(本記事は、御手洗昭治氏の著書『ドラッカーがいま、ビジネスパーソンに伝えたいこと』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)
企業の在り方を捉え直す
●何のために存在するのか
ここから、具体的なビジネスの手法を考えていきたい。大きくは、組織としての戦略、イノベーションを生み出す方法、ドラッカーの代名詞とも言える「マネジメント」について、そしてこれからの時代に求められる人材としてのリーダー像である。
それらを考える上で、最初に触れておかなければいけないことがある。それは「企業とは何のためにあるか」である。このことを考えずして、ビジネスを語ることはできない。
企業は社会の中の組織である。その目的(ゴール)は社内ではなく社会にある。市場におけるマーケティングシェアの拡大、製品開発、顧客満足。つまり「顧客の創造」である。
これは単なる金儲けを意味しない。多くの顧客を創造するということは、それだけ世の中に貢献していることを意味する。ドラッカーによれば、すべての組織は、人びとと社会をより良いものにするために存在する。企業も社会を構成する一員である以上、社会に対して何らかの還元や貢献をする必要がある。
ドラッカーは、これを「社会的責任」と呼んでいる。「ノブレス・オブリージュ」である。企業として、いかなる社会目的に対処し、社会や地域、それに個人のニーズをどうやって満足させるのかを明らかにする必要がある。また、組織とは、個人の自己実現の手段とも言える。
企業の在り方として、ここでも松下幸之助について触れたい。
『孤独な群集』や『大学革命』の著作で知られる社会学者デイヴィッド・リースマン。筆者が1992年にリースマン夫妻にお会いした際、同氏は「私達が日本政府の招待で日本に滞在したとき、いちばん会って話をしたかったのは、日本の政治家ではなく、松下幸之助氏でした」と語った。
その理由を尋ねたところ、返ってきた理由が「松下氏の企業家精神に魅了されたから」であった。リースマンは、企業は何のために存在するのか、誰のために存続するのか、ということを、松下を通して改めて学んだという。
「企業は公のものであり、またその事業や活動は人様の役に立つこと。加えて社会の繁栄に貢献すること。組織や企業も絶えず業容や成果を発展させることは重要なことである。しかし、ひとりその組織や会社や機関だけが栄えるのではなく、その活動によって社会も社員も栄えていかねばならない」
こうした幸之助スピリットに感銘を受けたのである。
●企業の目的を達成するための5つの段階
ドラッカーは、企業の目的(ゴール)を実現、達成するためには5つの段階があると提唱している。
1.「ビジョン」を持ち、社員が共有すること 2.そのビジョンに向けて企業としても個人としても「ミッション(使命)」を持つこと 3.実際に行動し、達成するためのロードマップとなる「アクションプラン」を計画すること 4.そのアクションプランをベースに、各行程をクリアしていくための「戦略」を立てること 5.アクションの成果をモニタリング・評価して微調整を繰り返しながら、ゴールを目指すこと
●ビジョン
まずは企業を取り巻く環境を分析し、「ビジョン」を構築する。ビジョンとは目に見え、イメージ化できるコミットメント(到達目標)や構想のことである。例えばApple社の「テクノロジーを介して何百万人もの人の生活を変える」、Facebook社の「よりオープンにつながれた世界をつくり、シェアすることで、人びとに力を与えること」といったものである。
「100年に一度の危機」といわれた2008年の世界金融危機。金融機関やITなどの実体経済を崩壊させたばかりか住宅バブルまで作り上げ、その波は一般の人びとや企業は無論、国家まで飲み込んだ。
各企業や組織は、未曽有の危機から立ち直るため、皆がイメージできるビジョンを模索した。国はそれを金融政策として支援し、人びとはビジョンを共有して危機に立ち向かったのである。
●ミッション
「ミッション」は、自らの意気込み、意識、それにコミットメントをもって、やり遂げる活動のことである。それには、「組織の存在理由とは何か」を問い、行動で示さなければならない。ミッションを実現するためには、明日のゴールと今日のアクションが不可欠である。ミッションを持っている人物にはオーラが感じ取れるという人もいる。
ドラッカーいわく「計画はミッションに始まる」。つまり、ミッションは計画の原動力である。ミッションには、勇気、分析力、経験、それに直感が重要な役割を果たす。ハウ・ツーで表せるものではない。
●アクションプラン
ドラッカーは、アクションプランとは、ゴール達成のためのロードマップであり、時には軌道修正も必要であると述べた。企業が到着点であるゴールにたどり着くには、実行し、成功しなければならない。資源となる予算を組むこともここに含まれる。
このアクションプランを実行するのに必要なのが「計画」である。ドラッカーは企業のあるべき計画について、下記の条件を指摘する。
1.計画とは、ゴールまでの道のりをアクションプランへと書き換えるものであり、ゴールへのロードマップを示すものでなければならない
2.計画に対する最大の間違えは、詳細を示す建築の設計図として捉えられていることである。それは計画とは言えない
3.計画とは循環的なプロセスである。マネジメントに関わる者は、計画を策定し、修正をしながら学ぶ人物でなければならない
●戦略
企業がゴールにたどり着くために、カギを握っているのが「戦略」である。ドラッカーは、ハーバード大学のアルフレッド・チャンドラーの言葉を用い、「組織や企業は戦略にしたがう」と力説する。
戦略を立てるためには、戦うための資源や人材を揃え、競争、競合相手との違いを見出し、強みを生かしているかいないかなど、自らの企業や組織や国家の置かれている位置をヘリコプターの操縦士のように上空から見極めることが必要だという。「木を見て森を見ない」組織や企業が多過ぎるということである。
企業には、短期的な利益より、中・長期計画を立て未来への成長を見据えた戦略が求められる。日本企業に求められる戦略の一例を挙げれば、アメリカなどの民主国家と手を組み、医療、環境分野・地球温暖化問題を解決する領域や、ほかのビジネス分野における共同開発、ジョイントプロジェクトを推進することである。これら基本戦略は抽象的であってはならない。
日本の政治家も企業家も、外に目を向けて大事業を成し遂げなくてはならない。国の人材と資源を集中させ、したたかな「知」をもとにすれば、より新しくより実力のある国へと変わることができるはずである。
2019年5月にアメリカの首都ワシントンにおいて、米国科学技術政策局のケルビン・ドログマイヤー局長と柴山昌彦文部科学大臣(当時)、平井卓也内閣府特命担当大臣(当時)が会談をした。幸いなことに、AIをリードするアメリカとの連携を求める日本と、最先端技術の国外流出を危惧し、研究パートナーを同盟国に集中したいアメリカとの思惑が一致する形となった。AIの研究に関しては、カーネギーメロン大学などアメリカの5大学と理化学研究所が協定を結んでいる。
今後は、こうした協定を軸に日米間の研究者の交流機会を増やし、共同で研究開発や人材育成が図られるであろう。ドラッカーが生きていれば、より多くの日本企業が積極的なジョイント研究プロジェクトを推し進めることを提言することであろう。
●成果のモニタリングと評価
成果の評価とは、アクションプランの帳簿であると考えればよい。モニタリングを行い、うまくいく計画を強化し、うまくいかないものを修正すべきである。思わぬ成功があったとき、また、成果が上がらないときには、計画を軌道修正し、状況に応じて「スクラップ&ビルド」を行う。
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