新型コロナ禍により、ヒトやモノの動きは世界中で寸断され、海運業界にも深刻な影響を及ぼし、造船業界にもそのダメージが連鎖することだろう。果たして、今後の造船業界の勢力図はどう変化するのだろうか?日本の造船業の歴史を振り返りながら、造船業の将来について探ってみたい。

日本の造船業界はかつて世界シェアの過半数を握っていた

造船業界
(画像=tsuguliev/stock.adobe.com)

第二次世界大戦終戦後、日本の造船業は国の保護策の下で復興が進められてきたが、成長が加速したのは1960年代を迎えてからだ。石炭から石油へのエネルギー革命に伴ったタンカーの建造ラッシュが発生し、その波に乗って造船業界は成長していったのだ。

オイルショックでも存在感は維持

しかし、1973年秋の第一次オイルショックを境に海運市況は悪化し、タンカーの供給過剰が深刻化したため、日本の造船業界も大掛かりな設備縮小を余儀なくされたが、それでも世界に対しては大いに存在感を発揮していた。

日本の造船業界は新造船進水量において、1956年から1984 年 まで29年 間も世界トップのシェアに君臨し続けてきたのだ。しかも、世界シェアは1956年 の26.2%から1974年の最盛期には 50.9%まで拡大し、その後の造船不況でも過半数のシェアを死守してきた。

中韓の造船会社の台頭により世界シェアを落とす

だが、1980年代に入ってからは韓国勢が台頭し始め、遅れて2000年代に入ってから中国勢もシェアを伸ばしてきた。新造船の受注量の推移を見ると、2005年頃から日本勢は劣勢を強いられており、2015年に韓国を抜いて世界2位に浮上したものの、再び挽回されているのが実情だ。

2017年における受注量の世界シェアでは、韓国が45%、中国が30%を獲得しているのに対し、日本はわずか7%である。

企業別の竣工量ランキング(2016年)トップテン10は以下の通りであり、日本からは2社しかランクインしていない。

1位:現代重工業(韓国)
2位:大宇造船海洋(韓国)
3位:現代三湖重工業(韓国)
4位:今治造船(日本)
5位:サムスン重工業(韓国)
6位:JMU(ジャパンマリンユナイテッド・日本)
7位:上海外高橋造船(中国)
8位:城東造船海洋(韓国)
9位:現代尾浦重工業(韓国)
10位:江蘇新揚子造船(韓国)

国内最大手の今治造船はM&Aの連続で勢力を拡大して頂点に立った

国内最大手で世界でも4位につける今治造船は、1980 年代までは愛媛県のローカルな中堅造船所にすぎなかった。太平洋戦争の勃発前夜、軍艦を手掛ける大手造船が特需の恩恵を受けたのに対し、中小・零細は民間船用の造船資材不足で窮地に陥り、近隣の6社が合併して今治造船が誕生したのである。

復興需要が追い風に

終戦後は復興需要を追い風に基盤を固め、1970年代に入ってから船舶の大型化に対応して設備投資を積極化。1970年の香川県丸亀工場着工に続き、1984年には愛媛県西条市に60万平方メートルの用地を確保した。

1985年のプラザ合意以降、日本の造船業界は深刻な円高不況に見舞われており、為替相場に足を引っ張られて韓国勢の価格攻勢に圧倒されていた。このような情勢を踏まえて、大手造船企業が生産能力を縮小させる中で、今治造船は真逆の展開を図っていたのだ。

また、今治造船は1970年代末の第2次オイルショック時や先述の円高不況下においても、M&Aを敢行して勢力を拡大しており、21世紀を迎えた後もM&Aを繰り返し、日本最大の造船会社へと躍進を遂げている。

既存の大手造船はリストラや新規事業へのシフトを進める一方で再編の動きも

今治造船の事業戦略に対して既存の大手造船会社は、ドックを削減して陸上部門などの新規事業に注力する動きが活発化した。三菱重工はエンジニアリング事業に特化することを目的として、今治造船をはじめとする専業3社に、一部の艦船を除く建造を委託する方針を示している。

進む経営統合

また、三井造船(現三井E&Sホールディングス)は船舶事業の業績悪化を踏まえて、2018年4月に傘下の中堅造船・南日本造船(大分県臼杵市)株を放出し、その買い手となったのが今治造船だった。造船業界内では、実質的に今治造船が三井造船を経営危機から救済したと受け止められている。

大手造船が撤退戦略を余儀なくされているのとは対照的に、今治造船は設備の拡大を推進しており、2017年9月には、国内最大級となる門型クレーンを備えた新型ドックを丸亀事業本部に完成させた。

一方、大手造船会社の間でも、経営統合による再編が進められてきた。国内2位のJMUは、日本鋼管(現JFEエンジニアリング)と日立造船の船舶・海洋部門が統合して生まれたユニバーサル造船と、アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(石川島播磨重工業と住友重機械工業の艦艇事業部門を統合した会社)が、2013年に合併して発足した会社である。

大手造船と今治造船の組織再編は根底にある思想が大きく異なっている

大手造船も事業再編に取り組んできたが、それでも長く今治造船の後塵を拝してきたのはなぜなのか。その理由は、自らの生き残りと勢力拡大のために攻めのM&Aを繰り広げてきた今治造船に対し、大手造船の再編は行政主導の色彩が濃かったことが深く関係しているように思われる。

中韓への対抗策

韓国や中国の攻勢で設備などの規模を縮小させる中で、大手造船はいわゆる“合従連衡”のスタンスで手を結んだと言えよう。経営統合で組織の規模が大きくなったとしても、肝心の設備投資に及び腰では、造船業の本業における挽回は期待しづらい。

ここまでは今治造船のような新興勢力と大手造船を対比させる形式で話を展開してきたが、国内における造船業界の勢力地図はもう少し複雑になっている。次項では、その点にスポットを当ててみよう。

日本の造船業界は3つの系統に分類でき、現在はオーナー系専業が圧倒

日本の造船業界は、以下の3つの系統に分類できる。

①オーナー系専業
②総合重工子会社専業
③総合重工の船舶部門

このうち、同族経営のオーナー系専業はバルカー(ばら積み貨物船)を中心に手掛けながら、M&Aで同業他社を傘下に収めて規模拡大していった。その典型例が、前述した今治造船であり、国土交通省は「大量建造型」と定義している。

新規事業へのシフトは成功?

これに対し、総合重工子会社専業は総合重工から造船部門を分社化して発足したもので、大型船から小型船まで多品種を展開している。総合重工の船舶部門は、防衛省や海上保安庁の艦船を製造していることで知られるが、商船において川崎重工と三菱重工は液化ガス運搬船に的を絞る一方、三井E&Sホールディングス(旧三井造船)は海洋開発分野の売上が拡大している。

建造量では2000年頃まで総合重工が上位を占めていたが、現在はオーナー系専業(もっぱら今治造船)が圧倒している。ただし、2016年における売上は、海洋開発特化の三井E&Sホールディングス(当時は三井造船)がトップの今治造船に肉薄しており、いくつかの大手造船企業が選択した新規事業へのシフトは奏功しているようだ。

韓中造船でも大型再編が進み日本では驚愕の資本業務提携が明るみに!

2020年に世界が新型コロナの脅威に晒される前から、もともと造船市況は悪化が著しかった。2008年9月のリーマンショックで新造船受注量が激減し、供給過剰の状態が続いてきたのだ。

それでもシェア拡大を目指す中韓

このような状況にも関わらず、中国・韓国勢は価格攻勢でシェア拡大を図ってきた。特に韓国は、自国の雇用を守るとの名目で造船業界に公的助成を行っており、「過度な政府支援で市場が歪曲され、供給過剰状態が悪化している」と国土交通省は指摘している。

さらに、中国・韓国においても造船業界の大型再編の動きが表面化している。世界最大手の現代重工業は、業界第2位の大宇造船海洋を買収する方針で、中国船舶工業集団と中国船舶重工集団も経営統合に踏み切る。

再編が実現すれば、現代重工業は竣工量において2位以下に圧倒的な差をつけることになる。こうした動きに危機感を抱いたのか、日本でも国内2位で総合重工子会社専業のJMUと、最大手でオーナー系専業の今治造船が資本業務提携を発表した。

JFEホールディングスとIHIが大株主で名門重工の系譜に連なるJMUに対し、今治造船はM&Aで拡大を遂げ、業界内の古参からは成り上がり者的な見方をされている側面もある。まさしく、造船業界における異色のタッグとなるわけだ。

ただ、今回の資本提携では、今治造船がJMUの新株を引き受けることも検討されており、今治造船によるJMUの実質的な経営救済だと指摘する声も出ている。

新型コロナが造船業界のさらなる大型再編をもたらす可能性もある!?

新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済に及ぼしているダメージは計り切れておらず、目先は造船業の受注激減も想定されることから、シェア獲得で優位に経つ韓国・中国も含めて、世界の造船業界はまさに戦々恐々としていることだろう。コロナ禍以前から日本の大手造船は危機感を強めてきただけに、さらに想像もつかなかったような事業再編が現実となる可能性もある。

人類が新型コロナウイルスとの共存を果たし、再び新興国の経済成長が顕在化すれば、海運の需要もグローバルに拡大することだろう。それまで、いかに耐え忍びながら体質の強化を図っていくのかが、造船業界には問われているようだ。(提供:THE OWNER

文・大西洋平(ジャーナリスト)