(本記事は、三科公孝氏の著書『儲かるSDGs ーー危機を乗り越えるための経営戦略』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)
なぜ「新規就農わずか5年目の農家」が儲かっているのか
「SDGs(エスディージーズ)」とは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットで世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です。
このサミットでは、2015年から2030年までの長期的な開発指針として、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。この文書の中核を成す「持続可能な開発目標」をSDGsと呼んでいます。
今回ご紹介するのは、京都府福知山市でトマトや米などの生産を手がける小林ふぁ〜むの取り組みです。
妻の小林加奈子さんが畑を、夫の伸輔さんが田んぼと商談を担当し、ご夫婦で農業を営む小林ふぁ〜む。そんな小林ふぁ〜むの看板は、無農薬・無化学肥料で育てた完熟の実を収穫する「かなこ農法」でつくられたトマトです。
美味しいのに「価格が高すぎる」と言われた「とまとのじゅ~す」
もともと、祖母が福知山市六十内(むそち)でつくっていたトマトの味が大好きで、いつか農業にチャレンジしたいと考えていた加奈子さんは、北海道大学の農学部を卒業していました。そんな加奈子さんが、伸輔さんの理解を得て福知山に「孫ターン」して就農したのが小林ふぁ〜むです。
そして、そのトマトを使った「とまとのじゅ〜す」は、小林ふぁ〜むの主力商品となり、京都市内のデパートでも販売されています。
かなこ農法のトマトは、完熟した状態で収穫し、もぎたてをすぐに出荷するのがポイントです。しかし、夏になるとビニールハウス内は大変な暑さになるので、トマトに負担がかかり、見た目が悪くなるものがどうしても出てしまいます。また、大雨に降られると、水分を急激に吸い込んだ実がひび割れてしまうこともあります。味は変わらないことから、ジュースづくりに着手しました。
そんな「とまとのじゅ〜す」、いまでは大人気なのですが、私がお二人と知り合った当時は、地元で「高い」と言われていた商品でした。
ただ、当時は180㎖で400円だったジュースを飲ませていただき、私は「絶対に売れる」と確信しました。加奈子さんは「売れると言ってくれた!」と驚き、私に理由を尋ねたのですが、これまでのトマトジュースとは次元の違うその味に、販路を広げれば確実に売れる自信がありました。
政府が地方創生の看板を本格的に掲げたのは2014年のことですが、私はなぜか不思議なご縁で、21世紀に入って以降、日本各地でセミナーや講演に登壇したり、その地でクライアントとお仕事をさせていただいたりする機会に恵まれていました。
その経験から、本当にいいものは、全国規模で見ると「値段を気にせず買う層」が少なからずいることをひしひしと感じており、むしろ外に出す分には、400円では安すぎるとすら思っていました。いまでは、180㎖のジュースは税込み864円で販売されています。
トマトジュースの瓶の中にSDGsの思想が詰まっている
かつて400円でも「高い」と言われたジュースが2倍の値段で売れるのは、全国に「それでも高くない」と感じて応援してくださるファンの方々がいるからです。
その支持は、当然ながら高い品質あってのものです。かなこ農法は、大変だと言われる無農薬栽培にさらに輪をかけて手間がかかるもので、独自の工夫がたくさん込められています。その手間や加奈子さんのアイデアがトマトの品質を支えています。
ただし、農業の現実は、無農薬・減農薬の作物だからといって、無条件に売れるものではありません。第1次産業である農林漁業者が、生産だけでなく、第2次産業である加工と第3次産業である流通・販売まで一体化して行うことを、1×2×3の意味で「6次産業化」と呼びます。野菜だけでなく、その加工品である6次産業化製品も含めたすべてのものが、無農薬・減農薬栽培で増えた手間を反映した高単価で売れ、収入を保証してくれるわけではないのです(また、新たな栽培方法に挑戦して、想定した収穫が得られるかも確実ではない)。
このジレンマを解決する助けになるのが、ほかでもないSDGsです。
「SDGsなら絶対に高く売れる」とは言いません。まずもって根本的な品質が大切です。小林ふぁ〜むのトマトの美味しさは、かなこ農法あってのもので、農薬不使用=美味しい作物と考えるのも短絡的です。
しかし、高品質で、なおかつ身近な範囲だけでなく外に知ってもらう施策もできているのに売れない商品があるなら、そこに不足している「最後のピース」がSDGsかもしれません。
なぜかと言うと、近年、「お金を使う相手」を非常に重視する消費者が増えているからです。
前述のように、高品質の商品にお金を惜しまない層は、昔から一定数います。そうした考えを持つ方々の多くが、品質の奥にある「企業の取り組み」そのものに注目しているのです。
企業のトップなどによる不適切な発言から、不買運動などの抗議が起こるのもその流れです。
「経営者の考えが前時代的」「商品の製造過程で人権侵害や環境破壊が起きている」―そんな企業の商品なら、どれだけ高品質でも買いたくないと感じる人がどんどん増えています。
そして、実はこのような流れ自体も、SDGsの目線で分析できる行動です。
お金を使う購買活動は、選挙の投票のように「未来を選ぶ行動」でもあります。
この理屈自体は昔から変わっていませんが、未来に対する危機意識の高まりや、政治への信頼の低下などと足並みを揃えるように、「この商品やサービスにお金を落とすと、より良い未来が期待できるかもしれない」と思える企業を応援しようと考える人々が増えています。
そして、そんな人たちは、地球や人間に優しい商品やサービスなら、少々値が張っても買って応援したいと考えます。
だから、SDGs経営から生まれる高品質の商品は、高くてもきちんと売れるのです。
そもそも、180㎖のトマトジュースが800円超という値づけは、消費者の動向にアンテナを張りまくり、こうした意識の変化をキャッチしているデパートのバイヤーからの提案によるものです。とまとのじゅ〜すが注目され始めた時期に、このバイヤーの方から「ご自身で売る分以外は全部買いたい。そのために値上げしていただいてもかまわない」と相談され、小林夫妻が突然のことに驚いていると、先方から「800円でどうですか?」と提案されたのです。
高品質・高価格の商品はニッチ戦略向き
小林ふぁ〜むの無農薬で地球に優しい栽培方法をベースにした戦略は、まさにニッチトップと呼ぶにふさわしいものです。
どれだけ高品質の商品でも、さらにバックボーンにSDGs的取り組みがあっても、コモディティ市場(日用品化して差別化が図れなくなり、全体的に値引き競争に陥っている状態の市場)において高価格でも安定して売れ続けるのは非常に難しいこと。逆に言えば、高価格で売りたい商品やサービスがある場合は、ニッチトップを目指すべきなのです。
もともと加奈子さんは、トマトジュースが大の苦手。生のトマトやトマト料理は大好きなのに、ジュースは飲めないので、「なぜ美味しいトマトがこうなってしまうのか……」と思い、自分たちのトマトをジュースにするつもりはありませんでした。
しかし、味は美味しいのに、見た目がひび割れるなどして、販売できないトマトがもったいないと考え、トマトジュースを試しにつくってみたら、ちゃんと美味しく飲めるジュースができました。とまとのじゅ〜すは、小林ふぁ〜むのトマトをただ絞っただけ。食塩も砂糖も水も一切加えていません。それまでのトマトジュースは味を整えるため、さまざまなものを足してきたことを考えると、これも非常にニッチ戦略的なエピソードです。
また、私がとまとのじゅ〜すを飲ませていただき、高くないどころか、売れると確信したのも、ニッチトップの視点からでした。
大前提として、小林ふぁ〜むのトマトジュースの質は非常に高いものです。とはいえ、高品質・高価格のトマトを使用したジュースはほかにもあります。ただ、それらのトマトジュースは「果物みたい」といった感想が出るタイプの、非常に甘いジュースが多いと小林夫妻は分析していました。
一方、加奈子さんは、まったく甘くないのは好ましくないが、ちゃんと酸味がある「甘くて酸っぱいトマト」を目指しています。そのトマトを使ったジュースは、私が飲んだ経験のない爽やかな味でした。トマトの匂いが苦手な人でもゴクゴク飲める味だと思います。
つまり、「高品質・高価格のトマトジュース」という市場的観点のみならず。味のマトリックスでもブルーオーシャンに位置するニッチなジュースであったのです。
さらに、小林ふぁ〜むのトマトをジュースにして瓶詰めしているのは、京都府与謝野町の「リフレかやの里」という施設です。このリフレかやの里は、障害のある方々が、働きながら一般就労に向けた訓練をしている施設です。ここにもSDGsの思いが込められています。
美味しい作物と豊かさを広げるかなこ農法のフランチャイズ
ここで終わりでも話としては十分に凄いのですが、ここで立ち止まらないのが小林夫妻の凄さです。2018年の夏、新しい農業の仕組みを考えに考え抜いて生まれたのが、かなこ農法の農業フランチャイズでした。
加奈子さんが肥料やミネラルや苗を用意し、生産指導も手厚く行う。できたトマトは小林ふぁ〜むで必ず買い取る。農業に興味がある方や、通年働くのが難しい(トマトの生産・収穫作業は5〜8月)方が、初期投資をほとんどせずに参加でき、ちゃんと収入が得られる。
小林ふぁ〜むとしても、生産量が増やせる上に、仮に自分たちのハウスに問題が起こっても、よほど広範囲の天災などでなければ、フランチャイズに加わったほかの地域のハウスでトマトが収穫できる可能性が高い。売上アップとリスクヘッジを兼ね、フランチャイズ農家も利益を上げられる、文字通りウィンウィンの施策と言えるのです。
現在、かなこ農法の農業フランチャイズは、京都府北部の丹波地域と丹後地域に広まっています。この農業フランチャイズをSDGs的な視点で見ると、地球の持続可能性を高めるかなこ農法というSDGs的な取り組みが、福知山市内の小林ふぁ〜むの畑から、より広い京都府北部地域へと広がっていると考えられます。
SDGsは〝地球〟と〝人間〟を守る
社会貢献と言うと、どうしても環境問題が頭に浮かびがちで、「自分にはできない/大したことはできない」と考える方も多いのですが、それだけがSDGsではありません。
詳しくは本書の冒頭に載せた画像などの説明をご参照いただきたいのですが、SDGsの17の目標を見ると、直接的な環境問題に対する貢献よりも、むしろ「1. 貧困をなくそう」「4. 質の高い教育をみんなに」「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」といった人間の社会問題がテーマになっているものが多いことがわかります。
つまり、平均給与が低い業種の企業が、その水準を上回る給与を自社の従業員に支払えば、「1. 貧困をなくそう」や「8. 働きがいも経済成長も」への貢献と言えるのです(持続可能性がポイントなので、給料を上げた結果として赤字になるのであればSDGsとは言えません)。
この理由はシンプルで、貧困がなくなり、人々の生活が豊かになることで、結果的に地球環境にも良い影響があるからです。
もちろん、これまで人間は経済成長を追い求めるあまり、環境を破壊してしまうこともありました。日本もかつては大変な公害がありました。しかし現在は、問題がゼロではないにせよ、明らかに減っています。それは、日本がある程度、豊かになり、社会が成熟したからです。
海外のスラム地区にゴミがうず高く積み上がることはあっても、平均収入が高い地域でそのようになるのは、滅多なことでは考えられません。基本的には、収入が増えて生活が安定すればするほど、環境負荷を減らす選択肢を選びやすくなります。もちろん技術の進歩も理由の1つに挙げられますが、そのような進歩も豊かさあってのものです。
SDGsの重要ポイント「連鎖」
小林ふぁ〜むのフランチャイズ事業は、フランチャイズ農家さんが、農薬不使用のかなこ農法を取り入れることで「15. 陸の豊かさも守ろう」に貢献できます。また、きちんと美味しいトマトが収穫できれば「2. 飢餓をゼロに」にもプラスになります。
ただ、このフランチャイズ事業の真価は、むしろ人間社会の問題に対する目標にこそ、あるように感じます。一般的な栽培法による作物を、数多くの中間流通を経て消費者に届く従来の流通ルートに買い取ってもらうよりも、単価の高いかなこ農法のトマトを買い取ってもらうことで収入を増やす農家さんが増えれば、「1. 貧困をなくそう」や「8. 働きがいも経済成長も」に貢献することになります。
そして、SDGsの超重要ポイントは「連鎖」です。
言ってしまえば、世界的な大企業のトップでもなければ、地球や社会に一人で与えられる影響は小さいものです。しかし、ある人がSDGs的な取り組みをすることで、関係者が豊かになったり、自身の収入もアップすることで、さらにSDGsに関わりたいと考える人が増えるような連鎖・循環が重なっていけば、個人の発信が大きな活動となって社会を変えることもあるように、小さなきっかけが大きく社会を変えるかもしれません。
正直、「持続可能な社会なんてつくれるの?」と思われる方もいるかもしれません。
でも、いち個人、いち企業にできることは、本当に小さいことで十分なのです。
少しでも、SDGsに貢献して、それを持続させる。
もしかしたら「自分にできることはたかが知れている」と思い悩む人もいるかもしれません。しかし、同じように「地球や人のためになることがしたい」と考え、行動する人が増えれば、次第に連鎖を生む確率が上がり、必ずどこかで大きなうねりが起こるはずです。
地球をはじめとした宇宙の星の成り立ちは、最初は何もない宇宙空間に漂っていた目に見えないような微細なチリやホコリやガスが集まるところから始まっています。
チリやホコリやガスは、集まることで少しずつより強い引力を獲得し、さらに周りのチリやホコリやガスを集めていきます。この繰り返し・連鎖により、より大きくて重いものも引き寄せ、巨大な星へと形を変えていきます。
こうやって生まれた地球だからこそ、地球の持続可能性を高める取り組みも、最初は目にも見えないような小さな取り組みから始まるのは自然なことなのです。