をどう組み込むかを考えなければいけない。そのための資金の投入は必須となる。民間主導のイノベーションを目指したいところである。日本政府にとって、「成長産業」に資金が流れるように規制を緩和して、後押しをすることは必須であろう。
テクノロジーの発達は同時にマイナス面も議論される。いわゆる「AIに奪われる仕事」である。経産省の試算によると、経営や商品企画の分野で136万人、製造・調達分野で262万人、管理部門で145万人が仕事を失うという。
そうした恐怖感がわれわれの心に芽生えていることは確かであるが、それは18世紀後半に産業革命が起こったときも同じである。「ラッダイト運動」は、機械の普及によって失業の恐れを感じた手工業者、労働者が起こした機械破壊運動である。
時代が大きく前に進むとき、その反動は必ず起きる。時代がどの方向に進むのか、その先に何があるのかを見抜き、洞察力を強め、先見性を高め、人間の存在そのものを見極めようとするアプローチこそが、ドラッカーの経営哲学の真髄である。新しい社会のパラダイムや価値観、調和の取れた組織や社会、人間関係、それに他文化に対する新しい見方が求められるようになったのである。
●知識集約型社会への移行
これからの世界は、デジタル技術のイノベーションにより、経済的価値の資源がモノから情報や知識へと移行する。データの価値が高まる「知識集約型社会」である。こうした社会では、データを安全にやり取りし、活用できる環境づくりが必要となってくる。
また、国境を越えたデータ流通を巡って、個人情報の保護やサイバーセキュリティなど「安全」を保障するルールが求められる。一方で「スマート化(情報通信技術を駆使し、状況に応じて運用を最適化するシステムの構築)」など、企業が自ら行う技術活用の促進や、ビジネス産業の競争環境の確保も必要となってくる。
もし、ドラッカーが健在であれば、これからの知識集約型社会において、日本に対してどのような忠告をするのであろうか。
日本的経営がもてはやされていたバブル期の最中、一部の経営者たちが「もうアメリカから学ぶものは、何もない」と豪語し、戦略不在の拡大ゲームを繰り広げていた頃。欧米の優れた経営者たちは、不退転の決意で新たなビジネスモデルの構築を試みていた。
デジタル化、グローバル化が進む時代、日本は「メガチェンジ」の競争に生き残らなければならない。そのための大きな足掛かりとなるのが、本書で取り上げるドラッカーの「強み論」や、ビジネスのエッセンスである発想法、自己啓発論を含む経営思想なのである。
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