自社を取り巻く環境はもちろん、顧客の環境も常に変化している。環境の変化は時に、今まで必要とされていた価値をいとも簡単に変えてしまう。常に顧客のニーズに向き合っていないと、いつの間にか自社の商品やサービスが顧客に受け入れられなくなることも十分あり得るのだ。

「顧客のニーズに合った価値を提供する」と言うのは簡単だが、顧客の望む価値を冷静な目で捉えるのは容易ではない。今回は、顧客の求めている価値を明らかにしていく方法であるバリュープロポジションについて解説する。

バリュープロポジションとは

バリュープロポジション
(画像=Artur/stock.adobe.com)

バリュープロポジションを直訳すると「価値提案」だが、マーケティングではこれを「顧客の求めている価値に対して、(他社には提供できない)自社が提供できる価値」と解釈する。バリュープロポジションは顧客が求める価値を起点に、自社の商品やサービスの優位性、他社との差別化を考えるフレームワークでもある。

バリュープロポジションの必要性

マーケティングには、さまざまな分析手法がある。なぜ今、バリュープロポジションなのか?マーケティングのフレームワークは、環境分析(3C分析、5F分析、VC分析、PEST分析→SWOT分析)から戦略立案(STP分析)、施策立案(4P)へと進めていくのが一般的だ。

顧客のニーズを分析するのは3C分析だが、顧客のニーズと競合製品、自社の製品を並べて検討できるフレームワークはSWOT分析となる。SWOT分析では他のファクターも多く入り込んでしまうため、どうしても煩雑になってしまうとう欠点がある。

バリュープロポジションの要素は、顧客の価値(ニーズともいえる)、競合製品、自社の製品の3つしかない。変化の激しい環境下で顧客の価値変化を見逃さず、差別化を意識しながら、自社の提供できる価値を検討するには、シンプルなバリュープロポジションが最適なフレームワークなのだ。

バリュープロポジション検討の目的

バリュープロボジションを行う目的は、「顧客が求め」、「他社が提供できず」、「自社が提供できる価値」を明らかにすることだ。起点となるのは顧客の価値であり、それを徹底的に絞り込むことが最も重要だ。「顧客」「他社」「自社」が出てくると思い浮かぶのは、「3C分析(3C Analysis)」ではないだろうか。

3C分析を活用してバリュープロポジションを理解する

言葉でバリュープロポジションを語るよりも、図で説明したほうが早いだろう。3C分析は有名なので、ご存じの方も多いはずだ。3C分析、5F分析、VC分析、PEST分析からなる環境分析は、最初に行うべき基礎分析だ。特に3C分析は、バリュープロポジションを検討する上で必須といえる。

バリュープロポジション
(図1)

3C分析は、Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の状況から商品やサービス、または事業のKSF(Key Success Factors:成功要因)を導き出し、戦略立案や施策立案に活かすためのフレームワークだ。

Customerは個々の顧客ではなく、「市場」と捉えて分析を行う。分析はマクロ分析とミクロ分析に分けて行うが、マクロ分析ではPEST分析をフレームワークとして使うことが多い。PESTとは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の略で、マクロ分析ではこれらの動向や状況を整理する。

特にPolitics(政治)の分析は、海外に商品を輸出する場合は必須だ。ミクロ分析では、市場の規模や構造、競合の有無(強さはCompetitorで分析する)、製品のトレンドなどの状況と変化を分析する。

Competitorの分析では競合を特定し、市場占有率や売上規模、顧客のニーズをどのように捉えて商品展開を行っているかなどを詳しく調べる。さらに開発体制や販売ルート、営業力、販促活動の種類と規模、サポートの有無など、自社との違いを分析(比較)していく。

Companyの分析では、CustomerとCompetitorの情報を分析し、自社の強みと弱みを明確にする。競合の強みや長所を取り入れ、競合が進出していない分野や、競合がリーチできていない顧客へのアプローチを検討する。これが自社のKSF(成功要因)となる。

Customer、Competitor、Companyをそれぞれの価値に読み替え、図1のように重ねるとバリュープロポジションの位置関係がよくわかるだろう。実はバリュープロポジションは、3C分析の段階でほぼ明らかになっている。その後はバリュープロポジションのフレームワークで「顧客が求め」、「他社が提供できず」、「自社が提供できる価値」を可視化していく作業が必要だ。

バリュープロポジションキャンバスとは

バリュープロポジションキャンバス(以下、VPC)とは、自社の商品やサービスと顧客の状況やニーズを可視化し、ずれを解消するためのフレームワークだ。3C分析で明らかにしたCustomer、Competitor、Companyの情報のうち、顧客の価値(プラスの部分もマイナスの部分も含む)に相当する情報を使ってVPC(図2)を埋めていく。

バリュープロポジション
(図2)

VPCは、アレクサンダー・オスターワルダー(ビジネスアドバイザー)とイヴ・ピニョール(ローザンヌ大学教授)が作成した「ビジネスモデルキャンバス」から、「顧客への提供価値」と「顧客セグメント」を抜き出したもので、バリュープロポジションを検討する際に広く使われている。前述のとおり、VPCの構成は「顧客への提供価値」と「顧客セグメント」に分かれる。

VPCでは、まず右側の顧客セグメントを埋めていく。これは自社のシーズに偏ることを防ぎ、正しく顧客の価値を埋めるための工夫だ。顧客セグメントとは、以下のような観点で顧客の価値を分類するものだ。

・Customer Job(s)
顧客が解決したいと考えている課題(解決の欲求)

・Gains
顧客の利得(顧客がプラスに感じる価値)

・Pains
顧客の悩み(顧客がマイナスに感じる悩み)

次に、左側の顧客への提供価値を埋めていく。顧客の欲求を解決し、悩みをプラスに変換できる価値を記入していくのがコツだ。

・Products & Services
自社の商品やサービス(他社が提供できないものを記載していく)

・Gain Creators
顧客に利得をもたらすもの

・Pain Relievers
顧客の悩み(マイナス)を解消するもの

記入する際に重要なことは、自社の欄を埋める際に無理に右側(顧客セグメント)に合わせようとしないことだ。あくまで実態に合わせ、かつGainsとPainsにマッチする解決策を記入する。

VPCを作成することで顧客が何に価値を見出しているのか、自社の提供できる価値がどの点でマッチしていないかを可視化することが肝心だ。VPCは恣意的にならず、ありのままを記入することで改善すべき点が明らかになる。

バリュープロポジションの成功事例2つ

ここからは、バリュープロポジションを見つけて成功した例を紹介していこう。

・Uber

配車サービス事業を展開するUberは、顧客の利便性にこだわったバリュープロポジションを提供し、成功している。以前は、タクシーに乗るためには街中でタクシーを見つけて手を挙げるか、タクシー乗り場で並ぶか、電話で呼ぶのが常識だった。

Uberはスマホのアプリからワンタップでタクシーを呼ぶことができ、乗り込んでから行き先を説明する必要もない。支払いも完全にキャッシュレスだ。Uberはタクシーの利用客がPainsとして感じていた悩みを、自社しか提供していない配車システムとアプリで解消したのだ。

・スマホのアプリからワンタップで手配 ← 電話で呼ぶのが面倒
・自分が居る場所に車が来てくれる  ← タクシー乗り場に行くのが面倒
・電話で配車係に居場所と行き先を説明しなくて済む ← 説明が面倒
・ドライバーにも行き先を説明する必要なし ← 説明が面倒
・支払いの煩わしさもなし ← 現金の用意が面倒

Uberが顧客の悩みを解決したもう一つのバリュープロポジションは、ドライバーのスコアリングシステムだ。Uberのドライバーは一般人。顧客の中にはその運転技術だけでなく、ドライバーの素性に不安を抱く人もいる。Uberはこのシステムを導入し、優秀なドライバーを顧客が自由に選べることで安心感をプラスした。

・Slack

ビジネスコミュニケーションツールとして多くの利用者を獲得しているSlackも、優れたバリュープロポジションで成功している。Slackの機能は非常に多彩だ。自由にコミュニティを作成でき、メンバー同士の通話も自由自在。その他にもチャットによるミーティングやTo Do管理、リマインダーなど、本来ならPCにいくつも入れなければならないツールが、ひとまとめになっている。

Eメールもスレッドを表示すれば話の流れを追うことはできるが、複数の人とのメールのやり取りを追うのは手間がかかる。Slackなら、装備されているチャンネル(グループチャット)の過去ログを追うだけで、それまでの会話の流れを簡単に追うことができる。途中からコミュニティに参加した人でも、すぐに話の輪に入ることができる。

Slackは検索機能も優れていて、「チャンネルごとの検索」「発言者で絞って検索」「期間を絞って検索」など、Eメールよりも簡単にトピックを検索できる。

Slackは、ビジネスに必要な「セキュリティ」「情報の蓄積」「効率性」「操作性」「コミュニケーション性」にこだわって開発されたツールだ。ビジネスで求められる経営の視点と、実際にツールを使うユーザーの視点にこだわったバリュープロポジションが、Slackの成功要因だろう。

すべての起点は顧客の価値

競合との競争に勝つためには、商品やサービスの差別化が不可欠だ。価格での差別化は消耗戦を招くため、特徴やサービス内容で差別化を図りたいが、単に競合と違っていればよいというものではない。

重要なのは「競合よりも顧客の価値にマッチしている」ことで、顧客の価値とのズレを解消することが何より大切である。VPCには競合の欄がない。バリュープロポジションで考えるべきことは、顧客の価値だけだ。今必要とされているのは、「価値ある差別化」といえるだろう。(提供:THE OWNER

文・長田小猛(ダリコーポレーション ライター)