(本記事は、三科公孝氏の著書『儲かるSDGs ーー危機を乗り越えるための経営戦略』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

観光
(画像=PIXTA)

栃木県の「日光でも那須でもない地」に人が訪れ始めた理由

「SDGs(エスディージーズ)」とは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットで世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です。

このサミットでは、2015年から2030年までの長期的な開発指針として、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。この文書の中核を成す「持続可能な開発目標」をSDGsと呼んでいます。

今回ご紹介するのは、栃木県の足利市・鹿沼市・佐野市・栃木市の観光の事例です。

書籍では、自然を活かした観光の事例を多くご紹介していますが、それ以外のSDGs観光事例として参考になるものかと思います。

自然以外のSDGs観光とは

4市との関わりは、市の観光課より、JR東日本の『「本物の出会い 栃木」デスティネーションキャンペーン』の際にコンサルティングのご依頼をいただいたことがきっかけでした。

3年にわたる同キャンペーンの終了後もコンサルティングを継続させていただいているので、少なからず貢献できた部分はあるのかなと捉えています。

SDGs的観点で観光振興策を考える場合、大切なポイントは「お金をかけない」ことです。

単純な話ですが、どれだけ効果的でも、お金がなくなると継続できなくなってしまうため、初期費用だけでなく、メンテナンス費用が多くかかる施策もできるだけ避ける必要があります。

観光でよくあるのが、ほかの産業と比べて「一過性のイベント」として考えられがちだという点です。

博物館や美術館は、定期的に企画展を行うのが普通ですし、常設展だけで継続して人を集めるのは難しいので、長野県坂城町の鉄の展示館や、足利市立美術館のような企画はよいのですが、近年は地域を舞台にした周遊型のイベントが少なくありません。

自治体の首長の方などは、このようなイベントでたくさんの人を集める、わかりやすい成果を求める向きが多いのですが、個人的にはあまりおすすめできません。

なぜなら、そのためにつくったものが残らず、メンテナンスの費用や手間はかからないものの、単発のイベントは設営や撤収の費用が都度かかるからです。そのため、仮に人をたくさん集められても費用対効果が悪く、特別なイベントであることで、イベントがない時期の観光需要も喚起しにくく、打ち上げ花火的な効果に終わることもままあるのです。

設営や撤収の雇用創出、ボランティアのみなさんが集まることによる地元への愛着心の醸成といった効果はあるので、頭ごなしに否定するつもりはありません。とはいえ、「持続可能性」という点も検討すべきでしょう。

オーバーツーリズムとウェディングケーキモデル

4市の担当者のみなさんは、このような私の意見に最初から賛同してくださり、「イベント成功が観光成功ではない」という考えを共有することができました。

そこで掲げたのが、「豊かな環境と豊かな社会があって、持続可能性の高い観光が実現できる」というビジョンです。

近年、多くの観光客が訪れることで、地元の社会や地元民に過剰な負荷がかかる「オーバーツーリズム」が問題となっています。日本でも、京都の祇園で、芸妓や舞妓の無断写真撮影が問題になるなど、ニュースに取り上げられる機会が増えています。

人が集まらない自治体には贅沢な悩みに見えるかもしれませんが、そこに住む方々が犠牲になる観光の儲けは長く続くものではありません。特に、単発のイベントでそのレベルの集客を実現しようとする場合、地元民の協力は必要不可欠です。一度や二度なら、負担以上に「人が集まること」に喜びを感じられるかもしれませんが、自分たちが苦しむような取り組みに関わり続けるのは難しいでしょう。

そこで思い出していただきたいのが、前回も触れたSDGsのウェディングケーキモデルです。

観光で人を集めるのは、上にある経済の目標です。その下の社会と環境をおろそかにしては、継続的な成功は得られません。

奈良時代から江戸時代まで一本で楽しめる観光街道

私たちは、そのような考えから、「街道観光」に着目しました。

街道観光は、観光名所を効率的に巡れる順路を用意し、パッケージとして提示するもので、中山道や東海道のような1本の街道である必要はありません。海外にはドイツの「ロマンティック街道」のような成功例があります。

日本でも国土交通省が力を入れており、「日本風景街道」を取りまとめています。また、ローカルで小規模なものが多いものの、鹿沼市にも複数ある「そば街道」も街道観光の一種と言えます。

日本風景街道の知名度はまだそれほどではありませんが、街道観光は、お金をかけずに、もともと地域にある武器を活用するSDGs的観光には、非常に親和性が高いと考えます。

4市の持つ武器から何か策定できないかと考える中で浮上したのが「例幣使(れいへいし)街道」です。

街道そのもののストーリーが魅力的であり、「例幣使道という道」を観光資源として4市を活性化させる取り組みを進める方針が固まりました。

徳川家康公が亡くなって日光東照宮に祀られてから、京都の朝廷より、幣帛(へいはく・神前に捧げる供物)を奉納する「例幣使」という勅使が毎年遣わされるようになります。その勅使が通った道が例幣使街道です。現在も自治体が「例幣使街道」「日光例幣使街道」と名づけた通りがあり、たとえば栃木市の例幣使街道は、黒塗りの見世蔵や白壁の土蔵群が現存する、歴史好きなら歩くだけで楽しめる通りとなっています。

この例幣使街道を4市でたどると、足利市には日本最古の学校とされ、フランシスコ・ザビエルが「坂東の大学」と評し、織田信長や豊臣秀吉と会見したルイス・フロイスが『日本史』に「坂東随一の大学」と記した足利学校がありました。佐野市には「佐野厄除け大師」の愛称で知られる惣宗寺(そうしゅうじ)、鹿沼市には日光山の彫刻師が造ったとされ、日光東照宮の建築物を思わせる見事な彫刻の屋台で、毎年「鹿沼秋まつり」で市内に繰り出される彫刻屋台などの観光資源が見えてきました。

ここで私が着目したのが、その歴史の幅広さです。

足利学校の創設には諸説あるものの、最も古い説は832年に小野篁(おののたかむら)が創設したというものです。また、鹿沼市は日光山を開いた勝道上人(しょうどうしょうしょうにん)が拠点にしたと言われる地で、奈良時代の歴史をいまに伝えていることに気づきました。

戦国時代や江戸時代の有名な史跡でも長くて約500年、京都の歴史も、それまでに長岡京などもあったにせよ、平安京からと考えると平安時代以降。「奈良時代から江戸時代までを辿れる観光街道」と銘打てば、1本の道で千年以上を楽しめるニッチトップではないかと考えたのです。

この取り組みの成果はまだまだこれからですが、別件で栃木市を訪れた際に、例幣使街道が通り、蔵がたくさん残る「栃木市嘉右衛門町(かうえもんちょう)伝統的建造物群保存地区」を楽しむ多くの方々や、カフェなどが賑わっている様子を拝見する機会がありました。これらはおそらく観光バスで訪れた方々だろうと思われます。

嘉右衛門町地区は、その街並みに惚れ込んだ若い方々が、古民家などを改装したオシャレなお店を開いており、若い女性の観光客も多いのです。

例幣使街道は、日光東照宮やあしかがフラワーパークのような、全国的にも世界的にも有名な栃木県の観光名所をセットで巡れるというメリットもあります。パンフレットの制作費用などを除けば、お金もそれほどかけずにできるこの施策、長く続けてSDGs観光の成功例としたいと意気込んでいます。

不足を感じるなら「連鎖」させればいい

ここまでお読みになって、「例幣使街道は十分に魅力的で、うちの地域には同じような観光資源はない」と思う自治体の方もおられるかもしれません。

しかし、書籍でご紹介している、木曽の伝統的な漬物「すんき」の事例のように、地元民の目には当たり前に映るものの、外部の人間にはとても魅力的なものが、どこかに隠れている例は実に多く見られます。

以前、山口県山口市で仕事を終えたあとに市内を散策しているときに、趣のある建物を見つけて入ってみると、誰もおらず、実にリラックスした時間を過ごすことができました。しかし後日、実はそこが、薩長同盟のための秘密の話し合いがなされた歴史的な場所だとわかったということがありました。

ほかにも、世界文化遺産登録を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産の1つの近くを通りかかる機会があり、見に行ってみると、こちらも人はほとんどいませんでしたが、非常に良い時間を過ごせました。

人がいなかったのはたまたまかもしれませんが、どちらも魅力的な場所で、仕事柄、ついつい「アピール次第でもっと人が呼べるはずなのに……」と考えてしまいました。このような歴史・文化的な施設や史跡がまったくない自治体など、ほとんどないように思います。みなさんが当たり前に思うだけで、知ってもらえれば人を呼ぶ力のあるモノ・場所はたくさんあると私は考えています。

それに、仮に大きな武器が本当になかったとしても、その場合は、点をつないで線にして、前述のような「観光街道」をつくればよいのです。

先にも述べたように、観光街道は、例幣使街道のようにもともとあった1つの通りである必要はありません。そば街道のように、「複数の観光資源を貫く何か1つの理屈」を見つけられれば、観光街道は新たにつくることができます。

無理にお金を使わず、もともとあるものを連鎖の力でつなぎ、観光を盛り上げられれば、これ以上ないSDGs的な施策です。掛け算の発想で、新たな観光資源を生み出してみてはいかがでしょうか。

儲かるSDGs
三科公孝
株式会社ノウハウバンク 代表取締役。
1969年山梨県生まれ。立命館大学文学部哲学科を卒業後、株式会社船井総合研究所に入社。多数の企業のコンサルティングを行い、収益改善や組織改革の経験を積むとともに着実に成果を上げる。
2000年に同社退職後に独立し、株式会社ノウハウバンクを設立。中小企業の集客・売上アップ・販路開拓などの企業活性化プロジェクトとともに、地域資源活用によるヒット商品開発や観光集客・PRなどの地方創生プロジェクトも手掛けるほか、研修・講演活動なども行う。
企業・官公庁・公的団体など組織形態を問わず、実践的で確実に売上・集客につなげるコンサルティング手法に定評があり、特に近年は、東京ビッグサイトや幕張メッセなどでの大規模イベントを含め、全国でSDGsに関する講演・セミナーを行っている。

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