法人にはさまざまな節税手段があるが、その中でも「繰越欠損金」は確実に押さえておきたい基礎知識だ。この制度を正しく理解しておかないと、場合によっては数百万円単位の損が生じてしまう。そこで今回は、繰越欠損金の基本やルールを徹底的にまとめた。

繰越欠損金とは?

労務
(画像=PIXTA)

繰越欠損金の前に、まずは「欠損金」の意味を正しく理解しておこう。

欠損金とは、法人税の所得金額が赤字であった場合に、その赤字分にあたる金額のこと。通常、法人税の所得金額は「益金-損金」で計算するが、益金と損金の金額によってはマイナスの計算結果になることがある。このマイナス金額分が、欠損金と呼ばれるものだ。

例を使って解説

もう少しわかりやすくイメージするために、ひとつ例を挙げてみよう。益金が3,000万円、損金が3,500万円のケースでは、法人税の所得金額は「3,000万円-3,500万円=-500万円」の式で計算される。このとき、計算結果がマイナスの値になっているため、所得金額の「-500万円」は欠損金に該当する。

実はこの欠損金は、「繰越控除」と呼ばれる制度によって翌年度以降に繰り越すことが認められている。そのときに繰り越される金額こそが、まさに今回解説する「繰越欠損金」だ。

繰越欠損金をうまく利用すると大きな節税効果を得られるため、法人の経営者は正しい知識を身につけておきたい。

繰越欠損金を利用するメリット

繰越欠損金を利用するメリットは、翌年度以降に発生する黒字と相殺することで、法人税額を抑えられる点にある。では、具体的にどのような仕組みで節税につながるのか、以下で一例を紹介しよう。

繰越控除を利用しない場合繰越控除を利用する場合
当期翌期当期翌期
当期純利益-300万円1,000万円-300万円1,000万円
繰越欠損金-300万円
課税所得①-300万円②1,000万円③-300万円④700万円

繰越欠損金は翌年度以降に繰り越すものであるため、繰越控除を利用しても当期の課税所得は変わらない(上記①と③)。一方で、繰越控除を利用する場合の翌期の課税所得からは、当期の繰越欠損金(-300万円)が差し引かれるため、上記②に比べて④の課税所得は低く算出されている。

仮に法人税の実効税率を40%とすると、上記②と④の法人税額には120万円の差が生じる。繰越欠損金の額が大きければこの差はさらに広がっていくため、繰越控除・繰越欠損金を正しく理解しておくと、大きな節税につなげられる可能性がある。

繰越欠損金には複数の要件がある!事業者が押さえておきたい基本的なルール

法人にとって繰越控除は魅力的な制度だが、すべての欠損金を繰り越せるわけではない。繰越欠損金にはさまざまな要件が設けられているため、節税につなげたいのであれば正しいルールを理解しておくことが重要だ。

そこで以下では、繰越欠損金の基本的なルールをまとめた。

繰越欠損金の3つの利用条件

法人が繰越欠損金を利用する場合は、以下の3つの条件を満たすことが必要になる。

○繰越欠損金の3つの利用条件(法人)
・欠損金が生じた事業年度において、青色申告書により確定申告をしている
・その後の事業年度に関しても、連続して確定申告をしている
・帳簿書類等を保存している

そもそも繰越控除は、欠損金が生じた事業年度で「青色申告」を済ませておかないと利用できない。また、その欠損金を繰り越す事業年度まで、連続して確定申告をすること(※白色申告書でも可)も条件に含まれる。

つまり、青色申告書によって毎年確定申告をしている法人であれば、ほとんどのケースで繰越控除を利用できる。ただし、確定申告の際に作成した「帳簿書類の保管」も求められるため、その点は忘れないようにしよう。

欠損金の繰越期間に関するルール

欠損金の繰越期間については、法改正によってルールが度々変更されているため要注意だ。以下でまとめた通り、「欠損金が発生した事業年度」によって繰越できる期間には違いがある。

欠損金が発生した事業年度繰越できる期間
平成13年3月31日以前5年間
平成13年4月~平成20年3月31日以前7年間
平成20年4月~平成30年3月31日以前9年間
平成31年4月以降10年間

これまで頻繁に法改正されている経緯を踏まえると、今後に関しても繰越期間が変更される可能性は十分に考えられる。そのため、税制が改正されたタイミングでは、繰越欠損金のルールを毎回見直しておくことが望ましい。

繰越欠損金の金額に関するルール

以下のように、繰越欠損金には「上限金額」が設けられている点もしっかりと理解しておきたい。

欠損金が発生した事業年度資本金1億円超の企業資本金1億円以下の企業
平成27年3月31日以前欠損金の80% 欠損金の100%
平成27年4月~平成29年3月31日以前欠損金の65%
平成29年4月以降欠損金の50%

上記を見て分かる通り、資本金1億円超の大企業については、繰越できる欠損金の割合が年々減ってきている。一方で、中小企業は優遇されている状況が続いており、資本金1億円以下の企業はすべての欠損金を繰越控除することが認められている。

ただし、上限金額についても今後の法改正によって変わる可能性があるため、法改正の内容はその都度きちんと確認しておくことが重要だ。

合併時の繰越欠損金はどう扱われる?

将来的にM&Aや事業承継を検討している中小経営者であれば、「合併時の繰越欠損金の扱い」も気になるポイントだろう。たとえば、繰越欠損金のある企業と合併する場合は、その欠損金を繰越できるかどうかによって会社の財務状況が変わってくる。

合併時の繰越欠損金については、「税制適格要件を満たすかどうか?」によって扱いが異なるため注意が必要だ。この要件を満たす場合(適格合併)は繰越欠損金を引き継げるが、そうでない場合(非適格合併)は引き継ぐことが認められていない。

肝心の税制適格要件に関しては、パターンごとに非常に細かく内容が定められている。経営者だけでは簡単に判断できないケースが多いので、合併前には会計事務所などの専門家に相談をしておくことが望ましい。

繰越欠損金を利用するには、「税効果会計」の正しい知識が必須

税効果会計とは、企業会計と税務会計のズレを調整する手続きのことだ。繰越欠損金は、発生した時点では会計上の項目に含まれないが、将来の税額を増減させる要素となるため、税効果会計の対象に含まれている。

したがって、繰越欠損金を利用する際には、税効果会計の方法も正しく理解しておかなくてはならない。そこで以下ではあるモデルケースを例として、繰越欠損金の仕訳方法を簡単にまとめた。

○モデルケースの前提条件
・法人Aは、資本金1億円以下の中小企業に該当する
・法人Aは、開業初年度に500万円の繰越欠損金を計上した
・500万円の繰越欠損金のうち、300万円は翌年度に繰り越した
・500万円の繰越欠損金のうち、200万円は翌々年度に繰り越した
・法人税の実効税率は40%として計算する

繰越欠損金の税効果会計では、借方に「繰延税金資産」、貸方に「法人税等調整額」という項目を記載する。金額については繰越欠損金のそのままの額ではなく、「繰越欠損金の額×実効税率」を記載する必要がある。

つまり、上記のモデルケースにおける開業初年度の仕訳は以下の通りだ。

借方金額貸方金額
繰延税金資産200万円法人税等調整額200万円

次に、この500万円の欠損金を繰り越した事業年度の仕訳例を見ていこう。欠損金を繰り越した事業年度の仕訳では、借方に「法人税等調整額」、貸方に「繰延税金資産」を記載する。金額については繰越欠損金を計上した開業初年度と同じく、「繰越欠損金の額×実効税率」で計算した額を記載すれば問題ない。

つまり、上記モデルケースの翌年度・翌々年度の仕訳は以下となる。

○翌年度の仕訳

借方金額貸方金額
繰延税金資産120万円繰延税金資産120万円

○翌々年度の仕訳

借方金額貸方金額
繰延税金資産80万円繰延税金資産80万円

このように、繰越欠損金が生じた事業年度と欠損金を繰り越す事業年度とでは、借方と貸方に記載する項目が逆になる。また、仕訳の際に記載する「金額」も間違えやすいポイントなので、繰越欠損金と法人税の実効税率を掛け合わせる点はしっかりと覚えておこう。

過度な節税には要注意!近年の法改正や動向について解説

ここまで解説してきた通り、繰越欠損金は中小企業にとって魅力的な制度だ。しかし、繰越欠損金を無理に増やそうとすると、無駄なコストが膨れ上がってしまったり、税務調査が入ったりなどのリスクが高まる。

したがって、繰越欠損金は適切な範囲で利用し、過度な節税は避ける必要がある。そもそも繰越控除は、発生した赤字と黒字を相殺するための制度なので、繰越欠損金に大きく依存する経営は健全な状態とは言えない。

中小企業経営者が理解しておきたいポイント

また、政府が「企業の成長志向」に重点を置いている点も、中小経営者が理解しておきたいポイントだ。大企業の繰越欠損金の上限が減額されているように、将来的には中小企業にもその波が及ぶかもしれない。

特に近年ではさまざまな税制が改正されており、国内企業の状況は大きく変化してきている。複雑化している制度も多いため、安全かつ効果的な節税をしたいのであれば、税理士などの専門家に相談をする方法が望ましいだろう。

節税は「適切な範囲内で行うこと」を意識する

繰越控除・繰越欠損金をうまく利用すれば、中小企業の財務状況は大きく改善される可能性がある。ただし、だからと言って無理に赤字を増やそうとする経営は、決して健全な状態とは言えない。

本来、企業は節税ではなく「収益」によって成長を目指すべきものだ。節税に頼り切ると、どうしてもやや強引な手段に目が向いてしまうため、節税に関しては「適切な範囲内で行うこと」を強く意識しておこう。(提供:THE OWNER

文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)