(本記事は、御手洗昭治氏の著書『ドラッカーがいま、ビジネスパーソンに伝えたいこと』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)
「ドラッカー流マネジメント」の種
●マネジメント学の先行者
ドラッカーは、多くの人びとから「マネジメントを発明したことをどう思われますか」と聞かれたという。そうしたときは、いつも次のように説明した。
「私よりもずっと先行していた人たちがいる。例えば偉大なエンジニアであるフレデリック・テイラーは、1911年に『科学的管理法』を発表し、労働者の生産性を高める方法を科学的に提示した」
ただし、テイラーはマネジメントの一端に斬新的な洞察を提示したのであって、マネジメントを発明したのではない。ドラッカーはこう続ける。
「では、マネジメントを発明したのは誰か。私ならメアリー・パーカー・フォレットかアルビン・ドッドのどちらかと答える」
フォレットは、生涯の大半を社会福祉事業に捧げた人物だ。ドラッカーは1951年にフォレットの存在を知り、「マネジメントについて考察した初期の学者としては最も重要な存在」と評価した。後に彼女について記述したり、彼女の著作の編集に手を貸したりすることになる。
ドッドについてドラッカーは、「マネジメントという言葉に現代的な意味を最初に与えたのはドッドだろう。私はそれを借用しているだけだ」と述べている。なお、ドッドは1923年に米国マネジメント協会(AMA)を創設した人物である。
このように、「マネジメント」の研究はドラッカーより先に、上記の先駆者たちがすでに手掛けていた。
マネジメントは1920年代から30年代に、製造業分野において適用されるようになる。当時産声をあげたばかりのIBM(International Business Machines)社のトーマス・J・ワトソン、シアーズ・ローバック社のロバート・E・ウッド、それにハーバード経営大学院のエルトン・メイヨーらが、組み立てラインなどの生産プロセスのあり方、つまり、マネジメントに疑問を投げ掛けたのである。
●洞察力の原点は家庭内教育
経営学の研究者の多くは、ドラッカーを抜群の洞察力を兼ね備えた人物だと評する。ドラッカーの洞察力のすごさは、歴史に関する知識やマルチな学術分野に加え、類推的発想をもとに、既存のものを新しく組み合わせ、「新しい見方=創造性」を探っていくことにある。
類推的発想とは、メタファー(比喩)の組み合わせを素早く連想できる能力と言える。
例えばビジネスを球技に見立てることである。ドラッカーは、日本のマネジメントをサッカー型として捉えている。その特徴は、各自のポジションが定められているが、ゲームの流れに沿って、各自が柔軟性を持って自由に動けるスタイルにある。
これに対し、アメリカのマネジメントは野球型で、各自のポジションが明確に定められている。それぞれ個性を持っているスペシャリストのプロであり、特技を駆使してチームを勝利に導くマネジメントスタイルである。
こうしたドラッカーの洞察力の源となっている要素とは何か。また、いつ頃から培われたのであろうか。
ドラッカーの愛弟子とも言える『アトランティック・マンスリー』誌のジャック・ビーティは、それは、ドラッカーが受けた教育が根本にあるという。
ドラッカーの父アドルフは政府の高官であり、大学教授も務めた人物である。母親は医学の道に進み教育を受けている。両親が社交的であったため、家庭には、ヨーロッパ各界の著名人、文学者や経済学者といった学識者らが頻繁に出入りしていた。ドラッカーが8歳のときには、父と親交が深く、世界的に有名なユダヤ系精神医科のジークムント・フロイトを紹介される。
比喩的に言えば、ドラッカーは物心が付く頃から、大学の一般教養の基礎を自然に身に付ける機会に恵まれていた。英語で言う「ギフテッドチャイルド」であった。
また、ドラッカーは、幼い頃から文豪ウイリアム・シェイクスピアの作品を愛読していた。そのため、シェイクスピアの多くの作品がドラッカーの人生論、組織論、マネジメント論に影響を与えた。詳しくは拙著『マネジメントの父ドラッカーと世界の文豪シェイクスピア』を一読されたい。
●ドラッカーの才能を見出した2人の女神
縁とは不思議なものである。ドラッカーは小学校4年生のとき、自分の人生を変えることとなる2人の「運命の女神」と遭遇する。
ゾフィーとエルザという教師の姉妹である。この出会いが、後のドラッカーの経営学、思想、マネジメントのコンセプトその他の面において、多大な影響を与えることになる。
これは、神が仕組んだ縁かもしれない。ドラッカー自身、「ゾフィー先生とエルザ先生以外に、私にとって本当の先生はいなかった。この2人との出会いがなかったなら、後の経営思想やマネジメントのコンセプトを生み出すことはできなかった」と回想する。
温厚な姉のゾフィーは、男子生徒には料理と裁縫を習わせ、女子生徒たちには、カナヅチとノコギリを持たせて図工を教えた。ゾフィーは改革的で常識を覆すことができるイノベーティブな教師であったとドラッカーは回想する。
他方、妹のエルザは厳しい先生であった。ドラッカーに自分の学習計画を立てさせ、その実行に責任を持つよう指導した。「目標を立ててマネジメントを行う」というコンセプトはエルザから学んだ。
このとき同時に、ドラッカーの文才は萌芽がすることになる。ドラッカーの文章力に着目したエルザは、彼の長所と才能を伸ばすために週2本の作文を課した。1本のテーマはエルザが設定し、もう1本をドラッカーに選ばせた。そうして毎週、ドラッカーはエルザから目標設定と計画実行のアドバイスを受けていた。
結果を振り返ると、目標と現実の開きが明確になる。また、得意分野を生かしてそれを改善できる方法も学んだ。目標を達成したときもそのプロセスを知ることができた。ドラッカーの説く「できないことではなく、できることに着眼せよ」「強みの上に自己を築け」といった考え方は、エルザから学んだものと言える。
ドラッカーは想起する。
「人たちが、自分の長所を知らないのは、自分の長所を生かすという考え方を教わってこなかったからである。教師として、またコンサルタントとしての私のいちばんの強みは、長所を模索できることであろう。何はともかく、自分は失敗から学ぶものはないということに気づいた。人は成功を通して学ぶべきである」
マネジメントにおける「実践と実行」の大切さは、このときの体感学習を通し、自然にドラッカーに内在化されていく。ドラッカー自身、エルザの下で実践してきた学習が、後に世界中の経営者たちに伝授されることになるとは、当時は想像も付かなかったことであろう。
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