本記事は、遠藤誉氏、白井一成氏の著書『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(実業之日本社/2020年8月発行)の中から一部を抜粋・編集しています

ブロックチェーンの開発に注力する習近平の真の狙い

ブロックチェーン
(画像=PIXTA)

次に述べる習近平のブロックチェーン発言では、あえてデジタル人民元に触れていないということもまた、「習近平の真の狙い」がどこにあるのかを、逆に映し出しているように思われる。

前述したように、2019年10月24日、習近平は中共中央総書記として中共中央政治局第18回集団学習という会議を招集し、「ブロックチェーンを核心的技術の自主的なイノベーションの突破口と位置づけ、ブロックチェーン技術と産業イノベーション発展の推進を加速させよ」と述べた。

その会議には浙江大学の教授で中国工程院の院士でもある陳純氏が出席して、ブロックチェーンに関する説明を行い、政治局委員がそれを聞いて質問をするなど討議を行った。習近平政権になってからは、この種類の学習会がよく行われる。

討議が終わると、習近平がやや長いメッセージを発し、この様子を中共中央が管轄する中央テレビ局CCTVや新華網あるいは人民日報など、すべての党と政府系のメディアで一斉に大きく報道したということは、中国のブロックチェーン技術開発の本格的な号砲が鳴ったと位置づけなければならないだろう。では、習近平が何を言ったのかに関して、以下に列挙してみよう。

・ブロックチェーン技術応用はすでにデジタル金融、IoT(モノのインターネット)、スマート製造、サプライチェーン管理、デジタル資産取引など、多くの領域に及んでいる。

・目下、全世界の主要な国家はブロックチェーンの発展に手を付けており、我が国は特に非常に良好な基礎を築いているので、さらにブロックチェーンと産業および経済社会との融合を加速しなければならない。

・我が国は、この新興領域で理論の最前線を行き、トップランナーとして世界の動向の主導権を握らなければならない。

・そのためには、安全で、国家が完全にコントロールできる技術の掌握が肝要だ。国家によるブックチェーンの標準化を強化させ、国際社会における発言権を高めていかなければならない。マーケットの優勢を発揮して「イノベーション・チェーン」と「応用チェーン」および「価値のチェーン」をつなげていくのだ!

・ブロックチェーン産業エコロジーを構築し、ブロックチェーンとAI、ビッグデータ、IoTなどの最前線の情報技術を統合させ、それに貢献できる人材チームを養成せよ。

習近平は引き続き、「民生」との融合に関して「4つの指針」を出している。

(1)「ブロックチェーン+民生領域」での応用を模索し、ブロックチェーン技術の教育、就労、養老、精確な貧困対策、医療健康、偽造防止、食品安全、公益における応用を積極的に推し進め、人民に対して、よりスマート化された快適で優秀な公共サービスを提供する。

(2)ブロックチェーンの技術サービスと新型スマートシティの建設を結合し、情報基礎施設、スマート交通、エネルギー・電力などの応用を模索し、都市管理のスマート化・精密化のレベルを高める。

(3)ブロックチェーン技術で都市間の情報・資金・人材・信用情報のさらなる大規模流通を促進し、生産要素のエリア内での秩序のある高効率流通を保証する。

(4)ブロックチェーンの情報共有モデルを模索し、政府業務データの部門間、区画間の共通維持保守と利用を実現し、業務の協同処理を促進し、「一度行けば済む」という改革を深化させ、人民にさらに良い政府業務の体験を与える。

外部から見れば中国は一党支配体制の中央集権的国家なのだから、さぞかしピラミッド式に命令系統や業務系統がきれいにでき上がっているだろうと見えるかもしれない。しかし実際はその逆で、中国は広大過ぎて、政府にもさまざまな部局があり過ぎ、地方政府と中央政府、地方政府と地方政府、また各政府内における各部門の情報流通や意思疎通が非常に悪く、公務員の仕事の効率も凄まじく悪い。

たとえば、ある手続きを遂行するために、某政府部門Aの窓口に行ったとしよう。すると窓口Aは、「あ、それなら窓口Bに行け」と回答する。窓口Bに行くと、「それはCがやっている。Cに行け」とすげなく断る。それをD窓口、E窓口、F……と延々と「たらい回し」にされて、互いに責任も取らない。これが中国のさまざまなレベルの行政の実態だ。

そのために、中央集権的なシステムをつくるのは難しいという現実がある。おまけにその間に賄賂や汚職、あるいは不正決済など何でもありだ。そこで、まずは「一度行けば、それで済む」という業務を遂行できるだけでも、ブロックチェーン応用には意義があるのである。

説明が長くなって申し訳ないが、実は中国には「一度行けば済む」改革というのがあって、「一度行けば済む」弁公室(事務局)というものまである。これは2016年末に浙江省政府が言い出したもので、中国語では「最多跑一次(最も多くて一度行くだけ)」と表現し、これが全国的な運動へと広がっていった。そのキャンペーン・ソングまである。

日本語的に言うならば「窓口一本化」「ワンストップ・サービス」といったところか。

第18回党大会以後に習近平が言いだした「最后一公里(最後の1㎞=ラストスパート)」運動の一環でもあり、「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げるために、「中華民族はあともう一歩、ラストスパートの努力をしよう」という運動が中国では展開されている。ブロックチェーン技術が、そのラストスパートを成し遂げると、習近平は位置づけているようだ。

浙江大学の教授が党の学習会に招聘されたのも、この「最多跑一次」改革と無関係ではないだろう。

ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
中国問題グローバル研究所所長筑波大学名誉教授理学博士。1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)、共著に『激突!遠藤VS田原日中と習近平国賓』(実業之日本社)など多数。
白井一成(しらい・かずなり)
中国問題グローバル研究所理事実業家・投資家。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。1998年、株式会社シークエッジ代表取締役に就任。2007年から現職。また、社会貢献の一環として、2005年に社会福祉法人善光会を創設。グローバルな投資活動を展開。中国企業への投資経験も豊富。

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