(本記事は、橋本之克氏の著書『世界最前線の研究でわかる!スゴい!行動経済学』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)
コンビニの数は美容院や歯医者の数よりも、なぜか多いと思ってしまう不思議
2019年8月時点での日本全国のコンビニエンスストア数は5万5782店です。一方、2019年1月末時点での歯医者の施設数は6万8477件です。また2017年末時点での美容院の店舗数は、24万7578店です。感覚的にはコンビニの店舗数は非常に多く思えるのではないでしょうか。ところが、実際には歯医者の数よりも少なく、さらに美容院の数と比べれば1/4以下です。
このような感覚的な違いは、行動経済学における法則「利用可能性ヒューリスティック」によるものです。ヒューリスティックとは、必ず正しい答えが出せないものの、短時間で簡易的に、ある程度の正しい答えを出せる思考方法です。
ヒューリスティックのパターンはいくつかありますが、その中の1つが「利用可能性ヒューリスティック」です。これは、思い出しやすい記憶を優先して評価してしまう思考プロセスです。印象が強い事柄や記憶に残りやすい事象など、記憶が鮮明であるほど、その対象の頻度や確率を高く考える傾向があります。いわゆる「思い込み」のような状態です。
わかりやすい例で言えば、飛行機事故が起きた後には、飛行機の利用が減って新幹線に乗る人が増えます。飛行機に乗ることを避けるのは、飛行機事故の印象が強いため、その確率を実際よりも高いと感じてしまうためです。また、震災の直後に地震保険の加入が増えるのも、利用可能性ヒューリスティックの影響です。
ただしこの場合、その事故や災害が過去と違う特別なものだった、というように事故や災害の「内容」が判断に影響するわけではありません。最も大きな影響を与えるのは、事故や災害の記憶が鮮烈であり、それらを「すぐに思い出せたこと」です。
ミシガン大学のノーバート・シュワルツは「利用可能性ヒューリスティック」に関する実験を行いました。まず対象者に過去の自分の行動の中から「積極的に自己主張したエピソード」を思い出してもらいました。半数の対象者は6例、残り半数は12例を思い出すように指示します。
その後にすべての対象者に、自分自身の「積極性の程度」を評価してもらいました。実はこのようにエピソードを思い出す際には、最初3つか4つはすぐに思い浮かんでも、残りはなかなか出てこない傾向があるのです。このことは実験前の調査で明らかになっており、この実験の場合も同じでした。
実験の結果、苦労して12例を思い出したグループは、自分自身の自己主張の度合いを、6例しかエピソードを思い出していないグループより低く、つまり自分たちは「積極的ではない」と評価しました。もし自己の評価が、実際に心に思い浮かんだエピソードの「内容」に因るものならば、12例を想起したほうが自分をより積極的とするはずです。
自分が積極的であると考える根拠が今、頭の中にあるからです。ところが、結果は逆でした。こういった自己評価になるのは、12の実例を想起するのが難しかったためです。つまり、「積極的に自己主張した事例を容易に思い出せなかった」のは、「自分は積極的でないからだ」と考えたためと思われます。
この実験からは「想起内容」よりも「想起しやすいかどうか」が判断に影響を与えることがわかります。積極的に自己主張したエピソード6例を「簡単に思い出した」人が、自分は自己主張が強いと考えたのです。
さらに、これと類似した実験も行われています。「自己主張をしなかったエピソードを12例、書き出してください」と別のグループに指示したのです。すると、この対象者は「自分はとても自己主張が強い」と評価したのです。自己主張をしなかったエピソードを簡単に思い出せなかったために、自分は全然大人しくないと自己評価したわけです。
冒頭の事例で、コンビニの数が歯科医や美容院より多いと感じてしまうのは、生活する中でコンビニを見かける頻度や利用頻度が高く、想起しやすかったためと考えられます。おそらく、コンビニには毎日のように行くことでしょう。逆に、美容院であれば利用頻度は月に1回程度、歯科は年に数回程度ではないでしょうか。
こういった経験による印象の差が、実際に存在する数の見込みを誤らせるのです。この利用可能性ヒューリスティックに影響される人は、自分が見た(と思った)ものがすべてと考えてしまう傾向があります。
カーネマンは著書『ファスト&スロー』の中で、利用可能性ヒューリスティックの活用法に触れています。結婚している夫婦それぞれに、「家の掃除や整理整頓」「ゴミ出し」「社交的な行事」などに関する「自分自身の貢献度」をパーセントで聞くというものです。
夫と妻の答えたパーセンテージの合計は、多くの家庭で100%を超える結果になるでしょう。夫も妻も自分がやっている家事について相手がやっている家事よりも、はっきり思い出すことができるため、自分のパーセンテージを高く評価してしまうのです。
実際にこのようなテストをすれば、本当に自分が家事をやっていたのか、相手がどれほど努力しているかを考えるきっかけとなるでしょう。それを機に夫婦のコミュニケーションが円滑になり、それぞれが相手を思いやるようになるかもしれません。このテストは夫婦に限らず、家族であっても、仕事仲間であっても活用できるので試してみてはいかがでしょう。
人間は誰しも自分の経験が絶対だと思ってしまいがちです。そして、その裏側では利用可能性ヒューリスティックが働いています。心理的バイアスは、自分一人の判断ミスで終わるものではなく、人間関係にも影響を及ぼします。このような心の仕組みを知ることで、人間関係のトラブルを避けることもできそうです。行動経済学の知識は、こんなところでも役立つものなのです。
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