鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

2020年の夏、ドラマ「半沢直樹」に夢中になった人も多いだろう。この中で黒崎統括検査官が登場する。彼の存在で証券取引等監視委員会の知名度が一気に上がった。今回は証券取引等監視委員会の特徴や設立経緯、検査など解説する。

証券取引等監視委員会とは?

ドラマ「半沢直樹」の黒崎統括検査官、実際はどんな仕事をしてる?証券取引等監視委員会について解説
(画像=mapo/stock.adobe.com)

証券取引等監視委員会は、金融庁の審議会である。根拠は金融庁設置法第6条だ。審議会というのは合議制の組織である。

なお、機関を構成する職員は金融庁だけではない。国税庁や検察庁からも人員が派遣されている。弁護士や公認会計士の資格を持つ人物が職員として採用されることもある。

ドラマ「半沢直樹」で話題に

「半沢直樹」の中で、証券取引等監視委員会の黒崎統括検査官が登場する。オネエキャラで個性的な人物だが、検査ではプロの洞察力を発揮し、細かくチェックする。

クラウド上の隠し部屋にある重要資料に迫ったり、シュレッダーの裁断くずを復元して物証を押さえたりするが、決して架空の話ではない。

最近はIT技術が発達し、オンライン上のデータに不正の証拠が隠されたり、アルゴリズム取引などで取引市場のボラティリティがおびやかされたりする。

証券取引等監視委員会は、こういった事態にも対処しなくてはならない。さまざまな知見と経験から不正を突き止める。

証券取引等監視委員会の特徴2つ

証券取引等監視委員会の特徴を2つ確認していこう。

特徴1.強制調査権が与えられている

証券取引等監視委員会は、市場の公平性や透明性を保つために、市場分析や金融取引業者等の監視を行う機関である。

一言でいうと、証券市場の番人だ。ただ、法律上は金融庁に設置された審議会であり、警察のような警察権や逮捕権をない。

しかし、裁判所の令状をもとに家宅捜索する強制調査権が与えられている。

所管法令である金融商品取引法を駆使して、証券市場における犯則事件の調査や金融業者に対する検査を実施する。事案によっては検察庁への告発も行う。

特徴2.独立性が重視されている

証券取引等監視委員会は金融庁の組織だが、独立性が重視されている。その根拠を挙げるとすれば、委員長の選任だろう。

証券取引等監視委員会の委員長は、金融庁長官や各局の局長と異なり、官僚の人事異動で就くポストではない。衆議院・参議院の同意を得てから内閣総理大臣が任命する。

任期は3年間だが、原則として在任中に罷免されず、任期中に政権が交代しても辞職にならない。

経験が重視される役割なので、長年検査を担当する。「半沢直樹」の中で、黒崎検査官が「お久しぶりね」「またね」というセリフを口にするが、あのシーンは完全にフィクションではないといえよう。

証券取引等監視委員会が設立された背景

証券取引等監視委員会の設立は、1991年の証券不祥事と関係している。

1980年代、株価の長期にわたる上昇傾向のもとで、企業は証券市場で大量の資金調達を行う傾向があった。証券投資による財テクで収益を上げるためだ。

証券会社に運用を一任して手数料を稼がせ、損失を補てんする利回り保証が得られる契約もあったとみられる。

しかし、バブル崩壊後に株価が一気に下落し、多くの企業が損失を被った。補てんの結果、各証券会社は巨額損失を計上するに至った。

各証券会社への税務調査で明るみになったが、暴力団との不適切な取引や相場操縦の疑惑なども浮上した。

証券会社の経営を健全にするために、証券取引法の改正で損失補てんが禁止された。

そして、市場の公正性と透明性の維持、投資家保護の強化を目的として、1992年に証券取引等監視委員会が設立された。

設立当初、証券取引等監視委員会は旧大蔵省の合議制機関であった。しかし、1998年の大蔵省接待汚職事件を受けて大蔵省が解体した後、分離した組織である金融庁の審議会として編成された。

証券取引等監視委員会の任務6つ

証券取引等監視委員会の任務は主に6つある。

任務1.市場分析・審査

市場分析審査とは、証券市場全体の情報収集や分析である。

独自に情報を収集するだけでなく、一般投資家や市場関係者からオンラインや郵便、電話を通して通報も受け付けている。不正取引の疑いがあれば詳しく調査を行う。

任務2.証券モニタリング

証券モニタリングとは、金融商品取引業者の業務や財産に関する検査業務である。問題のある業者には改善要求を行う。状況によっては、金融庁長官に行政処分を勧告する。

任務3.取引調査

取引調査とは、不公正な取引全般に対する調査だ。不公正な取引には、インサイダー取引(内部者取引)や風説の流布、偽計、相場操縦などがある。違反行為が発覚したら、金融庁長官に課徴金納付命令の発出を勧告する。

任務4.開示検査

開示検査とは、有価証券報告書などの開示書類を提出する業者に対し、報告の徴取や検査を行うことだ。

有価証券報告書は、投資家が投資判断に役立てる重要書類だ。市場の公平性を保つには、重要書類に関する虚偽や不適切な記載を監視しなくてはならない。

検査で虚偽だと認められたとき、金融庁長官に課徴金納付命令の発出を勧告する。

任務5.犯則事件の調査

犯則事件の調査とは、裁判所の許可状を取得したうえで、行政機関が所轄する法律に違反する事件を調査することだ。

現場への立ち入り検査や捜索、差押を行う。通常の検査が課徴金命令といった行政処分に主眼を置くのに対し、犯則事件の調査では検察当局に刑事告発することが前提となる。

任務6.不法行為に対する禁止命令請求・告発

具体的には勧告・建議・告発・裁判所への申立がある。

勧告とは、検査や調査の結果、課徴金納付や開示書類の訂正などに関する対応が必要なとき、内閣総理大臣や金融庁長官に命令や行政処分を求める行為をいう。

建議とは、法律や規制の見直しを金融庁長官に求めることだ。

告発とは、犯則事件の調査で法律違反が判明したとき、検察官に告発することをさす。

裁判所への申立とは、金融商品取引法の重大な違反行為に関して、裁判所に禁止や停止命令を申述することだ。

いずれも市場の公正性・透明性を確保し、投資家を保護するために必要な措置となる。

証券取引等監視委員会の活動事例4つ

証券取引等監視委員会の具体的な活動事例を4つ紹介する。

活動事例1.ドン・キホーテ前社長による情報漏えい

ディスカウントストア大手ドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルHDの前社長が、2020年12月3日に東京地検特捜部に逮捕された。

前社長は、TOB(株式公開買付)に関する内部情報が公表される前、知人に自社株を購入するよう推奨したという。

金融商品取引法の「取引推奨」に該当する違法行為だ。

ちなみに、証券取引等監視委員会は、2019年11月と2020年8月、前社長の関係先を強制調査している。

活動事例2.カルロス・ゴーン氏と日産の役員報酬不記載

証券取引等監視委員会は2018年12月、日産自動車の元会長であるカルロス・ゴーン氏と元代表取締役であるグレッグ・ケリー氏の両名を東京地検に告発した。

両者は共謀して、2011年3月期から2015年3月期までの5年間、ゴーン元会長への役員報酬の合計約50億円を有価証券報告書に記載しなかったとされる。

この行為は、金融商品取引法に定める「有価証券報告書の虚偽記載」に該当するため、刑事訴追の必要があると判断された。

このとき、ゴーン氏の違法行為を黙殺した日産も、証券取引等監視委員会により告発されている。

しかし、日産が検察に違反を申告したことから、監視委が認めたうえで同社の課徴金は約24億円にまで減額された。

活動事例3.上場廃止寸前「さいか屋」の相場操縦

神奈川県の老舗百貨店である「さいか屋」は、オンライン通販の普及といった影響から、16年連続の減収となっている。

相場操縦の事件が起きたのは、2019年1月9日から31日までの間だった。静岡県在住の会社役員は、大口の高指値買い注文を繰り返し発注した。

上場廃止猶予期間に入る前に、株価を引き上げる意図があったとみられている。

この行為によって1月10日以降、上場廃止基準を超える320円で「さいか屋」の株価は安定していた。

この行為は、「第159条第3項の規定に違反する一連の有価証券売買等」に該当し、証券取引等監視委員会は男性に1,334万円の課徴金を納付するよう勧告した。

活動事例4.トップボーイで知られたNutの偽計

ジャスダックに上場していたNutsが2020年2月、証券取引等監視委員会から強制調査を受けた。株価上昇を目的に虚偽の情報開示を行った疑いがあり、金融商品取引法違反(偽計)の可能性があったからだ。

同社は1990年前後、「トップボーイ」の店舗名でゲームソフトの販売で業績を上げた。しかし、2010年以降業績不振に陥り、赤字計上を続ける。

にもかかわらず2019年2月、会員制医療施設の開設予定により、19年3月期決算では前年比10倍前後の売上になると発表した。

しかし、開設は延期され、業績予想も未定とされた。なお、開業見通しを発表する前、同社の株価は70円程度だったが、発表後は100円に値上がりしている。

強制捜査の後、監査法人による財務諸表監査で粉飾が発覚した。帳簿上は8億900万円の現金が、実際は50万円しかなかった。

そして、監査報酬の一部も払えず、監査法人との契約も解除される。上場維持や事業継続の見通しが立たなくなり、同社は東京地裁から破産手続きの開始決定を受けた。

証券取引等監視委員会の動向を把握

以上、証券取引等監視委員会の概要をお伝えした。私たちは、日常的にTVや新聞で彼らの存在に触れている。

健全な経営を実施するためにも、証券取引等監視委員会の取り組みは参考になる。経営者であれば、証券取引等監視委員会の動向を把握しておいて損はないだろう。(提供:THE OWNER

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)