鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

ここ数年、上場企業による黒字リストラが増加傾向にある。昨年はファミリーマートやアステラス製薬といった大手企業が、自主退職を呼びかけたことが注目された。なぜ、上場企業は黒字であるにも関わらずリストラを敢行するのであろうか。今回は、黒字リストラの実情や目的について説明する。

2019年の黒字リストラは前年比3倍前後に

リストラ
(画像=tadamichi/stock.adobe.com)

東京商工リサーチによれば、2019年1月から11月までの間に早期・希望退職を募集した上場企業はのべ36社、対象人数は1万1,351人に達した。これは2018年の12社、4,126人の約3倍となり、2014年以降最多となる。

早期・希望退職は、いわばリストラの一つだ。売上の低下や利益の減少を理由に行うことが多く、先の36社のうちの約7割に相当する24社が業績不振によるものだった。

赤字=リストラではない

しかし、赤字だからリストラを行うとも限らない。この24社の内、直近決算で最終赤字を計上したのは16社、他は減収減益だが黒字であった。さらに、他の12社が堅調な業績を示していることを加味すると、黒字企業によるリストラ、つまり「黒字リストラ」を敢行したのは20社であり、全体の5割超となる。

2020年1月時点でも早期・希望退職の実施が明らかとなった企業は9社あり、約1,900人に対して行われたようだ。大手食品メーカーの味の素は、2020年1月6日から50歳以上の管理職に対して約100名の希望退職者を募集し、特別加算金を退職金に上乗せして再就職を支援する旨を発表した。

なお、味の素の今年3月の最終決算は売上高1兆1,000億円、事業利益992億円、当期の純利益188億円であり、業績が悪いとは言えない。こういった実例から、リストラは従来のように赤字企業だけが行うものではなく、黒字でも実施する傾向にあることが見て取れる。

黒字リストラとは何か

黒字リストラとは、業績が好調であっても敢えて行われる企業構造の再構築である。従来の赤字リストラのように、業績を立て直すために単純にコストを切り下げることが目的ではなく、今後の経済動向に先行して生き残りを図るべく行うことが多い。

戦後から高度経済成長期やバブル期までは、大量かつ安定した労働力を確保して経済成長を成し遂げるべく、終身雇用や年功序列を基盤とした人事制度が主流だった。しかし、バブル崩壊とその後の経済の低迷、そして少子高齢化の進行により、徐々に人材採用を含めて経営の効率化が図られている。

2019年5月、経団連の中西宏明会長が定例会見で「終身雇用は制度疲労を起こしている」と制度の限界に言及したことは記憶に新しい。

早期希望退職の対象はバブル世代を含む40代後半から50代

早期・希望退職の募集対象はバブル期に入社をした世代を含む、40代後半から50代が中心である。バブル入社組と言えば、「内定をもらうとハワイ旅行に連れて行ってもらえた」など超売り手市場で就職した世代だ。当時は企業が今ほど能力や実績に頓着しておらず、人材確保にひたすら邁進していた時期でもある。

経済成長が伸び悩んだ今、より低いコストで高い業績を出すには、人件費の高くなりやすい管理職を削減した方が効率的と見ているようだ。働き方改革の推進や定年制度の見直しなどの動きと併せて考えると、今後もこの世代が早期・希望退職の対象となっていくと思われる。

黒字リストラは上場企業が中心

黒字リストラを行うのは、もっぱら上場企業だ。上場企業は中小企業に比べて人材採用の規模が大きく、常に優秀な人材が集まりやすいこと、資金力があるため手厚い退職金を払っても経営に支障がないことなどが背景にあるとみられる。

なお、2019年の早期・希望退職者を募った企業の内11社は、富士通などの電機メーカーだった。電機機器分野は、アジアの専業メーカーの台頭により価格競争が激しくなっている。また、薬価改定などで厳しい経営環境に置かれる製薬業界でも、アステラス製薬や鳥居薬品、中外製薬が早期退職希望者を募集した。

黒字なのにリストラをする理由2つ

黒字リストラが進んでいる背景については浮き彫りになったであろうが、ここで、黒字経営にも関わらずリストラを行う理由を整理してみよう。

理由1. 企業の体質改善

黒字リストラの一つ目の理由が企業の体質改善だ。先ほど説明したように、終身雇用や年功序列といった従来の人事制度が日本経済の流れに合わなくなった以上、見直さざるを得ないという現実がある。

だが、問題は人事だけではない。企業そのものが、より効率的に利益を生み出すために、事業構造を変えていかなくてはならない。黒字リストラは、あくまで事業構造改革の一つに過ぎないのだ。

多くの上場企業は、国内だけではなく海外企業とも激しく競争をしていかなくてはならない。そのような中、年収1,000万円を超える中高年の管理職を硬直的な人事システムで抱え続けていては収益力が落ちる一方だ。また、彼らの全員が利益を生み出すだけの能力を備えているとも限らない。

上場企業に必要なのは、既存の技術・発想・専門性ではなく、急激な時代や環境の変化に対応できる柔軟性や新たな発想力なのだ。つまり、雇用の発想を量的な「人材」から質的な「人財」にシフトしている最中なのである。

・事業成長に欠かせない「人財」や「技術」に新たな投資を実施

上場企業は高コストの中高年の人材を圧縮することで得られた資金を、「高額報酬インターンシップ制度」などに投入して、若くしてITスキルや多言語能力を持つ優秀な人材を獲得するのに充てる動きを始めている。

昨年2,800人超のリストラをした富士通は、高度な技術をもつIT人材に対しては30代でも4,000万円という高報酬を支払っているが、これはほんの一例に過ぎない。

この他、パターン化された定型業務については、人工知能(AI)による自動化を進めようとする動きも見られるが、このAI投資も黒字リストラにより捻出された資金が充てられる。

黒字リストラでは、単に人件費を削減しているわけではなく、より効率の良い投資を行う方向にシフトしているのだ。海外ファンドからガバナンスの強化を迫られ、株主利益優先の時代となった今、上場企業としてはそうせざるを得ないのである。

理由2.時代を先読みしたリストラ

黒字リストラのもう一つの理由は、時代を先読みした経営リスクの回避だ。黒字リストラの対象となるのは、家族や住宅ローンを抱える中高年が中心だが、彼ら個々人を取り巻く環境も変わりつつある。国の財政問題や確定給付を前提とした年金制度の疲労により、定年退職する年齢が徐々に引き上げられているのだ。

1970年代まで定年退職の年齢は55歳だったが1998年に60歳、2013年に65歳に設定された。そして2020年1月からは希望者は70歳まで働くことが可能となり、2021年4月からは70歳定年が企業の努力義務になる。

働く側としては働いて収入を得る期間が長くなるわけだが、企業からすれば、年々収益力の落ちる人件費を長期間負担しなくてはならないということだ。グローバルな競争を迫られている上場企業ならば、予算の圧迫によって競争力を落とす原因になりかねない。

だからといって赤字になるまで放置するわけにもいかない。上場企業であっても、一度でも赤字に陥れば優秀な若手を集めにくくなってしまう。黒字で余力のあるうちに人員の入れ替えを行い、より時代に柔軟に対応していく姿勢が必要なのだ。

今後の黒字リストラの見通し

今後、黒字リストラはどのようになっていくのだろうか。

2020年はコロナ禍の影響でリストラ増加

2020年は、新型コロナウイルスの影響で企業の業績が軒並み悪化し、リストラが急増した。2020年上半期に早期・希望退職者を募集した上場企業は、41社に上っている。20社が赤字企業だが、残りは黒字リストラだ。

つまり、新型コロナウイルスの感染拡大の有無に関わらず、20社前後は前々からリストラを予定していたと考えることができる。コロナ禍が落ち着けば、再び黒字企業による早期・希望退職の募集が目立つことになるだろう。

黒字リストラが中小企業におよぼす影響3つ

気になるのが黒字リストラの中小企業への影響だ。上場企業では、資源の選択と集中により黒字でも大胆な合理化が進められるが、中小企業はそういうわけにはいかない。どちらかというと少子高齢化の影響による人手不足に悩まされているのが中小企業だ。

上場企業の黒字リストラは、中小企業にどのような影響をもたらすのであろうか。

影響1.中小企業の人材不足解消の一助となる

黒字リストラによる中小企業への影響として最初に考えられるのが、中小企業の人材不足の解消だ。

中小機構が2017年5月に行ったアンケートでは、中小企業の7割超が人手不足を痛感していることが明らかになった。その内、半数以上が人手不足の状況を「深刻」「かなり深刻」と感じているのだ。

従業員が複数の業務を兼任したり残業したりすることで、人材不足の問題を乗り切っている様子が見受けられるが、限界があると言わざるを得ない。残業に関しては、働き方改革によって「2020年4月から月45時間、年360時間」という上限規制が、中小企業に対して設けられた。残業によって業務負荷を乗り越えるという対応は、困難と言わざるを得ない。

しかし、上場企業が黒字リストラを行えば、40代や50代が中小企業の新たな人材として活躍する可能性がある。社会経験を豊富に積んだ人材であるため、新卒社員のように研修に時間を割かなくても即戦力として活躍する可能性がある。

影響2.上場企業のノウハウが中小企業に広がる

次に考えられるのが、黒字リストラにより上場企業のノウハウが中小企業にもたらされる可能性だ。人手不足に悩む中小企業の打開策として従業員による兼務と残業があることは既に述べたが、中小機構のアンケートからは、業務プロセスの改善や工夫によって対策している様子も見て取れる。

しかし、その一方、人手不足対応に関する課題として「業務効率化を行える人材がいない」「経営者・管理者層のノウハウ、知識」といった課題も挙げられているのだ。業務効率化に努めているが、ノウハウや知識を持つ人間がいないため思うように進まないのが中小企業の現状なのである。

もし黒字リストラされた上場企業OBが中小企業に転職をしたら、上場企業で既に活用されている業務効率化のノウハウや知識が中小企業で活用され、より費用対効果の高い事業を行える可能性もあるのだ。

影響3.上場企業OBによる起業の増加

最後に考えられるのが、上場企業OBによる起業の増加だ。早期退職に応じた上場企業OBが、既存の会社に転職するとは限らない。多額の退職金を元手に自ら事業を始める人もいるだろう。上場企業在籍時には思うように実行できなかったアイディアをビジネスにすることで、中小企業間に新たな取引が生まれる可能性がある。

また、中小企業が人手不足に悩みながらも雇用を増やせない理由の一つとして、正規採用に充てる資金の不足が挙げられるが、自社の正社員でなくても優秀な起業家に業務の一部を外部委託できれば、コストをかけずに人手不足を解消することにつながるだろう。(提供:THE OWNER

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)