(本記事は、橋本之克氏の著書『世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)

30年分の借金を負わせて新築住宅を買わせるマインドコントロール

不動産投資,ローン,マニュアル
(画像=INDz/Shutterstock.com)

住宅ローンは住まいの購入時に金融機関から受ける融資です。多くの人が住宅ローンを利用して家を買っています。住宅は数百万〜数億円単位と高額なため、返済期間も最大35年までと長くなります。また最近の傾向として、超低金利政策によってローン金利も低くなっています。

住宅ローンは明治時代に、阪急阪神東宝グループの創業者である小林一三によって生み出されたと言われます。当時、家を持てるのは資産家など一部の層に限られていました。その状況下、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道は、沿線郊外に宅地を開発して住宅の販売を行いました。

その際に、サラリーマンでも自分の家を持てる仕組みを用意したのです。頭金として売値の2割、残りを10年間月賦で払い込むと住宅の所有権が移る仕組みです。この住宅ローンによって、資産を持たない人でも自分の家を持てるようになりました。

時が経って戦後、政府主導の持ち家重視政策が打ち出されます。住宅取得を支援する施策が実施され、持ち家が理想だという風潮が高まりました。誰もが「夢のマイホーム」に憧れました。

1973年の朝日新聞で紹介された「住宅すごろく」には、当時の住宅所有パターンが表現されています。「スタートは新婚時代の小さなアパート、子供が生まれるころに少し広めの賃貸マンションに移り、やがて分譲マンションを手に入れ、それを売り払って庭付き一戸建を手に入れたところで上がり」です。当時は終身雇用と定期昇給があり、ライフスタイルも画一的だったことがよくわかります。

ともあれ、バブルが崩壊するまでは住宅ローンを組んででも家を買うことに大きなメリットがありました。土地を買えば高い可能性で値上がりしたからです。間違いなく上がる不動産価格は「土地神話」と呼ばれました。こうして誰もが持ち家を志向するようになっていきます。

政府はこの風潮を利用しました。住宅購入の推進を景気刺激策としたのです。住宅を購入する際には、家だけに止まらず車や家具などの耐久消費財などを新調したくなるものです。多くの人々が、このような購買を行えば消費全体が活性化します。

この景気回復政策は実際に効果があったため、繰り返し行われます。「失われた20年」と呼ばれた平成時代の大不況においても、このパターンが踏襲されました。政府は、住宅金融公庫の金利を下げ、低所得者でも大型ローンを組みやすくしました。さらに、マイホームを購入した時に税金が戻る住宅ローン控除も、大型のものを導入します。

この時には、後々まで大きな問題となる施策が実施されています。1992年から住宅金融公庫(現在の住宅金融支援機構)が販売していた「ゆとりローン(ゆとり返済)」です。その仕組みは、当初5年~10年間の「ゆとり期間」中は返済金額を抑え、その分をゆとり期間終了後に上乗せして支払うというものでした。6年目と11年目に返済額が一気に上がるわけです。

しかし住宅を購入する人は、最初の5年間の返済額が少ないので楽観的に考え、将来も払い続けられると勘違いしてしまいます。貸主が、信用できる住宅金融公庫であるということも後押しして、多くの人が疑問を感じることなく飛びつきました。ところがこのローンは初めの返済が少ないからといって、返済総額が少ないわけではありません。単に返済を後回しにしているに過ぎないのです。

しかも、当時は現在のような低金利時代ではありません。高い金利で長期間借り続けることになります。結果的に返済総額がどんどん膨らみます。景気回復を目論む政府は、このように危険な住宅ローンで金を借りさせることによって住宅購入を促進したのです。

この「ゆとりローン」が成立するためには、終身雇用や定期昇給が必要です。ところが1990年代半ば以降、名目的な昇進はあっても右肩上がりの昇給はなくなっています。逆にリストラや企業倒産が相次ぎ、収入を維持するのがやっとという状態でした。

ゆとりローンの返済額は、このタイミングで一気に上がります。例えば最初の5年間に8万円程度だった月々の支払いが、6年目から12万円、11年目から17万円といった具合です。すると、返済できない人が急増します。

同時期に金利の低いローンも出てきましたが、デフレによって担保となる住宅の価値が下がっているため、借り換えはできません。返済期間の繰り延べなどの救済策もありましたが、結局は返済期間が長くなるため返済総額が増えます。焼け石に水といった状態です。

返済が滞れば最終的には、自宅の売却を迫られます。ただし「ゆとりローン」の場合、初期の返済のほとんどは金利の返済に充てられています。何年も返済したつもりなのに、元金はほとんど減っていないという状態です。

従って、自宅を売却しても住宅ローンが残るという結果にもなってしまうのです。最終的には、自己破産せざるをえない人も現れました。このような問題が明るみに出て、2000年に「ゆとりローン」は販売中止となりました。

この住宅ローンは、目先の返済額で誤解を招く商品です。また国が提供する商品ゆえの信頼性を利用したものです。家を持ちたいと願う人々の情報力や判断力の弱さに付け込んだと言わざるをえません。しかしながら、これほど問題のある住宅ローンを大勢の人が利用してしまったのですから、そこには何か理由があるはずです。

行動経済学の視点で考えると、まず「解釈レベル理論」の心理的バイアスが働いたと考えられます。人は心理的距離が遠い対象に対しては、より本質的・抽象的・上位的な点に注目して解釈し、近い対象には、より副次的・具体的・下位的な点に注目するという理論です。

ローンを借り入れるタイミングはマイホーム取得を目前にした、心理的距離が近い状態です。そうなると、ローン返済の基盤となる将来の生活設計、冷静に行うべき長期的な家計の収支計算などがおざなりになります。目先の安い返済額に目がくらんでしまうわけです。

もう1つは「時間割引」の影響です。人は「すぐに」もらえる報酬ほど、その価値を大きく感じ、もらえる時期が遅くなると、その価値が減っていく傾向にあります。これを「時間割引」や「時間選好」と呼びます。人は、将来の報酬を現在の報酬に比べて低く(つまり、割り引いて)評価するのです。

ここで割引く率は時間割引率と呼ばれています。例えば、1年後に1万500円もらうか、今1万円もらうかと聞かれると、かなりの人が目先の1万円を選んでしまうことでしょう。時間割引によって、将来の1万500円が実際よりも安く感じられたのです。

この例を、金融機関の商品に置き換えて考えてみましょう。

「今1万円をもらわずに、1年後に1万500円もらう」とすると、これは1万円を預けて1年後に年利5%の利息が付く金融商品を手に入れたと同じことです。しかもこの場合、現実の投資商品と違って元本は減るリスクがありません。現在の普通預金の金利が1%にも遠く及ばないことを考えると、かなりおトクな商品です。

「1年後の1万500円を選ばない」ということは、このおトクな金融商品を選ばないと同じことなのです。時間割引の影響を受けると、冷静な判断をできず、将来よりも目先のメリットに飛びついてしまい、チャンスを失ってしまいます。「せっかちな人」ほど、この時間割引率は大きくなります。

例えば、夏休みが残り少なくなるまで宿題を先送りする人です。こういった人は遊ぶ楽しみを後にとっておくことができず、宿題をやらずに遊んでしまいます。また、将来に太ってしまうことがわかっていながら、目の前のお菓子を我慢できずに間食してしまう人も同じです。これらは、多かれ少なかれ誰にでもあると思うのですが、その度合いは様々です。人によって時間割引率は異なるものです。

リチャード・セイラーは、この割引率が一定でなく時間と共に変化することに着目して実験を行いました。まず実験参加者に、銀行のくじで賞金が当たったと想定してもらいます。お金をすぐに受け取っても良いですし、後から受け取っても良いものとします。

そして「受け取りを先に延ばし、なおかつ即金と同じ金額を受け取るのと同じくらい魅力あるものとするには、いくら支払って欲しいか」を答えてもらいます。受け取り時期は、0.5年後、1年後、2年後、4年後の4パターンとし、受け取る金額は、40ドル、200ドル、1000ドル、5000ドルの4パターンとしました。

結果、どの金額においても時間が経つほどに割引率が下がっていく結果となっています(図3−1)。ただ、その下がり方は直近ほど下がり方が大きくなり、時間が経つにつれて、下がり方の傾きがゆるやかになっています。つまり、近い将来のことほど特に、人はせっかちになるのです。また金額が低いほど割引率が高くなる結果も出ています。少額のやり取りほど、せっかちになることが示されています。

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(画像=『世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学』)

ここまでの検討から、目先の低い返済額に惑わされる理由が「解釈レベル理論」によって明らかになりました。また、早く家が欲しくなる理由が「時間割引」によって見えてきました。結局、自分の不合理さに気づかなかったことが、ゆとりローンを借りてしまった原因です。

続いてここからは、人々が多額のローンを組んでまで購入しようとする「住宅」について考えていきます。まず住宅は特殊な商品であり、購入の際には、他の買い物とまったく異なるリスクがあります。主に、以下の3点です。

(1)十分な購入経験なしで買う:一般の人が住む家を買う機会は、一生に1回~2回程度でしょう。従って、過去の経験を参考にすることはできません

(2)超高額の商品購入:買い物としては一般の人にとって最も高い商品です。従って、慎重になり過ぎたり焦ったりと平常心を失いがちです

(3)商品の良し悪しを確認しにくい:新築ならば完成前に、図面を見るだけで契約するのが普通です。高層階からの眺望も確認できません。構造も素人では判断できず、完成時には壁の奥で見えません

つまり人々にとって住宅は、抵抗感や不安を乗り越えながら購入する商品なのです。ここ数年は、耐震偽装など住宅購入のリスクを顕在化させる事件も起きています。それだけが原因というわけではありませんが、持ち家志向は薄れる傾向があります。

総務省統計局の「住宅・土地統計調査」によれば、30代前半の持ち家比率は、1988年から2013年の間に39%から29%へと下がっています。30代後半は57%から46%へ、40代前半が66%から56%、40代後半が72%から63%へと、軒並み10%程度の低下です。特に、結婚や出産などを迎えて住宅購入意欲が高まっているはずの30代~40代が、家を買わなくなっているのです

この理由を考えると、この世代はゆとりローンなどに苦しんだ上の世代を見て、家を持つリスクを知っています。またデフレの中で生きてきたので、他の商品同様に家の価格も下がる可能性があると予想していることでしょう。また、急がずに買い時を待つ冷静さもあります。

確かに、将来的に家の値段が下がる根拠は十分にあります。まず少子化によって世帯数は減ります。逆に空き家は、社会問題化するほどに増加しています。総住宅数に占める空き家率は2013年に13.5%、2033年には30%を超えると試算されています。その多くは形を変えて住宅として供給されるでしょう。従って、需要減少と供給過多が起きるため価格は下がるのです。

一方で、家が買いにくい状況もあります。今の時代、不況で安定した給与を得られない事態や、転職によって給与が変動する可能性があります。家計が不安定な中でローンを払い続けるのは危険です。また、転職や移住が一般的になっています。転居しなければならない場合には、持ち家は足かせとなりかねません。

では、持ち家以外にどんな選択肢があるのでしょう。まずは、賃貸住宅です。以前の賃貸住宅は建築費が削られて、仕様のレベルが分譲住宅よりも低い傾向がありましたが、最近は変化しています。賃貸住宅余りによって競合が激しくなっているためです。性能やデザインが優れた賃貸住宅も増えました。また以前は、高齢者が賃貸住宅を借りにくい状況もありましたが、そのような条件も緩和の方向に進むでしょう。

住宅購入を勧める販売員は、「家賃はドブに捨てるようなものです」とよく言います。所有に価値があった時代の典型的な営業トークです。今は利用にお金を払う時代です。レンタカーのように、有料で一定期間だけ使用するサービスだと考えれば、家賃を払うのも不思議ではありません。分譲住宅と賃貸住宅のどちらにすべきか、冷静に比較する人は増えるでしょう。

また新しい賃貸住宅の中には、家具や家電が設置され、敷金・礼金・仲介手数料や、水道光熱費や通信料などを家賃と合わせて毎月支払う住宅もあります。シェアハウスも既に定着しました。中には、音楽やスポーツなどの趣味が合う人が集まるタイプや、シングルと親子が共に住むタイプなど多様化しています。またシェアハウスに似た形態でありながら、プライバシーや設備の質を高めたソーシャルアパートメントも増えてきました。

これらの他に、毎月定額の数万円を払うだけで、全国好きな場所を移動しながら仕事や生活ができる「家のサブスクリプション」も登場しました。また、仕事がある平日は都心部に住み、週末は田舎で暮らすデュアラー(二拠点生活者)のように新たなライフスタイルも現れています。これによって住居へのニーズも多様化するでしょう。

落合陽一氏は著書『日本再興戦略』で、「マイホームという制度と住宅ローンは、戦後日本の成長戦略を支えるすごい仕組みだった」と述べています。なぜなら「最初に頭金を払った後、数十年間もお金を払い続けるという形で、家計から自動的に所得が差し引かれる仕組み」だからです。

ただしこれは、国と国民がWin−Winの関係にある時代だったからこそ成り立ったものと考えて良いでしょう。住宅ローンによって資産がなくても家を持てました。バブル以前は土地や家の価値が年々上がりました。

国民はこうしたメリットを享受しつつ、国にお金を還流させたのです。ところが、歯車が狂ってしまいました。住宅政策が景気回復の道具となり、利用者を騙すかのような住宅ローンによって、結果的にマイホームが奪われるような事態となっています。

ただし、今は既に自己責任の時代です。国だけが一方的に悪いわけではありません。疑うことなく国を信じ頼ることが危険なのです。過去の常識を疑う必要があるわけです。他には「自分の家を持って初めて一人前だ」といった、古い常識もありました。このような、家や土地を特別視する習慣も葬ったほうが良いでしょう。所有を良いものとする感覚も捨て去るべきです。

もちろん、持ち家をすべて否定するつもりはありません。ただし、住宅購入のリスクが想像以上に高いことは、肝に銘じる必要があります。住まいの多様な選択肢を検討し、自分が抱えるリスクも認識したうえで、最終的な判断をすべきなのです。

さらに、「所有から利用へ」という社会的な大トレンドや、これが住宅に与える影響は認識したほうが良いでしょう。住み方や暮らし方の選択肢は多様になっています。つまり、今までよりも自由に生きることができるのです。この状況を享受することが、幸せな生き方につながるでしょう。

例えば、家を持たずに気軽に移住する、マイホームに幸福感を見出す、中古住宅を自由にリフォームする、資産運用のために不動産を売買する、都心と地方に家を持つ、地方に移住する……。すべては自由です。

しかし、当然ながら自由には責任が伴います。失敗しないよう、解釈レベル理論や自分自身の時間割引率を含め、人間心理について知っておくべきです。人は誰でも不合理な判断をしてしまうものであり、その可能性も織り込んでリスク管理をするのが良いでしょう。

また、ゆとりローンのような「落とし穴」は、これからも手を変え品を変え、あなたの目の前に現れます。それらを見抜き、自分にとって最上の選択をしなければなりません。心理の弱点に付け込まれないためには、自分の知識が武器になります。そこでは行動経済学の知見が役立つはずです。十分活用することでリスクをコントロールし、自由を享受して頂きたいと思います。

世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学
橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディングディレクター、著述家。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。環境エネルギー分野を中心に、官民共同による研究事業組織コンソーシアムの組成運営、自治体や企業向けのコンサルティング業務を行う。1998年アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年独立。現在はマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、行動経済学に関する講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである――非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる――非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『モノは感情に売れ!』(PHP 研究所)ほか。2級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士、東京商工会議所2級カラーコーディネーター。

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世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学
  1. 行動経済学にみるサブスクリプションが浸透している舞台裏
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