近年、M&Aは重要な経営戦略の一つになりつつある。日本でも、大企業はもちろん中小企業でも、M&Aは増加の一途をたどっている。そこでこの記事では、大企業と中小企業および世界のM&Aの成功事例を紹介し、最後に中小企業がM&Aを成功させるポイントを解説する。自社のM&Aを検討する際の参考にしてもらいたい。
大企業のM&Aの成功事例5選
最初に、大企業のM&Aの成功事例を5つ見ていこう。
1. 楽天の事例
楽天グループはM&Aのお手本とも言えるほど、M&Aを次々に成功させ事業規模を拡大している。2000年代初頭からIT企業とのM&Aを進め、経済分野での基盤を確立した。後に「楽天トラベル」となる「マイトリップネット」を、また後に「楽天証券」となる「DLJディレクトSFG証券」などを買収して、事業規模をさらに拡大した。さらにアパレル系のECサイトなどを買収することによって、シナジー効果を生み出している。近年は、海外企業とのM&Aにも積極的だ。
2. 日本たばこ産業(JT)の事例
日本たばこ産業(JT)は、海外企業とのM&Aについては日本でトップクラスの企業と言える。1999年にRJRナビスコ社からアメリカ国外のたばこ事業を買収し、販売数を約10倍にまで拡大した。この成功は、マーケティングの強化によって世界規模で知名度が上がったことが主な要因と考えられている。
2007年のGallaher社とのM&Aでは、培ったM&Aのノウハウを活用し、約100日で統合作業を完了させたことで知られている。他にも多くのM&Aを行ってきたJTは、主要たばこメーカーとしての地位を世界規模で確立している。
3. ソフトバンクの事例
ソフトバンクグループも、数多のM&Aで成長してきたことで知られている。通信事業に参入した後、2004年に日本テレコムとのM&Aによって通信事業を軌道に乗せた。さらに英国のボーダフォンを買収し、事業規模を一気に拡大した。
その後も多くのM&Aを実施し、株式公開以降の売上は20年で80倍以上になった。売上の成長度としては日本でトップクラスの企業である。
4. 日本電産の事例
総合モーターメーカーである日本電産は、これまでに600社近くを買収してきた。その特徴は、自社の事業であるモーターに関連する会社を買収することで、それによって高いシナジー効果を生み出している。
また、M&A後の統合作業を売り手企業に配慮して行うことも特徴だ。役員や従業員を引き続き雇用するだけでなく、ブランドを残すことも多い。買収した企業の従業員のモチベーションが高く保たれるようにすることで、M&Aを成功させている。
5. ガーデングループの事例
ガーデングループは、上記の事例と比べれば企業規模は小さいものの、M&Aを活用して成功している企業として知られており、これまでに家系ラーメンチェーン「壱角家」やステーキチェーン「鉄板王国」などを買収してきた。
ガーデングループのM&Aの特徴は、経営不振に陥った企業を買収し、事業を再生することだ。従業員教育などを通じて現場から事業再生を図ることや、高度なノウハウを持っていることが成功の秘訣と言える。
中小企業のM&Aの成功事例5選
次に、中小企業のM&A成功事例を5つ紹介しよう。
大手商事会社の子会社を自動車部品開発・販売企業が買収
大手商事会社の子会社で、全損認定車両処分に関する事務代行業務を行うA社は、親会社の方針により売却されることになった。M&A仲介会社で候補を探すと、9社が買い手候補として手を上げ、その中から選ばれたのは、自動車部品・用品の開発・販売を行うC社だった。A社の役員報酬引き上げや、A社社員のために都内にオフィスビルを借りるなどして、「従業員満足」を有言実行している。
事業承継のため大手調剤薬局に自社を売却したH社
静岡県で調剤薬局を経営してきたH社では、経営者の年齢が60歳を超え、事業承継が焦眉の課題であった。4人の子どもは薬学部へ進学しなかったため親族承継の選択肢はなく、M&Aによる事業承継を検討した。
取引先の銀行に相談すると、M&A仲介会社を経由して全国に展開する大手の調剤薬局を紹介された。話はスムーズに進み、すぐに新しい薬剤師が派遣され、引き継ぎも無事終了した。経営者は孫の面倒を看るなど家族との時間を満喫している。
経営のパートナーを得るために食品事業会社の傘下に入った和菓子屋
親族内承継で京都の和菓子屋の4代目となったN氏は、新商品開発などで家業の経営改善を行い、法人化も達成して、気がつけば従業員15名の大所帯に成長した。しばらくして、右腕として頼ってきた社員が退職することになった。
自信を失いかけ不安になっていたところ、税理士からパートナーを得るために会社を譲渡する提案を受けた。複数の買い手候補の中から食品事業会社を選んでその傘下に入り、現在はグループの一員として仲間を増やしていくことに情熱を燃やしている。
事業承継で大手建設会社に売却した建築設計事務所
業界の賞を受賞し、業績も順調に伸びていた建築設計事務所S社は、経営者が高齢になって病気を患ったため、事業承継を考えることになった。3人の息子は建築学科へ進まなかったため、M&Aによる事業承継を決断した。
商工会議所を経由してM&A仲介会社へ相談すると、すぐに多数の買い手候補企業リストを提示された。その中から「ハートがある会社」と思え、また商材ルートがあるためにシナジー効果が期待できる大手建築会社に売却を決めた。
成長戦略としての事業承継のためにM&Aを選択した家事代行業者
富裕層向けの家事代行業を営む従業員156名のM社は、後継者として育てていた娘が急逝し、親族内承継の道が絶たれた。一時はMBOによる従業員への承継も考えたものの、セミナーなどに参加するうちに「成長戦略としてのM&A」を選択することを決断した。
複数の買い手候補企業の中で、最終的に売却先として選んだのは大手人材サービス会社だった。自社の成長の足かせとなっている人材不足を解消できること、また事業がマッチしていることが決め手となった。
世界のM&Aの成功事例5選
ここからは、世界のM&Aの成功事例を5つ紹介しよう。
1. AT&TがディレクTV・タイムワーナーを買収
アメリカ通信大手AT&Tは、大型買収を繰り返して事業規模を拡大している。2014年には米衛星テレビ放送最大手のディレクTVを総額671億ドル(約7兆円)で買収し、アメリカや中南米で多くの契約者を獲得した。
2017年には、総額1,087億ドル(約11兆円)でメディア企業大手のタイムワーナーを買収した。これによって、老舗の映画スタジオ「ワーナーブラザース」やCNNなどの人気ケーブルテレビ局を傘下に収めることになった。
2. DellがEMCを買収
2015年10月、米パソコンメーカーであったDellはストレージ機器開発企業EMCを総額670億ドル(約7兆円)で買収した。これによって誕生したDell Technologiesは、Virtustream、RSA、Pivotal、SecureWorks、VMwareなどを傘下に収め、従業員14万人超、年間売上約740億ドルの世界最大のテクノロジー企業群となった。
これによって、Dell TechnologiesはPCやサーバ、ストレージ、仮想化、セキュリティなどの多様なサービスを、世界トップレベルで提供できるようになった。
3. クラフトフーズグループとHJハインツの合併
米食品大手のクラフトフーズグループと、ケチャップの販売で知られるHJハインツは、2015年に合併した。食品業界では過去最大のM&Aであり、合併後の新会社は食品・飲料業界において北米で第3位、世界第5位の規模となった。
この合併の狙いはシナジー効果だ。合併により原材料の調達コスト削減が見込まれるほか、北米市場が中心であったクラフトの商品を、ハインツの販路を利用して海外へ販売することも視野に入れられている。
4. チャーターコミュニケーションズがタイムワーナーケーブルを買収
2015年5月、米ケーブルテレビ4位のチャーターコミュニケーションズが、2位のタイムワーナーケーブル(TWC)を総額787億ドル(約10兆円)で買収した。同年3月には、チャーターコミュニケーションズは6位のブライトハウスネットワークスも買収しており、顧客数は1位のコムキャストに迫っている。
アメリカの有料テレビでは、ネットフリックスなどの動画配信サービスに顧客が流出しつつある。規模を拡大することで、価格競争力などを維持することが狙いだ。
5. セブン&アイホールディングスがアメリカ7-Elevenを買収
2005年、セブン&アイホールディングスはアメリカ法人の7-Elevenを完全子会社化した。7-Elevenは1980年代より、ファストフード店や他のコンビニエンスストアどの競争激化で業績が低迷していた。
支援を求められたセブン&アイホールディングスは、米7-Elevenの運営会社サウスランド社を1990年に買収していた。自社のノウハウや商品管理システムを導入し、7-Elevenの立て直しに見事成功している。
M&Aを成功させるポイントとは?
最後に、M&Aを成功させるポイントを、特に中小企業について見ていこう。
1. 経営者の価値観が一致すること
M&Aを成功させるためにまず重要なのは、売り手と買い手の経営者の価値観が一致していることだ。価値観が一致しないと、M&A後にうまく融合できないといったトラブルが起きやすい。
2. デューデリジェンスに頼りすぎないこと
M&Aにあたっては、慎重なデューデリジェンスが必要であることは言うまでもない。しかし、デューデリジェンスに頼りすぎるのは禁物だ。経営者自身が相手企業の経営者の考え方や、取引先などの評判を見極めないと、M&A後に隠れた問題が発覚するおそれがあるからだ。
3. 干渉しすぎないこと
M&A後は、買い手企業は売り手企業に干渉しすぎないことが重要だ。売り手企業の社風や慣習を重んじないと摩擦が生じやすく、相乗効果が薄れてしまうことが多い。
4. M&Aの目的が明確であること
M&Aにおいて重要なのは、その「目的」だ。目的が不明確なまま交渉を進めると、妥協点が見出せない、M&A後の相乗効果が生まれないといった問題が発生しやすい。
5. 多少のアラには目をつぶること
売り手にとっても買い手にとっても、M&Aで「完璧な理想の相手」を見つけることは困難だ。調べるうちに多少のアラが見えたとしても、自社で対処して解決できるようなら目をつぶることも重要だ。
ポイントを押さえてM&Aを成功させよう
M&Aは近年多く行われるようになっており、成功事例も豊富にある。そこから、成功するポイントも明確になってきている。成功事例を学びながらポイントを押さえて、M&Aを成功させよう。(提供:THE OWNER)
文・高野俊一(ダリコーポレーション ライター)