1964年の東京オリンピックでは、インフラ関連分野などの特需で活気付いていたが、開催翌年から「昭和40年不況」と命名される低迷期を迎えた。日本では「オリンピックが終わると不景気になる」と信じる人も多いが、2021年の東京オリピック後も不景気に陥るのだろうか?

オリンピック延期とコロナ禍のWショックに見舞われた日本経済

オリンピック
(画像=show999/stock.adobe.com)

オリンピックが終わると不景気となるか否かを検証する前に、まずは足元における日本の情勢について整理しておこう。周知の通り、2020年に開催されるはずだった東京オリンピックは2021年の夏に延期されたが、日本経済にはどのような影響があるのだろうか?

専門家によるオリンピック延期後の景気見通し

第一生命経済研究所経済調査部の首席エコノミストである永濱利廣氏は、まだ延期が決定していなかった2020年3月16日のレポートで、オリンピックが延期になれば、開催する年に期待される経済効果は、GDPベースで+1.7 兆円、経済波及効果ベースでは+3.2兆円程度が失われることになると指摘している。

オリンピック開催の見送りが、日本経済に大きなマイナス作用を与えうるわけだが、延期の理由が新型コロナウイルスの世界的感染拡大であるだけに、いっそう状況は深刻だ。

コロナショックで深刻化する景気後退

各国が入国制限を強化したことによって、グローバル規模でヒトの移動がほぼストップしたことに加えて、4〜5月にかけて商業施設などの休業も続いており、日本経済が景気後退に陥ったのはまず間違いないものと思われる。

過去のオリンピック開催国における開催直前の状況と比べて、コロナ禍に置かれている日本の状況は明らかに異質であると言えよう。そのことを念頭に置いたうえで、過去のオリンピック開催国の、オリンピック終了後の景気の動向について振り返ってみたい。

過去30年間でオリンピック後にマイナス成長に陥ったのは1ヵ国のみ

当然ながら、前回の東京オリンピック開催時(1964年)と比べて、現在のグローバルな経済構造は大きく変化している。したがって、あまりにも古い時代まで遡って、オリンピックに関連する好不況について検証するのは無意味かと思われる。

こうしたことから、みずほ総合研究所の経済調査部主任エコノミストの宮嶋貴之氏が作成したレポートを参考に、過去30年間における夏季オリンピック開催国における五輪後の景気動向を検証してみたい。

過去30年間に開催されたオリンピックは、以下の7大会である。

  • 1992年:バルセロナ大会(スペイン)
  • 1996年:アトランタ大会(米国)
  • 2000年:シドニー大会(オーストラリア)
  • 2004年:アテネ大会(ギリシャ)
  • 2008年:北京大会(中国)
  • 2012年:ロンドン大会(英国)
  • 2016年:リオデジャネイロ大会(ブラジル)

これらの国々における、オリンピック開催後の実質GDP成長率を確認してみると、マイナスに転じていたのはバルセロナ大会後のスペインだけだった。他の6ヵ国においては、開催後もGDPはプラス成長が続いていたのだ。

スペインのケース

スペインのケースにしても、オリンピックの反動がマイナス成長の主因とは言いがたいと宮嶋氏は分析している。1992年9月のポンド危機(英ポンドの暴落)が飛び火し、主要国が通貨下落防止のために一斉に金融引締めに転じたことから、欧州全域で景気が低迷していたのだ。

プラス成長でも成長鈍化?

また、プラス成長とはいえ、シドニー大会(2000年)後のオーストラリアとアテネ大会(2004年)後のギリシャ、北京大会(2008年)後の中国では、実質GDP成長率が鈍化していたのも事実だが、これらもオリンピックの反動と捉えるのは乱暴なようだ。

2001年にはITバブル崩壊、2009年にはリーマンショックといった経済危機が発生していると宮嶋氏はレポート上で述べている。

一方で、ギリシャについては外的要因が見当たらないのも確かだ。しかも、開催年はGDPが5%台の成長率であったが、翌年には0.6%台と大きく見劣りする結果となっている。

ギリシャの景気急減速の背景には、オリンピック特需による建設投資急加速の反動があるようだ。もう1つのオリンピックによる経済効果である「インバウンド需要」だが、開催翌年におけるギリシャの訪問外国人旅行者数は前年比で増加していた。

オリンピック開催中止による日本経済の損失は甚大

では、2021年に東京オリンピックが無事開催されたら、日本経済はどのような展開を見せるのだろうか。

オリンピック開催後、日本経済は回復していく?

東京オリンピックの開催が決定した2013 年9月以降、新国立競技場が象徴するように首都圏では関連インフラの整備が進められてきた。また、オリンピック開催を受けて大規模な再開発事業も展開されてきたし、その前から拡大してきたインバウンド需要に対応した宿泊施設の拡充も進められていた。

もっとも、2017年半ば頃から、東京における建設工事の出来高は頭打ちとなっていると宮嶋氏は指摘する。

今回の日本において、オリンピック特需に伴う建設投資は、既にピークアウトしていた可能性が考えられるわけだ。だとすれば、経済動向がギリシャと同じパターンとなることはまず考え難いだろう。

新型コロナウイルスのパンデミックという大きな外的ショックが発生した点は、オーストラリアや中国のケースと似ているが、どちらも開催後に発生した問題であるため、あまり参考になりそうにない。だが、冒頭でも触れたように、オリンピック開催前の段階で、コロナ禍に足を引っ張られて日本の景気は後退色を強めていることは明白である。

つまり、開催前が経済の最悪期となっており、オリンピックを開催できるまでに至ったとしたら、それは日本経済がそこまで復調したことを意味するだろう。オリンピック開催後に経済成長が腰折れするどころか、その先も回復基調が続いていく可能性も考えられる。

新型コロナの世界規模のパンデミックの収束が必須

もちろん、手放しで楽観するのも禁物だ。日本での新型コロナウイルスの感染拡大は限定的だったものの、世界的には依然として深刻な情勢が続いており、オリンピックは開催国さえ平時に戻れば遂行できるものではない。

IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長は、英国BBC放送のインタビューに応じ、「2021年に開催が無理になった場合は夏季オリンピックは中止とする」との見通しを明らかにした。

もしも東京オリンピックが中止となった場合、日本国内の経済に大きな効果をもたらすと期待されていただけに、国民心理的にも失われるものは計り知れないと前出の永濱氏は捉えている。

そして、「東京オリンピックが中止になった場合に最も注意しなければならないのは、日本人や外国人旅行客の特需が失われること」との見解を示している。

インバウンド需要がどこまで回復するのかが大きなカギ

新型コロナウイルスの感染拡大リスクが蔓延り、海外からの観戦客の来訪も見込めない状況下では、無観客でのオリンピック開催を敢行するというシナリオも考えられる。

最大の焦点はコロナが収束するかどうか

無観客であっても東京五輪が開催されれば、テレビの買い替えサイクルに伴う需要効果は期待できるが、需要創出額は 4,000 憶円程度であり、経済的には厳しいとの永濱氏は見解を示している。

国が「観光立国」のスローガンを掲げていただけに、オリンピック開催後もインバウンド需要の増加が続くとの期待が高く、大都市圏や観光地のみならず、地方にも外国人旅行者が足を運び始め、各地で再開発や宿泊施設の建設も進行していた。

東京オリンピックの開催に向けては、当然ながら建設需要が首都圏に集中してきたが、日本国内における外国人旅行者の行動範囲が拡大することで、オリンピック開催後は建設需要が地方にも広がっていき、インバウンド需要の全国的な拡大の可能性が考えられた。

インバウンドが戻ってこなければ、こうしたバラ色のシナリオが再浮上することは考え難いだろう。そういった意味でも、新型コロナウイルスの感染拡大が、いつ頃、どのような形で収束していくのかが最大の関心事となる。

無論、有効なワクチンと治療薬の早期開発に成功し、人類が優勢を保った形で新型コロナウイルスとの共存ができる状況を迎えるのがベストシナリオだ。東京オリンピックの開催を控える日本のみならず、世界中の人たちが同じ思いでいることだろう。

オリンピック後は不景気にならない

過去30年間のオリンピックの状況を見る限り、オリンピックが終わると開催国は不景気になるという法則は当てはまらない。しかも、今の日本は新型コロナウイルス禍という、今までのオリンピックにはない非常時であり、仮に何らかの法則性が存在していたとしても、その例外となってこよう。

東京オリンピックの開催の可否に関わらず、依然として新型コロナウイルスに関しては予断を許さない情勢が続いていることは間違いない。それだけに、特にインバウンドの動向などを中心に、今後の経済動向を注意深く観察しておきたい。(提供:THE OWNER

文・大西洋平(ジャーナリスト)