上海の著名医師が、中国で承認を受けた製薬大手シノファームのワクチンについて、「世界で最も安全ではないワクチンになる恐れがある」とインターネットに投稿したことを受け、国内では副作用への懸念からワクチン接種を躊躇する動きが出ているという。しかし、ワクチンの開発・接種実施にあたり、さまざまな課題に直面しているのは中国に限ったことではない。すでに大規模な接種計画を展開している国においても、温度差が感じられる。
2021年1月16日現在、G7加盟国中で唯一ワクチンを承認しておらず、実施の延滞が懸念される日本だが、一足先にワクチン接種を実施している国の状況から、クリアすべき課題が見えてくるかも知れない。
各国のワクチン開発・実施の現状
ニューヨークタイムズ紙の1月14日のデータによると、少なくとも一カ国で緊急使用を含む承認を受けているワクチンは、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、シノファーム、ロシアの「スプートニクV」など8種類だ。
米国、英国、EU諸国、イスラエル、カナダ、ロシア 、インドなど、すでに大規模な接種を開始している国は、これらのワクチンを確保する一方で国内の開発にも注力しており、20種類のワクチンが臨床第3相試験、22種類が臨床第2相試験、41種類が臨床第1相試験段階にある。特にジョンソンエンドジョンソンのワクチンは、中間段階の臨床試験結果で「1回の接種で持続的な免疫反応が得られた」として、実用化に向けた次なる有力候補と期待されている。
日本の現状は?
日本のワクチン開発をリードしているのはアンジェスのDNAワクチンで、2020年11月から第2/3相臨床試験を実施している。日本政府は今上半期に1億2000万回分(6000万人分)の供給を受けることでファイザーと合意しており、現在は国内での承認待ちの状態だ。ワクチン接種は2月下旬の医療従事者を皮切りに、一般の国民への接種は3月以降になる見込みだが、承認結果や供給状況によっては接種開始がずれ込む可能性も予想される。
接種実施で明るみに出た課題3つ
以下、接種を実施している国が直面している3つの課題を見てみよう。
課題1. サプライチェーンを含む接種システムの効率化
多数の国で実用化されているファイザーやモデルナなどのワクチンは、一定の間隔をあけて2回の投与が必要だ。世界に先駆けて接種を開始した英国では、2021年1月15日の時点で、優先接種対象である80歳以上の高齢者の約45%とケアホーム居住者の約40%など、合計320万人以上がファイザーのワクチンの1回目の投与を受けている。
ところがファイザーは1月中旬、生産が追い付かないことを理由に、英国およびEU全諸国への出荷を一時的に延滞すると発表した。英国は3月までの供給分を含め、最終的に400万本のワクチン供給を受けることにファイザーと合意しているほか、モデルナとアストラゼネカのワクチンの接種も承認済みであるため、当初の計画通り接種を継続する意向だ。
しかし、長期間にわたり供給不足が解消されない場合、より広範囲への普及が困難になるのみならず、2回目の接種計画に支障を来す可能性が高まる。同様の問題が浮上すると予想されるEU各国の保健社会大臣は、「すでに計画されたワクチン接種計画に影響を与えるだけでなく、ワクチン接種プロセスの信頼性も低下する」と、遺憾の意を表している。
以上の例が示すように、安定したサプライチェーンの確保はもちろんのこと、「ワクチンをいかにして速やかかつ効率的に各自治体に配布し、集団接種を実施するか」など、接種システムの効率化が計画成功の重要なカギを握っていることは明らかだ。
課題2. 安全性の確立
コロナワクチンは現在承認を受けたものも含めて、従来のワクチンより遙かに短期間で開発された上に、臨床試験や実用化の歴史が極めて浅い。臨床試験結果では深刻な安全上の懸念は報告されていないが、大規模な接種計画による長期的な影響は未知の世界だ。
これまでのところ、過去に薬剤に対して重度のアレルギー反応を起こした人の間で、アナフィラキシー反応が見られたほか、1回目の投与を受けた高齢者の死亡ケースの増加も報告されている。1月15日までに4万人以上が接種を受けたノルウェーでは、75歳以上の死亡累計が29人。すべてのケースに「重篤な基礎障害のある高齢者」だったことが共通している。
一方、英国ではファイザーの追加ワクチンが間に合わない場合に備え、モデルナなどの他メーカーとの併用案が検討されている。しかし、安全性や有効性を示す十分なデータが収集されていないことから、世界保健機関(WHO)や一部の医療機関は疑問を唱えている。裏を返すと歴史が浅いだけに、「今後さらなるデータの収集を続けながら、時間をかけて安全性を確立していく必要がある」ということだ。この点について、国民の理解を深める働きかけが不可欠になるはずだ。
課題3. 国民の信用の確立
ロイターが世論調査企業YouGovから入手した世論調査結果によると、「ワクチンを接種する」という回答者の割合が、英国で73%、デンマークで70%、インドで69%に達しているのとは対照的に、フランスでは26%、ポーランドでは28%、ドイツでは44%に留まった。特にフランスは「接種しない」という回答者が48%と、ワクチンに対して極めて懐疑的な国民が多い。調査は2020年12月に、約2万人を対象に実施されたものだ。
日本は接種に積極的な国民が多く、読売新聞がほぼ同期間に実施した全国世論調査では、84%が接種の意思を示し、「接種したくない」と答えたのはわずか15%だった。各国はこのような接種意欲の温度差を踏まえ、より多くの人々が安心して接種を受けられるように、国民の信用を確立する手段を模索する必要があるだろう。
ワクチン接種計画を成功させるためには課題の解決が必須
日本は東京オリンピックの開催を賭けた正念場でもあり、感染拡大の抑制策として、速やかなワクチンの接種開始を求める声も多い。しかし、国家を挙げた接種計画を成功させるためには、スピードだけを重視するのではなく、これらの根本的な課題への対応策をワクチン政策に組み込むことが不可欠ではないだろうか。(提供:THE OWNER)
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)