上場企業である石川県金沢市の商社が、定年退職を事実上廃止した。上場企業の中では異例のことだが、いま中小企業の間では定年廃止の動きが目立ちつつある。そしてその背景にあるのが「高年齢者雇用安定法」の改正だ。定年廃止をめぐる最新の動向を解説する。

定年廃止を発表した三谷産業

定年廃止が企業にもたらすメリット・デメリット 三谷産業が継続雇用制度を新設
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定年退職を事実上廃止したのは、金沢市に本社を置く三谷産業である。「無期限の継続雇用制度」を2021年4月から導入し、60~65歳までの年度は「マスター正社員」、66歳からの年度は「マスター嘱託社員」として、66歳以降の年度は1年ごとに契約を更新する形だ。

66歳以降の年度については、評価基準を満たした場合のみ無期限の継続雇用制度の対象となる。ちなみに退職金は60歳の時点で一度支払うが、継続雇用を終える段階で2度目の退職金を出すという。三谷産業は報道発表で「今後も社員が長くいきいきと働くことができる、より良い職場づくりを目指してまいります」としている。

定年を廃止する企業は増え続けている

定年を廃止する企業は、国内でも徐々に目立ち始めている。そのほとんどは、従業員数が300人に満たない中小企業だが、厚生労働省の調べでは2020年6月時点で4,468社に上っており、前年と比べると171社増加している。

このような背景には、今年4月に「改正高年齢者雇用安定法」が施行されることがある。改正法では企業に対し、「70歳までの定年引き上げ」や「定年制の廃止」を努力義務として定めている。この法律を受け、定年廃止に乗り出す企業が増えているのだ。

ちなみに、4,468社の内訳と前年からの増加数は以下の通りとなっている。

企業区分定年廃止の企業数前年比
中小企業4,370社161社増
大企業98社10社増

今年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行されることが決まる前に、すでに定年を廃止している企業も実は少なくない。例えば、福島県郡山市にある建設会社の田村工務店は2003年から段階的に定年年齢を引き上げ、2013年は定年制を廃止している。

定年廃止のメリットは?

では、定年廃止は企業にどのようなメリットをもたらすのか。紹介していこう。

人手不足の解消・人材採用コストの削減

日本は少子高齢化の進行によって、労働力となる人手が不足気味だ。そしてこの傾向は、今後ますます顕著になる。このような中での定年廃止による継続雇用は、人手不足の課題を緩和させる。また、新規採用の規模を縮小することで、人材募集に関するコストを削減できる。

顧客ネットワークやスキルという「財産」を最大限生かせる

その企業で長く勤めてきた人材であるということは、業務に関する一定のスキルや顧客ネットワークを有しているということにほかならない。そのようなスキルやネットワークは企業によっては「財産」で、継続雇用によってその財産を最大限生かせるようになる。

助成金を受け取ることが可能になる

定年年齢を引き上げたり、定年を廃止したりすることで、企業は国の助成金を受け取ることができる。この点もメリットとして挙げられる。具体的には、「65歳超雇用推進助成金」などで、例えば、定年を廃止した場合は、60歳以上の雇用保険被保険者数に応じて20万~160万円の助成金の支給を受けることが可能だ。

定年廃止の注意点は?

定年廃止は、メリットばかりではないことにも注意が必要だ。

従業員の世代交代が進みにくくなる

高齢の従業員を継続雇用するということは、それだけ企業における世代交代が進みにくくなるという側面もある。世代交代が進みにくいと、新たなテクノロジーやビジネスの考え方などが企業で導入・浸透しにくくなる懸念が出てくる。

また、世代交代が進まないことで、若手従業員の士気にも影響が出てくる可能性がある。そのため、定年廃止と同時に若手社員への裁量を増やすといった工夫が企業内で求められる。

労務管理などの面では課題も

定年廃止をすることで、定年後に継続する従業員は嘱託職員などとして働くことになる。それは、従業員の立場が、多様化することにつながるため、労務管理における手間などが大きく増える可能性がある。

「適材適所」という視点も重要

最近は、「定年」をめぐるトピックスが政治の世界でもホットだ。45歳以下で構成する自民党青年局は今年1月、自民党内の「73歳定年制」の遵守を二階俊博幹事長などに求めた。定年制が厳守されなければ、自民党の若返りが進みにくくなるという理由だ。

ただし、政治の世界でもビジネスの世界でも重要なのは、「適材適所」ではないだろうか。若い世代が担った方が良いポジションは若い世代が、多くの経験を有する世代が担った方が良いポジションはベテラン世代が、といった具合だ。

そしてそのためには、企業においては「人事」が非常に重要となる。会社全体でさまざまな世代をどのような職場配置にするのがベストなのか、その最適解を見つける努力が欠かせない。そうすれば、人材不足の中、定年廃止は企業に結果的に良い結果をもたらすはずだ。(提供:THE OWNER

文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)