(本記事は、橋本之克氏の著書『世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)

サブスクリプションがじわじわ浸透している舞台裏

世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

サブスクリプションは、利用者がモノを買い取るのではなく、借りて利用した期間に応じて料金を支払うビジネスモデルです。『日経MJ』の2018年ヒット商品番付の「西の大関」にも選ばれるなど注目を集めています。様々な業態、商品やサービスなどで活用される機会が増え、「サブスク」と短い愛称でも呼ばれるようになりました。

サブスクとは、元々は新聞などの定期購読を指す英語でした。一般に広く知られ、使われるようになったのは、動画や音楽の視聴し放題からでしょうか。月500円~2000円程度で数万本~十数万本の動画を見放題、100万曲~5000万曲の音楽を聴き放題、約200冊~500冊の雑誌などを読み放題など、定額でコンテンツを楽しめるサービスが人気を得ました。

またパソコン向けのソフトなど「箱入りソフトウェア」を、単品売り切り型からサブスクに切り替える企業も増えました。クラウド活用やダウンロードなどを通じて、ソフトを顧客に提供しています。

音楽や動画、パソコンソフトなどデジタル配信できる商品は、モノをやりとりする物流が必要ないため、特にサブスクとの相性が良いのです。これらを総称して「デジタル型サブスク」と言います。

一方で、「モノ型サブスク」も増えています。洋服はサブスク初期の頃からありました。月6000円~1万円程度で好きな洋服を借りる形です。ライフスタイルやシーンに合わせたバリエーションが用意され、中にはスタイリストがコーディネートしてくれるサービスもあります。その後バリエーションが増えて、高級時計、高級バッグ、アクセサリーなどのほか、家具や自動車などもサブスクで提供されるようになりました。

最近は「コト型サブスク」と言うべきサービスも増えてきました。飲食、美容、住まいなどに関する定額で利用し放題のサービスです。月8000円でラーメン食べ放題の店、月3000円でコーヒー飲み放題のカフェ、生ビールやカクテルを含む60種類以上が月4000円で飲み放題の居酒屋などが登場しています。また、定額で使い放題の美容院、毎日1本花をもらえる花屋、好きな家具を一定期間使えるサービスなど多様化が進んでいます。

これらサブスクが増えている背景には、人々がモノを持たなくなるというライフスタイルの変化があります。シンプルに暮らすトレンドは、このところ長く続いています。特に、不要な物を減らして生活に調和をもたらす「断捨離」、最低限度の物だけを持って生活する「ミニマリスト」などは注目を集めました。モノを持つことが豊かさの表れだった時代は、だいぶ過去になりました。

持っているモノを自慢してプライドを満足させるタイプの人は、バブルとともに絶滅したようです。モノを使い捨てる消費スタイルは地球環境に優しくないため、厳しく否定されるようになりました。ただし「物欲」は人間の基本的な欲求ですから、なくなってしまったわけではありません。決して何も欲しがらないわけではなく、買うものを慎重に選別する傾向です。この風潮にサブスクは合っています。

一方、最近では企業が、必ずしもモノを販売することにこだわらなくなってきました。

マーケティングのテーマは、「商品の提供」から「価値の提供」にシフトしています。例えば、「(穴をあける)ドリル」の販売は「商品の提供」です。しかし、実は顧客が求めるのは「ドリル」でなく「穴をあける」ことです。これが顧客にとっての価値ならば、その提供方法はドリルをレンタルする、穴をあける技術者をドリル持参で派遣するなど多様です。

顧客が望む価値は、例えばCDが欲しいのでなく音楽を楽しみたい、服が欲しいのでなく様々なファッションを身につけたい、車が欲しいのでなく移動手段が欲しいなどです。サブスクは、こういった価値を提供するのに適しているのです。

さらに国内市場が拡大しない状況の中で、企業はビジネスを「フローからストックへ」とシフトさせています。人口も増加し景気も上向きであれば、企業は新たな顧客を次々と拡大すれば販売し続けられます。かつては、こういった「焼き畑農業」のようなフロービジネスが主流でした。ところが経済が縮小する現代は、顧客を囲い込んで持続的にサービスを提供し、長期的に収入を上げていくストックビジネスが重要になります。顧客に対して継続的に商品やサービスを提供するサブスクは、まさにストックビジネスです。

以上のように、ライフスタイル、マーケティング、ビジネススタイルの変化に対応する取り引き手段としてサブスクが注目され、活用されているのです。ただ一般の利用者は必ずしも、サブスクがブームだから利用しているわけではありません。中には、サブスクリプションという言葉を知らないままに使っている人もいます。多くの人々が自然にサブスクを利用しているのです。そうだとすれば、やはりそこには心理に訴える要素があるはずです。

行動経済学の視点で見れば、「現状維持バイアス」が影響していると考えられます。これは、変化を避けて現状のままでいようとする心理です。この現状維持バイアスが、サブスクの利用者心理に影響します。何かのきっかけでサブスクを始め、定額支払いによって利用し放題になれば、利用が日常化し習慣となります。その状態がなくなるような変化は損失と感じられて、やめられなくなるのです。そして、サブスクのサービスを利用し続けることになります。

さて、この現状維持バイアスは、ボストン大学のウィリアム・サミュエルソンとハーバード大学のリチャード・ゼックハウザーが1988年に論文の中で提唱したものです。行動経済学者ジャック・クネッチも、これを証明する実験を行っています。方法として、まず2つのクラスの学生にアンケートの回答を記述してもらいます。

その間に謝礼の品を各自の前に置きます。片方のクラスの謝礼は高価なペン、もう一方のクラスはスイス・チョコレートです。実験終了時に、それぞれの学生に渡さなかったほうの品物を出し、希望者はこちらと交換できることを告げます。

この結果、交換を希望した学生は10%程度にすぎませんでした。ペンもスイス・チョコレートも、もらった学生は手放したがらなかったのです。これは「ペンを手にした状況、チョコを手にした状態」を維持しようとする行動です。「それぞれのモノを失うことを避けた」とも考えられます。ペンとチョコのどちらが本当に欲しいのかよく考えることもなく、無意識に判断したのです

現実世界にも、こうした心理を前提とした現象があります。企業による販売促進キャンペーンで、初回の利用が無料であるケースや、安価なお試しセットを販売するケースです。今は商品を利用していない顧客を掘り起こすのです。安さはそのための、最初のきっかけです。このキャンペーンによって、該当商品を使わずにすませている日常や、競合消費を使い続けている状況など、「維持されている現状」をリセットするのです。この利用体験が良ければ使い続けてもらえる可能性があります。

行動経済学の視点で見る、サブスクを続けるもう1つの理由は、代金の支払い方です。通常の買い物とサブスクはお金の支払い方が異なります。何かを購入する場合はその都度、何らかの形で代金を支払います。

そこでは例えば、現金を手渡す、クレジットカードを読み込んでもらい暗証番号を打ち込む、スマホで電子マネー画面を表示させて決済するなど、何らかのアクションが必要です。ところが毎月定額を支払うサブスクの場合は、クレジットカード払いや銀行引き落としなどに関する初回手続きの後は、何のアクションもせずに自動的に支払い続けます。

ここでは「メンタル・アカウンティング(心の会計)」が働く可能性があります。これは、お金に関して意思決定をする際に、総合的・合理的に判断せずに、狭いフレームの中で判断してしまう心理的バイアスです。この影響を受けると同じお金でも、入手の仕方や使途、お金の名目などによって、お金の価値の感じ方や使い方が変わります。

典型的な例は、ギャンブルで儲けたお金と一生懸命働いて手にしたお金の使い方の違いです。労働で得たお金と違い、不労所得や幸運で得た利益は粗末に扱う傾向があるのです。行動経済学ではこれを「ハウスマネー効果」とも呼びます。ハウスはカジノのことであり、ハウスマネーはそこでだけ使われるギャンブルのためのお金です。

リチャード・セイラーらは「ハウスマネー効果」を実験により確かめました。方法としてまず、対象者の半分にQ1の質問をします。

Q1:あなたにとって好ましいのは、どちらですか?
A.30ドルを手に入れる
B.50%の確率で39ドルを手に入れ、50%の確率で21ドルを手に入れる

この結果、Aを選ぶ人は57%、Bは43%でした。賭けをせずに単純に30ドルを手に入れるAが若干多いという結果です。

対象者の残りの半分にはQ2の質問をします。

Q2:あなたは今、30ドルを手に入れているとします。好ましいのはどちらですか
A.このままの状態
B.50%の確率で9ドルを手に入れ、50%の確率で9ドルを失う

この結果、賭けをせず現状維持をするAを選んだ人は18%でした。逆に、賭けをする人は82%と大半を占めました。

実はこの質問では、Q1とQ2でAを選んだ場合と、またはQ1とQ2でBを選んだ場合で、それぞれ選択後に手に入れる金額は同じなのです。しかしながら、Q1でAを選んだ人が57%もいたのに、Q2では18%に激減しました。

即ちQ2の状況で賭けをする人が増えたのです。初めから労せず30ドルを手に入れていたQ2の状況に置かれると、人は進んでギャンブルしようとするのです。これはハウスマネー効果による選択です。支払う痛みが少なければ、リスクの高いお金の使い方をするのです。

また、お金の使い方や心理は、現金で支払うか、クレジットカードなどで支払うかによっても変わります。マサチューセッツ工科大学のダンカン・シメスターとドラーゼン・プレレックの両教授は、このことを実験で確認しました。実験対象者は、バスケットボールのプラチナチケットを競り落とすオークションに参加します。対象者の半分は現金で支払い、残る半分はクレジットカードで支払います。

この結果、クレジットカードのグループが提示した入札価格の平均は、現金のグループの約2倍に達していました。クレジットカードを使うと、現金で払うよりも多額のお金を使ってしまうのです。原因は、リアルに現金を支払う行動が伴わず、お金が出ていく痛みも少ないためだと考えられます。

サブスクの支払いにおいては、「メンタル・アカウンティング」の影響を受けると考えられます。これはクレジットカードの自動決済や自動引き落としなど、お金を失う痛みが少ない決済方法です。しかも利用ごとではなく、毎月など定期的に自動支払いをするので、お金を払っている意識すらなくなります。そうなると、まるで公共料金納付や住宅ローン返済のように、何の疑問も持たずにサブスクのお金を払い続けることになるのです。

ここまで、サブスクを使ってしまう理由を行動経済学の視点で解説してきました。やはりそこには利用し続けてしまう心理的な要素がいくつかあるようです。もちろんサブスクが自分に合って、価値あるサービスであるならば、その現状を維持することは悪いことではありません。そこで問題があるとすれば、サブスクの利用について自分で判断することなく必要もないものにダラダラとお金を払い続けるケースです。

利用にあたっては、自分が惰性で消費をしていないか、常にあるいは一定の期間ごとにチェックすることが必要なのだと思います。また、支払う際に自動支払いを利用するならば、自分のお金を支払っている認識を意識的に保ち続けなければなりません。そうでなければ、ザルから水がこぼれるようにお金はなくなっていきます。お金は自分が必要だと考えるものに、必要なだけ使うべきでしょう。賢く使うことが自分の満足や幸せにつながります。

一方、企業側に立った時、サブスクを単なる「打ち出の小づち」と考えるのは危険です。ブームに乗って同一サービスに複数の企業が参入しているケースもあります。顧客にしてみれば、サブスクのサービスを別会社にスイッチしても、利用し放題の状況が変わらなければ損失はありません。抵抗なくメリットの多いほうを選ぶでしょう。

実際にサブスク参入後に撤退する企業もあります。あるファッション系の会社では、メイン顧客の中高年男性には販売しつつ、新たに若年層をサブスクで取り込む戦略を立てました。しかし、肝心のメイン顧客がサブスクに流れて利益が減り、短期間で撤退を余儀なくされました。

サブスクを「単なる分割払い」「単なる定額の利用し放題」ととらえる企業は失敗するでしょう。サブスクは、本当に定期的に使う価値のある商品やサービスかどうかが問われるサービスです。かつ企業と顧客の長い関係を継続することが必要になります。

そのためには、利用者の満足を継続的にチェックしなければなりません。ところが、デジタル型サブスクやモノ型サブスクでは顧客との接点が少なくなります。その中で満足度を調べる方法を構築しなければなりません。

一方、コト型サブスクでは、店舗への定期的な来店が必要になることが多いです。従って、そこでのコミュニケーションなどにより満足度を高める努力が必要です。基本的なサービス内容が、服の着放題や定期的に花を選んで渡すといったものだとしても、それらの即物的な価値ではなく、このサービスから広がる生活の豊かさを理解してもらうことが大事ではないでしょうか。

ともあれ、サブスクだろうと売り切りだろうとダメな商品やサービスでは売れません。企業側は真に価値ある商品やサービスを提供することが必要です。

逆に顧客側は、商品やサービスの価値をチェックする必要があります。同時に、惰性で無駄遣いを続けていないか、自分の選択や行動もチェックしなければなりません。その際には、現状維持バイアスやメンタル・アカウンティングなどに関する、行動経済学の知識が役立ちます。

このようにして企業と顧客がともに満足し、両者の関係がより良くなり、双方が幸せな状況になるのが理想だと私は思います。

世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学
橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディングディレクター、著述家。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。環境エネルギー分野を中心に、官民共同による研究事業組織コンソーシアムの組成運営、自治体や企業向けのコンサルティング業務を行う。1998年アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年独立。現在はマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、行動経済学に関する講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである――非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる――非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『モノは感情に売れ!』(PHP 研究所)ほか。2級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士、東京商工会議所2級カラーコーディネーター。

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