感染症によって大きな打撃を受けた経済と社会を、サステナビリティ(持続可能性)の取り組みでもって立て直そうという動きが広がっている。今回からスタートする連載「日本企業のニューノーマル」の初回は、企業を取り巻く社会の変化をとらえ、危機を変革のチャンスに変える新しい価値の創造を提案する。

新海美保
新海美保(しんかい みほ)
ライター・エディター。愛知生まれ。大学卒業後、2004−05年インド在住。出版社で専門書や雑誌の編集・執筆に携わり、2009-10年『国際協力ガイド(現国際協力キャリアガイド)』編集長。PR・CSRコンサル企業の出版部門を経て、2011年から災害時の緊急支援団体の広報・渉外担当。2014年京都移住を機にフリーランスに。新聞、雑誌、書籍、ウェブなどの企画・編集・執筆・校正・撮影等に従事。共著『グローバル化のなかの日本再考』(葦書房)ほか。2021年春からフィジー滞在(予定)

コロナ禍の新しい”ニューノーマル”

コロナで激変する世界の常識 未来の価値基準、「ニューノーマル」とは?
(画像=Rawpixel.com/stock.adobe.com)

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まってから、間もなく1年が経つ。この間、世界中で長期の外出禁止や自粛が余儀なくされ、感染拡大と医療崩壊を防ぐために、テレワークや在宅勤務が広がった。一人一人の働き方や生活の仕方が大きく変わり、「新しい生活様式」「ニューノーマル」という言葉が日常的に使われるようになった。

では、経営者や組織にとってのニューノーマルとは、なんだろうか。「新たな常識」「新状態」などと訳されるこの言葉は、新型コロナウイルスが広がり始めた当初は、オンライン会議設備の導入や社員のリモートワーク、感染抑止のための新しい生活やビジネスマナーの推進といった応急的な対処の「常態化」を指していた。しかし、今やニューノーマルとはもっと深い次元にある言葉としてとらえるべき段階にきている。

危機こそ変革のチャンス

長く続くコロナ禍において、私たちは目に見えない未知のウイルスの存在に大きな脅威を感じている。他方、それ以上に怖いのは、目の前の危機が収束したとき、まるでこの脅威がなかったかのように既存社会に立ち戻ってしまうことだ。新型コロナウイルスは、コロナが起きる前からあった貧富の格差や社会の分断を浮き彫りにした。仕事や家を失った人、家庭内ストレスの増大、加えて子どもたちの教育格差も顕著となった。世界に目を向ければ、貧困や飢餓、水不足、医療アクセスの課題などがコロナ禍でより深刻化している。

困難に満ちた2020年から一歩抜け出し、新しい年を「変革のチャンス」とするために、今、一人一人が思考のパラダイム転換を目指すタイミングがきている。これまでの社会の矛盾や格差が明らかになり、私たちの日常を支える経済活動の前提としてあった「個々が自由かつ無限に利益を享受できる」という考えを改める必要性に迫られている。そして、その変革の波はもう始まっている。

「ESG投資」主流化の分岐点

2020年、ESG投資がじわりと増加した。ESGとは、「環境(E:Environment)」・「社会(S:Society)」・「統治(G:Governance)」。従来、利益につながりにくく運用成績の悪化につながりかねないとも考えられたESG投資は、必ずしも”主流”ではなかった。しかし、今後はむしろ企業経営の基本となり、ESGやサステナビリティ(持続可能性)に配慮しない組織は、淘汰されていく可能性を秘めている。

ESGの波は、欧米だけに訪れているのではない。日本に拠点を置く機関投資家を対象とした「ESG投資実態調査2020」(QUICK ESG研究所)によると、2020年度に重視するエンゲージメント(投資先企業との対話)テーマとして、トップ3に「気候変動」「労働慣行(健康と安全)」「人権」が入った。運用成果についても、「短期的なリターンはあまり重視せず、中長期のリターンを求める」との回答が半数以上を占めた。

ESGのうち、特に注目が集まるのは、「E(環境)」だ。金融庁は、2020年12月、2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を宣言し、「経済と環境の好循環」を作り出していくとした。そして、産業界・金融界・学者・関係省庁から構成されるサステナブルファイナンス有識者会議を設置し、今夏、社会課題の解決にあてるソーシャルボンド(社会貢献債)の発行拡大に向けた指針をつくる。ソーシャルボンドとは、社会的課題に取り組むプロジェクトの資金を調達するために発行される債券のことで、新型コロナウイルス対策として発行される、通称「コロナ債」の増加を受けて、世界のソーシャルボンド市場は爆発的に伸びた。

コロナ禍で雇用問題や働き方の変革が求められるなか、「S」や「G」にも注目が集まるようになった。上記の調査では、「コロナ禍における企業の行動について何が重要と思うか」という問いに対し、「持続可能性を高めるためのビジネスモデルの再構築」「(社会の)環境変化への対応力」「健康管理を含む働き方改革の推進」も上位を占めた。同研究所では「投資家が企業のレジリエンス(耐性)の向上や人的資本の配置・活用といった点を注視しようとする姿勢が垣間見えた」と分析している。

環境や社会に配慮したサービスが求められる時代

投資の基準はもはや目先の利益だけではない。その視点は消費者にとっても同じである。サステナビリティを志向する消費者は、サステナビリティに前向きに取り組む企業とそうでない企業のサービスや商品を選別する。言い換えれば、環境や社会に配慮した製品やサービス展開がより一層求められる社会が到来しつつあるのだ。

シリーズ「日本企業のニューノーマル」では次回以降、危機を変革のチャンスととらえ、サステナブルな事業を加速化させる中小企業の取り組みを紹介する。社会や地球規模の課題に寄り添い、地道に解決していく姿勢こそが、これからの企業に求められる新しい時代の「ニューノーマル」である。(提供:THE OWNER

文・新海美保(ライター・エディター)