多くの企業が人事制度の改定を課題として持っていますが、それを有効に行えている企業はどれほどあるでしょうか。本稿では、企業経営の視点から、人事制度の改定に必要な考え方を記載します。

「人事制度の改定」が中小企業の組織課題の首位にあり続ける理由とは

人事制度
(画像=Song_about_summer/stock.adobe.com)

人事制度の改善を問題視していても、効果的な改善を施せていないことに悩む企業は多いです。

それを裏付けるデータとして、HR総研によって、上場及び未上場企業の人事責任者に毎年行われる「人事の課題とキャリアに関するアンケート調査」があります。その中で、「現在の組織・制度・仕組・システムに関する課題」の質問について、過去3年間の回答結果が下記のようになっています。

2020年
1位:評価定着、評価者スキル向上 2位:人事制度改定 3位:従業員モチベーション維持向上

2019年
1位:従業員モチベーション維持向上 2位:人事制度改定: 3位:組織開発・組織風土改革

2018年
1位:人事制度改定 2位:従業員モチベーション維持向上 3位:組織開発・組織風土改革

人のスキルやモチベーション向上、組織風土改革などは取り組みから効果がでるまでに時間のかかるものですから、課題として首位にあり続けることは理解できます。しかし、それらと比べると短期で実践できる人事制度の改定も課題の首位としてあり続けています。

この結果は企業規模によって差があります。企業規模が大きいと、組織課題が人事制度設計・運用からマネジメントへと移り変わりつつあるのですが、中小企業は人事制度設計・運用の課題が滞留しています。

では、なぜ中小企業は人事制度の改定が課題として滞留しているのでしょうか。それには、人事制度改定の背景に問題があると考えられます。

大企業であれば、人事制度の改定は、外部の企業診断結果を基に行われることが一般的です。診断は人事制度だけを対象とせず、組織課題や事業課題など企業経営全般の広い対象で行われるため、人事制度においてもより経営課題に紐づいた核心的な改定を行う事ができます。

また大企業にはCHRO(最高人事責任者)やHRBP(HRビジネスパートナー)など経営の立場で人事を考えるポストがあり、経営の視点や情報を備えた判断を基に、人事制度の改定を行う事ができます。

しかし、中小企業の場合、高額な企業診断費用を負担したり、経営に参画するような人事の人材調達が困難なため、経営視点を備えた改定が行われにくいという背景があります。そのため、社員アンケートなどによる現場の声や、他社事例などが人事制度改定の軸となるのが一般的です。

現場社員の意見や他社事例を反映することは、一見良いことのように感じられますが、現場に拠りすぎて経営の視点を欠き、経営の目的や目標に紐づかない改定となってしまうデメリットがあります。

また、他社事例を真似ても、外部・内部環境、目標や文化などの前提条件が違いすぎて、意図した効果が出ない可能性が考えられます。

そうなると、いくら改定を繰り返しても一向に改善されず、終いには現場の意見や他社事例がツギハギのように盛り込まれた一貫性の無い人事制度へと改悪されてしまいます。

そのような状況を防ぐためには、人事制度の軸をしっかりと企業経営に置く必要があります。とはいえ、具体的にどうすれば良いのでしょうか?まずは、人事制度が企業経営においてどのような位置づけにあるかを理解するところから始めてみましょう。

企業経営における人事制度の位置づけとは?

企業経営において、人事制度はどのようなポジションや役割に位置づけられるのでしょうか。図を用いて解説します。

人事制度
(画像=THE OWNER編集部)

まず大きく見ると、経営理念をベースとした経営目標を実現するために、事業戦略があります。事業戦略とは、事業としての目標や、それを実現するためのシナリオのことです。

そしてもう1つ、経営目標の実現のために、組織戦略があります。組織戦略とは、経営戦略の実現に向けてどのような組織の姿を目指すのか、どのように人を動かすのかというシナリオの事です。

少し話はそれますが、事業戦略と組織戦略のどちらが優位なのか?はどちらを優先すべきという決定的な答えは無く、企業によって異なります。

事業戦略を優位に考える場合、事業の理想とする姿やビジネスモデルを先に考え、それを実現するための組織を考えます。チャンドラ―の「組織は戦略に従う」という考え方です。例えば、ベンチャーキャピタルから資金調達を受けているスタートアップ企業などは、短期間でのEXITを求められるため、事業優位になることが多いです。

一方で組織戦略を優位にする場合、組織に根差した価値観や、人のできる事をベースに事業が形作られていきます。例えば東証マザーズ上場の株式会社カヤックという企業は、組織戦略ファーストを前面に打ち出しています。こちらはアンゾフの「戦略は組織に従う」という考え方です。

どちらが優位かという違いはあったとしても、いずれの視点も企業経営において外せません。

しかし、中小企業は、事業への関心ばかりで組織作りには関心が向かなかったり、組織作りに疲れ切って考えたく無くなってしまった経営者が多く、そういった企業の場合、どれだけ事業構想が素晴らしくても、組織の実行力が伴わず実現されないという問題を抱えているケースが多いです。

近年、企業経営におけるHR分野の重要性が増している要因の1つとして考える事ができます。

人事制度
(画像=THE OWNER編集部)

話を戻します。組織戦略には、リーダーシップやマネジメントなど「人」で人を動かす組織行動(OB)という領域と、人材配置や人事制度など「仕組み」で人を動かす人的資源管理(HRM)という領域があります。長くなりましたが、人事制度はこの「仕組み」で人を動かすという領域に位置付けられます。

こちらも、仕組みと人のどちらが大事ということではなく、仕組みとそれを使う人の両輪が必要です。

人事制度がない、または使えていない企業は、人で人を動かす方に依存しがちです。その結果、コミュニケーションコストが膨大となったり、伝える方も伝えられる方もストレスが多い職場となってしまったり、最悪の場合は経営者が考える事が従業員に何も降りてこないというケースすら存在します。

これが企業経営における人事制度の位置づけです。要約すると、人事制度は経営目標の実現に向けて人を動かす仕組みであるということ、言い換えると、経営と人を繋ぐパイプの1つとして位置付けられます。

そこに人事制度特有のインセンティブを決定する機能があるため、影響力が大きく組織戦略の柱として位置付けられることが一般的になっているのです。

ではこの位置づけから一体何が見えてくるのでしょうか?

位置づけから見えてくるものとは?

上記から見えてくることは大きく、2つです。まず1つ、人事制度は企業経営において全知全能の制度ではないという事です。

当たり前すぎることのようですが、人事制度に問題を抱える多くの企業が、人事制度へ役割を多く求めすぎています。その結果、人事制度を改定する視点から離れられず、人事制度の他に考えるべき重要なことを見落としてしまいます。

そして、もう1つが人事制度は単体で機能するものではないという事です。前述のように、パイプ役という事は、パイプを通してつなげたいものがあって始めて成り立ちます。

逆を言うと、つなげるべき経営理念、経営目標、事業戦略(目標と実現のシナリオ)、組織戦略(在りたい姿と実現のシナリオ)などが企業に欠けていたり、言語化されていない場合、人事制度は人を評価し賃金を決定するだけの、まるで電話機能しかないスマホのようなツールとなってしまいます。

その場合、欠けているものを補完しない限り、いくら人事制度だけを改定しても、本質的な改善とならず、改定の結果、ツギハギだらけの一貫性のない制度になってしまいます。

人事制度の周りの欠けているもの事例

事例1)経営理念や企業の価値観

 例えば経営理念や企業で大切にしたい価値観を明文化せず人事制度を作った場合、人事制度を通じて伝えるものが、経営者の大切にしていきたい考えや想いと異なる結果となってしまう場合があります。

例えば和を尊ぶ価値観を大切にしたいのに、それを考慮しないで成果主義人事制度を導入すると、価値観とやり方が不適合となってしまうといった具合です。

目的や目標達成のプロセスの置き方を不適合としないためにも、そもそもどういう考えを大切にしていきたいのか、企業としての理念や価値観を先に明文化させることが重要です。

事例2)事業戦略

 事業の目標が明確でなかったり、それを達成するために必要な成果や行動が抽出されていない場合、そもそもパイプを通じて伝えるものがないため、人事制度の評価・育成・インセンティブの軸を設けられないことになります。その結果、現状維持であったり、当たり障りのない人事制度となり、組織としては何も変わらず、単に賃金を決めるためだけのツールとなってしまいます。事業の推進力として効果的に使うには、事業目標や成果、行動をまず明らかにし、それを人事制度に落とし込む必要があります。

事例3)組織戦略ーメンバーマネジメント人材

 人事制度を改定しても、その改定の真意をかみ砕いて伝え、そこにモチベーションを持たせるのはメンバーマネジメントを行う人です。人事制度の効果は、制度と人によるマネジメント効果の掛け算でしか成り立ちません。そのため、人事制度を改善するだけでなく、人へ伝えるために、メンバーマネジメントのスキル向上や、社員同士の信頼関係の向上も併せて取り組む必要があります。

まとめ

人事制度が機能しないと感じる場合、その役割・使い方・期待値などが正しく設定できていないケースがあります。人事評価制度を効果的に機能させるには、そもそも制度の経営における位置づけを整理し、持たせる機能を正しく定め、不足する役割を別で補いながら運用する必要があります。

これらのことを押さえていくと、人事制度は貴社の事業の推進力となるツールになってくれるはずです。一度、自社の人事制度を前述の観点で見直してみてください。(提供:THE OWNER