本記事は、遠藤誉氏、白井一成氏の著書『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(実業之日本社/2020年8月発行)の中から一部を抜粋・編集しています

習近平のマスク外交とトランプの対中包囲網

一帯一路
(画像=PIXTA)

●習近平のマスク外交――健康シルクロードからデジタル人民元へ

2020年3月10日に武漢入りしてコロナに関する事実上の「勝利宣言」をした習近平は、「一帯一路」沿線国に対して医療支援部隊を派遣し、大量の医療物資を提供し始めた。

3月11日、中国赤十字会副会長の一人を代表とする医療支援部隊がイタリア行きのチャーター便でイタリアに向かった。医療支援部隊は国家疾病制御センター、四川大学華西医院、四川省疾病制御センターなどの専門家グループや医者・看護師・医療関係者などから成り立っており、大量の医療支援物資も運んでいる。

3月12日、中国共産党機関紙傘下の環球網は中国の最初の防疫対外支援専門家チームのチャーター便がイタリアに赴いたと報道した。それによれば、9人の医療専門家と31トンの医療物資(ICU病床設備、医療用防護用品、抗ウイルス薬剤、健康人血漿と新型コロナウイルス感染回復者の血漿など)を携えて上海からローマに直行したという。

四川省は主としてイタリアを支援し、江蘇省はパキスタンを、上海はイランを、そして広東省はイラクをというように、いくつかの省が一つの国を担当する。こういった医療支援を合計127ヵ国に対して行い、そのたびにCCTVは習近平がその国の首脳と電話会談を行ったことを報道した。

外交となると、俄然、習近平が前面に顔を出す。それらの報道に付き物なのは相手国の首脳あるいは首脳級の幹部が習近平を「救世主」と讃える言葉をくり返し報道することである。

これまで述べてきたように、中国のコロナからの脱却に実際に功績があったのは鍾南山や李克強あるいは現場の医療関係者たちなどだが、習近平はまるで「自分の手柄」のような言葉を、支援をした相手国の首脳に要求して喋らせるものだから、中国の民衆はこの現象を「摘桃子」(他人の栄誉を横取りして自分の功績とする)と嘲笑っている。

この礼賛のフレーズがまた決まっていて、全人代における政府活動報告で李克強は「コロナ発生後、党中央は感染症対策を最重要課題として捉え、習近平総書記が自ら指揮を執って、自ら配置を行い、人民の生命の安全と健康を第一に掲げることを堅持してきた」と言っている。これは1月28日に人民大会堂で習近平と会談したWHO事務局長のテドロスが言った言葉と同じで、その日、CCTVは国連事務総長のグテーレスにも同様の言葉を言わせて報道している。

これはトランプが言うように、テドロスは「習近平の操り人形だった」ということを証明している。つまりテドロスは、習近平が喋らせたい言葉を忠実に再現して喋っているということだ。

こうして一帯一路沿線国を中心にして約130ヵ国を総なめにして、ポストコロナで決して対中包囲網の戦列に加わらないようにという契りを交わさせているようなものなのである。

習近平は今や一帯一路を「健康シルクロード」と呼ばせるようになった。

新華社報道によると一帯一路のうち、中欧(中国―欧州)定期列車を通してヨーロッパに運ばれた医療物資の合計は4月末までに8000トンを超え、運航回数は前年同期の24%から27%増となったという。

3月29日から4月1日まで、習近平は浙江省杭州市の大脳運営指揮センターを視察したが、そこではビッグデータを活用し、クラウド計算やブロックチェーン技術あるいはAIを駆使して都市のデジタル化とスマート化を加速せよ、と檄を飛ばしている。また「デジタル感染対策」に関しては、アリペイにある「健康コード」などを用いて、感染者の追跡や濃厚接触者を割り出し、感染の現状と推移をデジタルで可視化することなどを強調した。これは遠隔治療を可能とする「医療支援シルクロード」の骨格を成しており、かつ、もう一つの習近平の戦略を髣髴とさせた。

それは習近平政権が秘かに取り組んでいるブロックチェーン技術を利用した法定デジタル人民元の流通を、この「健康シルクロード」で展開していこうという野望だ。「恩を仇で返すようなことはできまい」という強かな計算なのである。

●「一帯一路」発展途上国の債務を減免した習近平

――ポストコロナの新世界秩序を睨んで

それだけではない。ポストコロナの新世界秩序形成を睨んで、もっと強かな戦略が動いていた。

2020年6月7日、国務院新聞弁公室は「新型コロナウイルス肺炎感染との闘いに関する中国行動」という白書を発表し記者会見を開いた。

記者会見では「最貧国の債務返済を猶予するG20イニシアティブに積極的に参加するとともに実行に移している。すでに発展途上国77か国・地域の債務返済を一時的に停止することを宣言した」と述べている。

さらに「中国の医療支援は第2次世界大戦終了以来の未曽有の深刻な世界公衆衛生上の歴史的岐路において、人類衛生健康共同体構築の観点から、一連の重要な提案と措置を示した。これは感染症との戦いにおける世界の自信を支え、国際協力を推進し、さらには将来のグローバル・ヘルス・ガバナンスを計画する上で、非常に重要かつ計り知れない意義を持つものだ」と指摘。

また中国はWHOに20億ドルの支援を行うだけでなく、多国間では、WHOに2回に分けて計5000万ドルの資金援助を行ったと強調している。

この記者会見の目玉は、「発展途上国77ヵ国・地域の債務返済を一時的に停止すること」とアフリカとの関係において「中国・アフリカ病院ペアリング協力メカニズム」の構築をすでに30件進めているということだった。

この77ヵ国に関して国名を明らかにしていないが、一つは、いわゆる「発展途上国・地域77カ国グループ」に対して中国が提携して協力を進めている「77ヵ国+CHINA」の77ヵ国を指しているとみなすことができる。

もう一つは、IDA(国際開発協会)支援の適格国「76ヵ国」に標準を合わせているとみなすこともできる。なぜなら、G20で決めた貧困国債務返済猶予の対象は「73ヵ国」で、「73の貧困国」はIDA支援の適格国「76ヵ国」とほぼ一致するからだ。

問題は、これらが「一帯一路」沿線国138ヵ国と、どれくらい重複しているかである。

それを一国ずつ丹念に調べて確認してみたところ、11ヵ国が漏れているだけで、残りの65ヵ国は、「一帯一路」沿線国の内の発展途上国あるいは極貧国であることが判明した。

となると、何が推論できるかというと、中国は「一帯一路」沿線国の発展途上国および極貧国が中国に対して持っている債務を帳消しにするか返還期間を延期して猶予してあげてしまっているということになる。

これこそがポストコロナの新世界秩序を形成する大きな要素の一つとなることに注目しなければならない。

中国・アフリカ協力に参加している国の数は53ヵ国である。そのほとんどは一帯一路にも加盟している。それにこの65ヵ国を単純に加えたとして118ヵ国になるが、アフリカ53ヵ国の中から発展途上国と極貧国をおおまかに選ぶと少なくとも100ヵ国以上が「債務の減免」を受けたことになる。

これらの状況をざっくり捉えて、中国では知識人により以下のような定性分析が成されている。

(1)中国は発展途上国の最大の債権国で、その総額は5.5兆ドルに上る。

(2)なぜそこまでの債権を持っているかというと、一帯一路やアフリカ諸国に対する投資があるからだが、それらの対象国は、そもそも「信用格付」(金融商品または企業・政府などの信用状態に関する評価を簡単な記号または数字で表示した等級)すらされていない国がほとんどで、どの国も、あまりにリスキーなために、これらの国にお金を貸さない。その危険性を押して中国はお金を貸している。

(3)なぜ、そのようなリスクを冒すのかというと、商品輸出先の市場として育てたいからだ。中国は輸出主導型経済なので、商品を買ってくれる市場が最も重要だ。リーマンショック以来、アメリカの消費力が大きく落ちてきたので、新しい輸出先を作る必要がある。したがって新興国や発展途上国のインフラ整備に投資し市場として育て、中国の商品を買ってもらうことが一帯一路の最大の目的だ。

(4)一帯一路は基本的にインフラ投資で、中国は自国がかつてインフラ投資で成功した経験をいくつか持っている(リーマン後の地方政府の債務増加は別として)。一帯一路沿線国の発展途上国や貧困国に対しては、本来は発展させて、その果実を頂こうという発想ではあるが、スリランカのように「借金漬けにして植民地化する結果に見える」例もあることから「一帯一路」戦略とは「債務の罠」戦略であると批判する海外人士が多い。もしそれが正しいとすれば、今回の債務返還の取り消しや猶予といった措置を中国が取るはずがないだろう。

(5)コロナで、これらの国は今は返済できないことは明らかなので、今は返済を迫らない。むしろ猶予を与えて、経済が復旧してから返済させた方が中国にとっては有利。

(6)債務返済の猶予をすれば、何が変わるか。中国の「大国としての影響力」を高める結果を招く。これこそが、アメリカと対比した時のポストコロナの国際社会における中国の地位を高めてくれるものなのである。

以上、大雑把に中国の知識人らが分析している結果をまとめてみた。

(3)と(4)は、中国の知識人の分析として、一応「ふむふむ」と受け止めるが、ここで最も注目されるのは(6)で、これこそが「ポストコロナの世界新秩序」を形成するための習近平の戦略であるということができよう。これは見落とさない方がいい。

前述の「健康シルクロード」建設だけでなく、一帯一路の債務返還まで帳消しにするとか猶予を与えるなどするとなると、国の数からいって、アメリカを取るのか中国を取るのかとなった時に、中国を取る国の数のほうが増えることは明らかだろう。つまり国際機関などで票決をするときに、中国に賛同する国を増やすことが狙いだ。それによってポストコロナの世界制覇を中国に有利な方向に持って行こうとしているとみなすことができる。

コロナの発症地でありながら、そのコロナをきっかけに、中国側に付こうとする国の数を広めていこうとする習近平の意図が如実に表れている。

ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
中国問題グローバル研究所所長筑波大学名誉教授理学博士。1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)、共著に『激突!遠藤VS田原日中と習近平国賓』(実業之日本社)など多数。
白井一成(しらい・かずなり)
中国問題グローバル研究所理事実業家・投資家。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。1998年、株式会社シークエッジ代表取締役に就任。2007年から現職。また、社会貢献の一環として、2005年に社会福祉法人善光会を創設。グローバルな投資活動を展開。中国企業への投資経験も豊富。

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