広告代理店大手の電通が、「働き方改革2.0」とも受け取られる革新的な取り組みをスタートさせる。それは、一部の正社員に個人事業主となってもらい、業務委託契約を結んで業務を発注するというものだ。企業と正社員という既存のスキームにメスを入れようとしている電通。その狙いとは?
電通は一部の正社員を業務委託契約化する?
電通は2020年11月11日、ニュースリリースで「ライフシフトプラットフォーム(以下、LSP)」について発表した。このLSPについて電通は、「個人が年齢に捉われず、社会において長く価値発揮できるような新しい選択肢」としている。
具体的には、まず電通のミドル社員の中からLSPへ参加希望者を募り、退職して個人事業主となってもらう。その後で、電通が新しく立ち上げる会社と業務委託契約を結び、一定の業務をその元社員に安定的に発注し続けるというものだ。
ここでいうミドル社員とは、新卒で勤続満20年以上、または中途で勤続満5年以上で40歳以上60歳未満が該当する。
これだけでは、単に電通と社員の雇用関係が変わっただけと感じる人もいるかもしれないが、個人事業主となった元社員は自ら独自のビジネスにチャレンジしたり、他の会社から業務受託できることがポイントだ。正社員のように、「定年」という年齢的リミットも無くなる。
競合他社の業務受託は控えさせるようだが、電通は、個々人が『これまでとは全く別分野ながらも、やりたかったこと』や『なかなか踏み出せなかった新しい事業』などに取り組むことができると説明している。
2021年1月から約230人を個人事業主に
後ほど改めて触れるが、正社員を個人事業主に切り替えて業務を発注するという取り組みは、一部の企業を除いてほとんど前例がない。電通は、既にLSPの利用希望者を募集しており、まず2021年1月から電通の全社員の約3%にあたる230人を個人事業主に切り替える計画のようだ。
発注した業務の報酬については、個人事業主となった社員の収入が安定するよう工夫されている。報酬を「固定報酬」と「インセンティブ報酬(成果報酬)」に大別し、まずは電通に勤めていた時の給与を基に算出した固定報酬の割合を多くする。
その後、固定報酬の割合を減らす代わりにインセンティブ報酬の割合を引き上げていき、元社員の自立をサポートしていくイメージだ。
社員の個人事業主化は企業側にも2つのメリットがある
もちろん、正社員から個人事業主になることにリスクを感じる人もいるだろうが、自由にさまざまな仕事にチャレンジできる環境に魅力を感じる人も少なくないはずだ。電通以外の企業でも、こうしたスキームがあれば利用したい社員は一定数いるだろう。
電通以外の企業が、こうしたスキームを導入する可能性はあるだろうか。結論から言えば「ある」と考えられる。今回のスキームは働く側だけではなく、企業側にも以下の2つのメリットがあるからだ。
- 経営体質のスリム化による財務的メリット
- 高付加価値人材の創出による人財的メリット
個人事業主となった元社員が自主的にさまざまなチャレンジをし、そこで得た知見を結果的に電通の仕事でフィードバックしてくれれば、企業側にとってもプラスだろう。
今後、企業にもメリットがある正社員の個人事業主化が、日本社会で根付いていくのか注目したいところだ。
タニタでも同様の取り組みが現在継続中
正社員を個人事業主に切り替えて業務を発注するという取り組みは、日本の大企業でもわずかだが事例がある。中でも有名なのがタニタの事例だ。
健康機器大手のタニタは、「日本活性化プロジェクト」と銘打った独自の働き方改革を、2017年にスタートした。電通と同様に、希望する社員に個人事業主となってもらい、タニタ側から継続的に業務を発注するというものだ。
2017年に8人が「日本活性化プロジェクト」を活用して個人事業主となった後、2020年には20人以上がこのスキームを利用しているようだ。独立した社員の収入に関しては、タニタの正社員だった時よりも結果的に手取り収入が増えているらしい。
タニタが独自の働き方改革をスタートさせたのには、会社と個人が対等な信頼関係を築き、結果的に長期にわたってタニタと付き合ってもらう狙いがあるようだ。
LSPは他の企業にも大きな影響を与える!?
昨今、働き方に対する考え方が多様化し、時間や場所に縛られない働き方を希望する若者が増えている。新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワーク(在宅勤務)化が進んでおり、さらにこうした風潮は広がると考えられる。
働き方の変化が加速する中で、社員に独立を促す取り組みをスタートさせた電通。電通は日本を代表する広告代理店であるほか、独立見込みの社員の人数もタニタよりも多いことから、LSPの取り組みの成否はほかの企業にも大きな影響を与えそうだ。
まずは2021年以後、電通から独立した元社員の中から日本を代表するようなビッグビジネスが生まれるのか、注目したいところだ。(提供:THE OWNER)
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)