本記事は、遠藤誉氏、白井一成氏の著書『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(実業之日本社/2020年8月発行)の中から一部を抜粋・編集しています

アメリカの反撃と米中のせめぎ合い

米中協議
(画像=PIXTA)

●アメリカの反撃

香港への国家安全法制導入に対して、アメリカは猛烈な反撃に出た。

トランプ大統領は全人代が始まる前日の2020年5月21日、香港へ国家安全法を導入すれば「強力に対処する」と警告していたし、ポンペオ国務長官は翌22日、「香港の自治に死を告げる鐘になる」と非難した。同時にアメリカは「一国二制度」を前提に香港に認めている貿易や渡航における優遇措置を見直す可能性があるとも示唆していた。

これは2019年11月にトランプ政権で成立した「香港人権民主法」を指しており、同法を発動させて、貿易投資や金融に関する香港の特別な地位を失わせることを意味する。事実、アメリカのオブライエン大統領補佐官は24日、中国が国家安全法を制定した場合、「香港は金融センターとしての地位を失う。アジアの金融センターではなくなるだろう」との見方を示した。

ただそうなった場合には、米中貿易戦と同じく、アメリカおよびその同盟国も損害を被るという側面は否めない。返り血を浴びる。

それでも中国に損害を与えることができれば、望むところだという勢いもあった。アメリカおよびその同盟国が受けるであろう損失が、アメリカが中国に与える損失よりも小さければ、それで構わないという体当たりの構えになりつつある。

5月28日、全人代で国家安全法制の香港導入が議決されると、トランプは29日、優遇策を撤廃することを決めた。

ただ、翌日にはツイッターで正反対のことを発信することもあるトランプの性格を考えると、次に何が起きるかわからないと、国際社会は慎重に動静を見守り続けた。

そのような中で、全人代開催前の5月20日に合わせて発表された「アメリカの中国に対する戦略的アプローチ」は、やや安定的に見通せるアメリカの対中戦略をうかがわせる。これは2019年に出された国防権限法を基礎にして、中国に対処するアメリカの戦略を「経済、価値観、安全保障」といった側面から根本的に見直すとしたものだ。

「経済面」では米中貿易戦争での、より厳しい締め付けが想定され、「価値観」ではまさに香港問題や台湾問題などが核心となる。「安全保障」では南シナ海や5Gあるいはサイバー攻撃など枚挙に暇がない。

アメリカは「アメリカとアメリカ人の生き方、アメリカの繁栄、安全を守る」というのがこの戦略的アプローチの軸になっている。これは3月4日に中国政府の通信社・新華社が書いた「世界は中国に感謝すべき」と関係していると判断される。新華社報道には、アメリカの疾病センター(CDC)スタッフの意見という形を取ってはいるが、要は「中国の本心」として以下のようなことが書いてある。

アメリカの医薬品の大部分は中国からの輸入に頼っており、一部の医薬品はヨーロッパから輸入されてはいるが、ヨーロッパはこれらの医薬品の製造拠点を中国に置いているため、結果的にアメリカの医薬品輸入の90%以上は中国に頼っていることになる。もし中国が自国内のニーズを重んじて医薬品の輸出禁止を発表したとすれば、その瞬間、アメリカはコロナ感染の地獄と化すだろう。

これに対してトランプ政権周辺は激しく反応し、米議会も中国依存からの脱却、切断(ディカップリング)を目指す動きが加速した。

一方、アメリカやイギリスなど西側諸国を中心として中国に対してコロナ禍に対する損害賠償の動きが広がっていた。4月29日、フランス国際ラジオRFI(Radio France Internationale)は、「コロナに関して世界8ヵ国が中国に100兆ドルの損害賠償を求めている」と報道した。それによれば、訴えているのは「アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、エジプト、インド、ナイジェリア、オーストラリア」の8ヵ国で、賠償金額の合計は100兆ドル(約1京1000兆円)を上回り、中国の7年間分のGDPに相当する額に達するという。

香港経済日報は「8ヵ国聯合、対中賠償請求全開」という見出しで報道しているが、これは清王朝末期の「8国聯合」をもじって、現在対中包囲網が形成されていることを表している。

今回の原告はアメリカの州検察当局もあるが、弁護士会や民間シンクタンクが多く、トランプが言っているような、「国家」として訴えるところまでは行っていない。

「国家」が「国家」を訴える場合は、(海洋問題を別とすれば)以下のようなケースがあり得る。

1つはオランダのハーグにある常設仲裁裁判所で、これは相手国が「訴訟を受けて立つ」と承認しなくとも、一方的に訴えることができる。但し執行の強制力を持っていない。したがって南シナ海の領有権を巡ってフィリピンが訴訟を起こし勝訴したのに、中国は判決文を「1枚の紙っ切れでしかない」と強烈に走り回って無視してしまったことがある。

2つの目の選択肢は国連にある国際司法裁判所に訴える方法で、これは国連憲章第94条などに規定されている。94条の1によれば、「各国際連合加盟国は、自国が当事者であるいかなる事件においても、国際司法裁判所の裁判に従うことを約束する」となっているので、もちろん「国家が国家を訴えることは可能」である。

もっとも、ハーグの仲裁裁判所と違って被告側に相当する国(今の場合は中国)が「受けて立つ」と表明しなければ、そもそも裁判が成り立たない。

万一にも中国が「受けて立つ」と意思表明し、裁判が進む場合、94条の2には「事件の一方の当事者が裁判所の与える判決に基いて自国が負う義務を履行しないときは、他方の当事者は、安全保障理事会に訴えることができる。理事会は、必要と認めるときは、判決を執行するために勧告をし、又はとるべき措置を決定することができる」とある。すなわち「従わない場合は国連の安全保障理事会に訴えることができる」のである。

したがって現在のコロナの状況で言うならば、アメリカなど8ヵ国が「国家」として「中国」を訴えて裁判が進行し(判決が出ても)中国が従わない場合は、安保理に訴えることができるので、オランダ・ハーグと違い「強制力」を持っているわけだ。

ところが、国連憲章第27条の3には「その他のすべての事項に関する安全保障理事会の決定は、常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成投票によって行われる。但し、第6章及び第52条3に基く決定については、紛争当事国は、投票を棄権しなければならない」とある。

安保常任理事国の中には中国がおり、ロシアがいる。紛争当事国である中国が棄権したとしても、習近平と蜜月を演じているプーチン大統領が率いるロシアが頑張ってくれれば、中国は難を逃れることができる。

プーチンの側近とも接触のある「モスクワの友人」は、「習近平を追い込むような選択を、プーチンは絶対にしない」と断言している。この言葉からもわかるように、習近平にとってプーチンを引き寄せておくことがどれだけ重要であるかが推察される。

ロシアは中国でコロナが発生すると、直ちに中露国境を封鎖したが、イタリアに遊びに行っていた富裕層がロシアに戻ると、急激にコロナ感染者が増加し始めた。すると中国は直ちに医療支援部隊をロシアに派遣し、大量の医療支援物資をロシアに運んでいる。

また6月24日にはモスクワの赤の広場で対ファシスト戦勝75年を記念する軍事パレードが行われた。本来5月9日に予定されていたが、コロナの影響で延期となっていた。ロシアにおける感染者が激増する中、習近平は中国人民解放軍に直接ロシアに行って軍事パレードに参加することを指示し、実行された。感染リスクよりもプーチンとの「友情」を重んじたのである。

それくらいだから、コロナ禍による損害賠償請求は、国家としてはなかなか成立しにくい。それでもコロナ収束後に中国に集中砲撃してくるであろう国際世論に習近平は戦々恐々としていたにちがいない。

ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
中国問題グローバル研究所所長筑波大学名誉教授理学博士。1941(昭和16)年、中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した長春食糧封鎖「卡子(チャーズ)」を経験し、1953年に帰国。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『中国がシリコンバレーとつながるとき』(日経BP社)、『ネット大国中国言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『卡子中国建国の残火』(朝日新聞出版)、『毛沢東日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃』(PHP研究所)、『米中貿易戦争の裏側』(毎日新聞出版)、共著に『激突!遠藤VS田原日中と習近平国賓』(実業之日本社)など多数。
白井一成(しらい・かずなり)
中国問題グローバル研究所理事実業家・投資家。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。1998年、株式会社シークエッジ代表取締役に就任。2007年から現職。また、社会貢献の一環として、2005年に社会福祉法人善光会を創設。グローバルな投資活動を展開。中国企業への投資経験も豊富。

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