本記事は、遠藤誉氏、白井一成氏の著書『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(実業之日本社/2020年8月発行)の中から一部を抜粋・編集しています

なぜアメリカのコロナ感染者は激増したのか

コロナ
(画像=PIXTA)

アメリカの1日当たり新規感染者数だけでなく、累計感染者数も死者数も異常に多い。また感染者や死者数を人種別に見ると、黒人の割合が際立って高い。黒人の感染者数も死亡率も白人の約2.5倍だ。

ここでは必ずしも人種差別に限定せず、全体としてなぜアメリカではこんなに感染者数が多いのか、いくつかの背景を列挙してみることとする(一部中国との比較も含める)。

(1)2020年4月2日付のロサンゼルスタイムズは「Trump administration ended pandemic early-warning program to detect coronaviruses(トランプ政権はコロナウイルスを検出するパンデミック早期警戒プログラムを終了させてしまった)」という見出しの報道をした。

それによれば米国際開発庁(USAID)が2009年から資金提供していた早期警戒パンデミック・システムの疫学研究プログラム(以下、PREDICT)への助成金を、トランプは2019年10月に全額ストップさせてしまったとのことである。これは本来、SARS発生以降の新たなコロナウイルスにより、中国やその他の地域でパンデミックになり得るウイルスを発見し検出するためのPREDICT(予測)と呼ばれるプログラムだった。

ロサンゼルスタイムズはさらに以下のような状況を詳細に述べている。

――PREDICTは160種類以上の新型コロナウイルスを含む、パンデミックを引き起こす可能性のある1200種類のウイルスを特定していた。PREDICTは60の海外の研究室のスタッフのトレーニングを行い、サポートした。その中には、COVID-19の原因となる新しいコロナウイルスであるSARS-CoV-2を同定した武漢の研究室も含まれている。

PREDICTは、危険なウイルスを探すために、1万匹以上のコウモリと2000匹以上の哺乳類から標本を集めた。その結果、野生動物から人間へと広がる可能性のある約1200種類のウイルスが検出され、パンデミックの可能性を示唆した。そのうち160種類以上は、SARS-CoV-2のような新型コロナウイルスであった。

ロサンゼルスタイムズは「したがってトランプにはパンデミックに対する警戒心もそれに対する備えもまったくなかった」と述べている。

(2)アメリカのメディアでは、2020 Congressional insider trading scandal(2020年米議会インサイダー取引スキャンダル)が数多く報道されているが、日本ではあまり注目されていないので、ここにざっくりと内容をまとめてみる。

――アメリカは2020年1月の早い段階(1月3日か7日)でSARSウイルスと相似性のある新型コロナウイルスが湖北省武漢市で検出されたことを知り、米情報機関はいち早くこの情報を入手した。共和党の上院議員で、上院情報特別委員会の委員長だったリチャード・バーは新型コロナが非常に危険だということを知り(秘密の録音がのちにリークされた)、大急ぎで自分が持っている株を売ってしまい、トランプには「コロナはたいしたことはない」と言った。

5月14日になってリチャード・バーは上院情報特別委員会委員長職を辞任する意向を表明した。バーはコロナ流行に関連した株式のインサイダー取引の疑いで捜査対象となっており、FBI(米連邦捜査局)によって携帯電話を押収されるなどしていた。その他少なからぬ議員や富裕層がコロナで不正な儲けをしている。

(3)アメリカの健康保険加入率は低く、特に黒人やラテン系貧困層は加入していない人が多い。おまけに貧困層は人口密集地や大家族で暮らす者が多く、コロナ期間でも休めない物流や都市インフラなどのサービス業従事者が多い。また日頃から健康維持のための食生活を重視できず、慢性疾患患者が多い。そのため貧困感染者が増え、死者も割合として多くなる。

中国の場合は、健康保険加入率は2018年統計で95%だったが、現在はほぼ100%をカバーしている。但し都市住民基本医療健康保険と農村新型合作医療保険があり、出資の方法が多少異なる。さらにコロナに関しては検査から治療、入院など、すべて政府が負担するので、貧困層が治療を受けられない状況はなかった。特に中国共産党建党百周年記念である2021年までに脱貧困を達成することを国家目標としているので、特に習近平政権になってからは、そのプロパガンダのためにも貧困層への手当てを手厚くするようになっている。

(4)トランプはCDC(米疾病管理予防センター)という、本来なら「世界最強の感染症対策機関」を軽視している。オバマ政権は感染症のパンデミックを国家安全保障上の重大な脅威と捉え、2016年にホワイトハウス内にパンデミック対策オフィス(PRO)を設立した。しかしトランプはこのPROを廃止し、CDCの予算も大幅に削減しようとし(民主党の反対で実際は大きくは削減されていないが)、人員も削減した。それもあってか、CDCが独自に開発した検査キットを今年2月初めに全米に配布したが、試薬が不良品だったため検査できない状態が続き、感染拡大を招いた。

また、「消毒薬がコロナを殺すのなら、消毒薬を体内に注射すればいいのでは?」という発言からも分かるようにトランプは科学的知識に欠けるのにもかかわらず、伝染病などの権威であるファウチ博士をバカにして専門家の意見を重要視しない。ファウチは何度も更迭されかけた。中国の場合、前述したように国家衛生健康委員会が中心になって巨大な国務院の聯合防疫機構を構築し、専門家である鍾南山の意見を最重要視した。

(5)アメリカ人には「自由」を重んじる国民性が浸透している。そのこと自体は実に歓迎すべきだが、「マスクを付けない自由」を主張する人々が少なくない。男性はマスクを弱者の象徴とみなす文化もある。また黒人がマスクを付けると「犯罪者であることがばれないようにするためだろう」という疑いを持たれたりする。さまざまな理由からマスクを付けたがらないことも感染拡大の原因の1つとなっている。

(6)感染者数が日々激増している最中なのに、トランプは「感染は落ち着いた(第一波は過ぎ去った)」として緊急事態を一部解除し経済活動を再開させた。アメリカ経済の落ち込みを防ぐためというより、2020年11月にある大統領選への配慮が優先されたと言われている。ファウチは「まだ第一波は過ぎ去っていない」として「ここで緩和させれば、いつかは1日の新規感染者が10万人に達する可能性さえある」と反対したが、トランプは強行した。

中国の場合は、感染の縮小を確実に見届けた上で経済活動を再開させており、5月29日に北京で新規感染者が1人発生し、翌日2桁になっただけで、第2波が来るとして厳戒態勢に入り、発祥地付近の区域をロックダウンさせただけでなく1日に300万人近くのPCR検査を行って第2波を食い止めた。

なお、アメリカCDCによれば、6月30日時点でアメリカの累積感染者数は254万5250人(現在感染者数143万5851人)で、1日の新規感染者数は4万1075人である。死亡者数は合計12万6369人で新規死亡者数が885人となっている。

それに対して同日の中国の累積感染者数は8万5227人(現在感染者数525人)で、1日の感染者数は第2波が来たために23人になっている。死亡者数は合計4648人で新規死亡者数は0人だ。

ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
中国問題グローバル研究所所長筑波大学名誉教授理学博士。1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)、共著に『激突!遠藤VS田原日中と習近平国賓』(実業之日本社)など多数。
白井一成(しらい・かずなり)
中国問題グローバル研究所理事実業家・投資家。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。1998年、株式会社シークエッジ代表取締役に就任。2007年から現職。また、社会貢献の一環として、2005年に社会福祉法人善光会を創設。グローバルな投資活動を展開。中国企業への投資経験も豊富。

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