欧州経済の見通し

●見通し:第2波到来も、経済活動は回復が続く

次に、今後の見通しについて考察していきたい。

まず、新型コロナウイルスの感染動向だが、すでにで見たように、ユーロ圏では足もとで感染の再拡大が見られる(前掲図表3)。国によって感染の状況は異なるが、スペインやフランスでは3-4月の第1波を超える1日あたり感染者が発生している(図表17)。一方で、入院患者や死者数は第1波と比較して限定的であり(図表18)、3月のような医療崩壊リスクが後退していることから、各国ともにロックダウンのような厳しい封じ込め政策は講じておらず、できる限り経済活動を維持する姿勢を見せている。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

しかしながら、第2波の拡大でスペインは8月14日に「夜の街」の営業禁止(10)を発表、イタリアも17日から「夜の街」のほか、ビーチなどでのダンス活動の停止と夜間のマスク着用義務化するなど、国によっては業種を絞った制限を再導入・強化しており(11)、ウィズコロナでの経済活動の再開が一筋縄ではいかない状況でもある。

政府は基本的には経済活動を維持する姿勢を見せているが、感染が拡大すれば一部の業種やクラスター発生地域における営業活動の停止がされると見られ、また全国的にも社会的距離(ソーシャルディスタンス)の確保や自発的な感染回避行動(個人が海外旅行や外食を避けるなど)は続くことから経済活動の回復ペースは遅くなる公算が大きい。とりわけ、コロナ禍によって急減した観光関連産業などの対人サービス産業の回復には相応の時間を要することが想像される(図表19)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

景況感に目を向けると、欧州委員会が実施している景況感調査(ESI:経済センチメント指数)は、最悪期よりは上向いているものの、「改善」と「悪化」の境目を下回る状況が続き、コロナ禍前の水準には回復していない(図表20)。ユーロ圏各国では、雇用維持政策の延長等を実施(12)しており、失業者の急増や所得の急減を防いでいるものの、先行きの雇用不安・所得低下懸念は残っている。

企業活動も同様で、一時的に倒産を避けられている企業でも、感染予防行動が一定期間持続すれば中長期的には経営悪化、倒産として顕在化するだろう。域外環境を見ても、中国を除けば経済の回復状況では似ており、新興国では感染拡大を抑えることができていない国も多いことから、海外環境も回復のけん引役とはなり得ない。

こうした状況に鑑みて、本稿では、新型コロナウイルスは収束することが難しく、感染者は一定発生するものの、第1波の4月に講じてきた厳しい封じ込め政策が再度実施されることはないと想定する。しかし、医療崩壊リスクの高まりなどが生じれば、経済活動を停止して感染を防止するという手段を再度実施せざるを得ないため、こうしたリスクが顕在化すれば、回復は腰折れする可能性もある。一方、ワクチンや治療薬の開発がすすみ、新型コロナウイルス感染への脅威自体が薄れるという楽観シナリオも考えられるが、ダウンサイドリスクの方が大きい状況と思われる。いずれにせよ新型コロナウイルスに関しては、重症化・後遺症のリスクを含めて、不明な点も多く不確実性は引き続き高い状況にある。

またダウンサイドリスクについては、前章で言及した財政政策の息切れ・転換にも注意したい。現在は、雇用支援策および倒産回避策により、失業者や倒産の急増を免れているものの、コロナ禍からの「一時的な救済措置」という意味合いが強い。財政の観点からも、これからも収益・雇用を生む見込みのない企業に対する支援を長期にわたって続けることは難しい。今後は経済活動の回復に合わせる形で、新しい雇用の創出やデジタル・グリーン投資支援などの「復興・成長戦略」に移行していく必要がある。

政策としては現在の「一時的な救済措置」から「今後の復興戦略」に円滑に移行することが重要だが、「一時的な救済措置」の停止が早すぎれば景気が腰折れする可能性があり、また遅すぎれば債務負担の増加やいわゆるゾンビ企業の増加を助長し、潜在成長率の低下を引き起こす可能性もある。タイミングを見極め、政策を微調整しつつ転換を行うことは容易ではないと思われる。

さらに、欧州の場合、国による復興ペース格差も先行きの不確実性のひとつである。観光関連産業など対面サービス産業のシェアが大きい南欧諸国(図表21)は、復興ペースが遅くなること想定されるが、加えて足もとでは、スペインでの感染拡大が目立ち、イタリアでも限定的ながら行動制限が課されている。こうした感染状況の違いと、それにより講じられる封じ込め政策の差によって域内の復興格差が助長される可能性がある(図表22)。

復興基金はこうした格差に配慮できる仕組みを導入しているものの(13)、想定以上に格差が拡大した場合に、域内全体で復興できるよう改めて協力・支援を検討することが域内全体の経済回復という点からは望ましい。例えば単一通貨圏であるユーロ圏では、共通の中央銀行による金融政策を実施していることから、域内格差は金融政策の伝播を阻害する恐れがある。景気回復の遅い国に合わせた(緩和的な)政策は、景気回復の早い国におけるバブルを助長しかねず、景気回復の早い国に合わせた(緊縮的な)政策は、景気回復の遅い国の成長を阻害しかねない。域内格差が生まれないよう域内で協調することが重要だが、倹約4か国をはじめ、特定の国を支援することに対しては反発が起きる可能性もある。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(10)ダンスホールや夜間営業のバーを営業禁止とし、また、飲食店は深夜1時閉店などの措置を実施。
(11)このほか、フランスでも第2波拡大を受けて、職場でのマスク着用の義務付けなどを実施。ドイツでは第2波拡大前からマスク着用の義務化が多くの州で実施されている。
(12)ドイツでは時短勤務制度の支給期間を21年12末まで延長、フランスは一時帰休制度を延長しつつ段階的に拡充範囲を縮小(6月、10月に段階的に縮小、一方でコロナウイルスの経済への影響が大きい産業に対しては特別制度を導入)、イタリアは復興基金合意後に発表された経済対策の中で、一時帰休補助金の12月末までの支給を決定、スペインの雇用維持制度(ERTE)は9月末までとなっており、年末から来年までの延長について協議中。
(13)2023年の基金の配分は2020年以降の実質GDPの落ち込みを考慮して決定される。

●見通し:ポイント

以上の議論を踏まえて、ユーロ圏の経済見通しは以下の通りとした(表紙図表1、図表23)。

・ロックダウンによる経済活動の急停止からは大幅に改善する
-5月以降の改善傾向は続き7-9月期は反動増もあるため前期比年率+31.3%と急増する。
-ただし2020年暦年では成長率は▲8.2%に下落、21年も5.1%の回復にとどまる。

・ウィズコロナ下での経済活動再開となるため、10-12月期以降の回復力は弱い
-業種・地域を限定した行動制限やソーシャルディスタンスなど感染回避行動は長期化する
-そのため回復ペースは遅く、GDP水準が元の水準に戻るまでには、数年を要する
-足もとの失業率増加は限定的だが、景気減速の長期化によって失業者も顕在化し、21年1-3月期には10%まで上昇する

・先行きの不確実性は高く、感染再拡大と封じ込め政策再強化などの下方リスクは大きい。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

物価・金融政策・長期金利の見通し

●見通し:物価は低インフレ

物価については、年初来から原油価格の下落を主因として低下しており、これに加えて2020年7月以降にドイツで実施されている付加価値税(VAT)引き下げ(14)や、ユーロ高による輸入物価低下圧力などが要因となり、8月のHICP上昇率は前年同月比▲0.2%とマイナス圏に突入している。原油価格を除けばコロナ禍による需要低迷から、特に外食・宿泊といったサービス価格の減速が顕著で、対面サービス産業の回復ペースが遅いことに鑑みると、この傾向は当面続くとみられる(図表24)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

ただし21年に入ると前年比で見たときの原油価格上昇率がプラスに転じると見られること、21年後半には、VATの引き下げがむしろ前年比として比較される価格に反映されるというテクニカルな要因もあるため、21年後半には1.5%まで上昇すると予想する。暦年で見るとHICP上昇率は2020年で0.4%、21年で1.3%となるだろう。また、予測期間にわたってECBのインフレ目標である2%を下回った状況が続くと見ている(図表23、表紙図表2)。

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(14)税率で19%→16%(軽減税率は7%→5%)への引き下げを12月まで実施する予定。

●見通し:金融政策は追加緩和を想定、長期金利は低位安定

ECBはコロナ禍の拡大を受け、大規模な流動性供給と量的緩和・信用緩和手段を実施、足もとではコロナ対策に特化した1.35兆ユーロ規模のPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)を主軸として、国債を中心に資産購入を続けている。6月には貸出条件付資金供給オペ(TLTROIII)で1.3兆ユーロを超える需要(15)があるなど大規模な流動性供給も実施しており、これらの緩和策によって金利は低位安定、企業への信用創造・資金繰りも支えられている(図表25・26)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

足もとでは、経済が回復基調にあることから、追加緩和策について求められている状況ではない。しかし、PEPPは「少なくとも21年6月まで実施」という条件で実施されており、購入ペースは減速傾向にあるものの、8月のペースでの購入が続けば21年後半には枠に到達する。さらに今年の年末にはPEPPとともに実施されているAPP(資産購入策)の拡大枠(1200億ユーロ)の期限が到来する(16)。

したがって、今年後半には緩和策の延長・拡大、もしくは、打ち切り(終了)の議論が活発化すると見られる。同時期には「戦略見直し(strategy review)」の議論もされるため、ECBの政策姿勢に注目が集まるだろう(17)。

ECBはコロナ禍以前から量的緩和策を実施しており、2021年にかけてインフレ率が目標の2%を大きく下回ると予想されるなかでは、量的緩和策の終了はしないだろう。購入ペースは減速されるだろうが、コロナ禍前と比較すると量的緩和の購入量は増えた状態が続くと見られる。加えてコロナウイルスの収束が見通せず、域内格差の拡大も含めた下方リスクが依然として残る状況では、柔軟性(18)に優れた「パンデミック緊急」という道具を終了することは得策ではなく、PEPPによる緩和策が延長されると予想する。

米国では8月にFOMCで「長期目標と金融政策戦略」の修正が合意され、物価目標に対しては「平均2%」を目指すとして、インフレ率が目標に届かない期間が長期化した場合、インフレ率が2%を上回ったとしても、金融緩和を続ける姿勢が明確化されており、ECBも緩和姿勢では米国に追随する形となると言える。

ECBの緩和姿勢が持続すれば、長期金利の上昇もゆっくりとしたものになるだろう。景気回復と財政拡大によって金利には上昇圧力が強まるが、そのペースはゆっくりで、ドイツ10年債金利は2020年平均で▲0.5%、21年は▲0.4%(図表23、表紙図表2)を想定している。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(15)入札額ベース。借り換えなどを除いたネットの資金供給量は約5400億ユーロ。 (16)ECBは戦略見直し(strategy review)として物価安定の量的定義や金融政策手段、経済・金融分析、市場との対話慣行などの見直しに着手している。金融システムの安定性、雇用、環境の持続性といった点も議論され、当初は20年末までに実施する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大を受けて21年半ばに半年間の延長がされている。 (17)コロナ禍前には月200億ユーロのペースでネット購入していたが、3月12日に20年末まで1200億ユーロを追加で購入をすることを決定した。 (18)例えば、PEPPは各国国債の購入比率として、出資比率(capital key)にもとづく購入を基準にしているものの、一時的にそこから乖離する柔軟性も持たせている。このほか、ECBは購入ペースや資産クラス(国債、社債などの資産種類)についても明確に基準を設けておらず、柔軟性がある点を強調している。さらに、(投資適格級でない)ギリシャ国債の購入も許容している。


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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事
高山武士(たかやま たけし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員

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