権限委譲は従業員の能力開発や人材育成、または組織における生産性向上のために注目されているマネジメント手法だ。権限委譲が成功するか否かは、部下による自律的な行動がカギを握っている。また経営者やマネージャーが、どのような権限を配分するかという点も重要である。

権限委譲のメリット・デメリットや企業の成功事例について、より詳しく解説したい。

「権限委譲」とは

会社も部下も成長する一手。権限委譲について
(画像=song-about-summer/stock.adobe.com)

権限委譲とは、本来上司に属する業務上の権限の一部を、部下に委譲することである。権限を与えられた従業員は、本人の裁量で業務遂行しなければならない。

「権限委譲」の意味

権限委譲は、英語で「エンパワーメント」(empowerment)や「デレゲーション」(delegation)と呼ばれる。

「エンパワーメント」は日本語に直訳をすれば「力を与えること」だが、「能力開花」や「湧活」と訳されることもある。

20世紀、ラテンアメリカを起点とした先住民運動や女性権利獲得運動において、使用されるようになった。本来は、人間が潜在能力を発揮できるように、公平で平等な社会を目指すことを意味する。

現在は市民運動だけではなく、企業や医療、福祉、教育の現場で実践されるようになっている。

企業の経営組織に関しては、従業員一人ひとりに潜在する能力や活動を引き出すことによって、人材の成長や会社の発展につなげることが期待されている。

権限委譲における経営組織には、2つのモデルがある。「集権的組織」と「分権的組織」だ。

「権限の配分が集中的になされているものが集権的組織である。これにたいして、権限の配分が分散的に行われているものが、分権的組織である」。

(引用:「分権的組織の意義と間題点」|一橋大學研究年報. 商學研究(高宮 晋・著)

現代の傾向としては、集権的組織から分権的組織に移行する企業が多い。分権的組織では、意思決定を中央集権化することなく、下位の組織全体にわたって委譲することができる。

「権限委譲」の目的2つ

権限委譲には、2つの目的がある。

・社員の自立性の促進。
権限を委譲するといっても、はじめから自由な裁量が与えられるわけではない。上司が業務のやり方や手順を教えて、部下に実践させる方法が一般的である。

上司の管理下で実務経験を積ませながら、徐々に任せていくことで、従業員は少しずつ成長を実感することができる。もちろん、すべての責任は上司にある。部下のステップアップに応じて、本人による提案や行動を促していく。この過程において、高い自立性が芽生えていくのだ。

さらに権限委譲をすることで、部下には目標を達成する能力が身につき、上司から認められることで自己肯定感が上がる。

また部下だけではなく、上司のマネジメント能力を育てるためにも有効である。責任を負う立場として、職務遂行能力を高めなければならない。このような権限委譲を経験することで、より上位の職位にステップアップすることにも期待ができる。

・経営組織における生産性の向上。
生産性とは、限られた労働時間内で、高いパフォーマンスを発揮することである。

近年は働き方改革によって、生産性を高めることが急務となっている。そこで脚光を浴びているのが、日本と産業構造が類似しているドイツだ。ドイツでは、日本よりも労働時間が短いにもかかわらず、高い労働生産性を実現している。

この背景にドイツの企業では、権限委譲が浸透していることが挙げられる。個人の権限で労働をする環境が整っているため、無駄な業務やコミュニケーションが発生しない。責任の所在も明確である。結果的に、長時間労働や残業をしない企業風土が構築されている。

すなわち権限委譲によってビジネスプロセスを効率化させて、生産性を向上させることができるだろう。

「権限委譲」のメリット・デメリット

権限委譲には、どんなメリットとデメリットがあるのだろうか。それぞれ比較できるように、ポイントをまとめてみたい。

メリット3つ

1 意思決定のスピードアップ

細かな業務の判断を部下に任せることで、意思決定のスピードを上げることができる。意思決定の速さは、市場の変化が目まぐるしい業界ほど重要視すべきだ。またライバル企業との競争力を強化するためにも欠かせない。

しかし日本企業では上長に対して、こまめな報連相をすることが一般的である。意思決定までに時間を要するというデメリットは避けられない。

意思決定を加速させるためには、権限委譲が有効である。しかし、ただ業務を委ねるのではなく、各フローを細分化して判断基準をわかりやすくする必要があるだろう。

2 社員の能力向上

自立性の向上を目的とする権限委譲は、社員の能力アップを実現させる。

従業員が育ちにくい企業の特徴の1つは、彼ら・彼女らに決定権がないことである。経営者や幹部の指示に従う組織では、社員のモチベーションや自尊心が生まれにくい。

ワンランク上の業務を任せることで、部下は難しい課題を解決したり、高い目標を達成したりする喜びを味わっていく。この過程で潜在的な能力が開花して、大きく飛躍できるのである。

3 業務の精度向上

成功体験をするだけがメリットではない。失敗をすることも有意義である。

部下がミスをした場合、なぜ誤ったのか、どうすれば次回は改善できるのかを考えるようになる。1つ1つの業務において、精度が底上げされることはもちろん、将来的なリスク回避対策もとれるようになるだろう。

デメリット4つ

1 意思決定のミス

意思決定が失敗してしまう恐れについて考えてみたい。

たとえば、権限委譲された部下が能力不足だった場合である。はじめての内容で、間違った判断をする可能性は大いにある。

また上司が判断材料や基準について説明不足だった場合も、意思決定のミスは起こりえるだろう。このような失敗が続けば、社員はやる気や自信を喪失して逆効果となる。

2 認識の不一致

上司と部下の認識が一致せずに、権限委譲をできない場合がある。

たとえば、上司はやる気を上げてもらうために仕事を任せても、部下が一方的に業務を任せられたと、不快に受け取ってしまうケースだ。上司の仕事が手いっぱいだから、渡されたと認識されることもあるだろう。

このような誤解は、コミュニケーション不足によって生じる。権限委譲をする目的や、やり方が伝わっていないからだ。認識の乖離が起きることで、人間関係の悪化を招く可能性があるだろう。

3 判断が部分最適化される

上司と部下では、見ている視点が異なる。上司は組織全体や長期的な視点、部下は現場や局所的な視点を持っていることが多い。

この場合、部下は部分最適だけを考えて判断してしまう恐れがある。とくに目先の利益や成果に走るようなケースは注意を払わなければならない。

意思決定ルールや判断基準に関する教育が必要である。

「権利委譲」の注意点3つ

権限委譲をする際は、注意しておきたい点がある。思慮深く遂行できるかによって、成功するか失敗するかが決まる。

先述したデメリットを回避して、権利委譲のメリットを活かすための方法を考えたい。

動機づけ

重要なのは任せる業務内容ではなく、任せ方である。どのように任せれば、部下が自主的に取り組むのかを検討しなければならない。

それには動機づけが有効である。なぜ当人に任せるのか、どのような成果を期待しているのかを、部下の実績や能力など根拠をもとに伝えることで、納得をしてもらえるだろう。

ただ仕事内容を伝えるだけの権限委譲は、もっとも避けたい行為だ。

リスク管理

業務の失敗や遅れは想定内と考える。進捗や結果報告を忘れる従業員もいるだろう。これも予想は難しくない。

どのようなリスクがあるのか、その場合の対策はどうするのかをリストアップしておくとよい。とくに未経験の仕事を任せる場合は、打開策までを事前にシミュレーションしておくべきだろう。

どんなミスであっても責任を負うのは上司である。一方的に任せて、成功だけを期待する姿勢はとらないでおきたい。

コミュニケーション

コミュニケーションを積極的にとるという意味ではない。最低限のコミュニケーションであっても、信頼関係を構築できれば問題はない。

上司と部下の信頼関係を結ぶのは、理念の共有である。企業や組織の理念やビジョン、チームのミッションを伝えることで、部下は自身の目標を掲げて、役割を認識するようになる。

その目標や役割を達成するために、権限委譲が必要だと理解してもらえることで信頼関係は生まれやすくなるだろう。

「権利委譲」のやり方

権利委譲は、ステップを細分化させることで円滑に進めることができる。ここでは4つの項目で考えてみたい。

  • 業務の整理
  • 目的・ゴールの共有
  • モニタリング
  • 評価

詳しいやり方は以下の通りである。

業務の整理

任せる業務を整理する作業である。

どの仕事であれば、社員の成長につながるのか、自主的に取り組んでもらえるのかを熟考しなければならない。それぞれの立場や経験、能力を考えて、最適な業務を選ぶことが肝心である。

目的・ゴールの共有

目的・ゴールを、部下と共有するステップである。これには可視化させることが役立つ。

作業項目ごとに期限やマイルストーンを設定することで、共通認識を持ちやすくなる。たとえば、ガンチャートなどが有効である。

○月1w○月2w○月3w○月4w○月1w○月3w○月4w
LEVEL1 2日まで
作業①
作業②
LEVEL2
作業③ 3日まで
作業④
LEVEL3
作業⑤
作業⑥
結果報告

(ガンチャートのイメージ)

モニタリング

進捗状況を定期的にモニタリングする。

細かな業務について言及する必要はない。可能な限り、部下が主導で実務をできるように意識をすることだ。

しかし途中でスケジュールの遅れやミスが発生した場合は、適宜サポートをすることが求められる。

評価

部会に対する評価を実施する。内容は、通常の業務で使用している評価方法で問題ない。ただしプロセスごとに数値でフィードバックをすることで、正確に客観的な評価ができるようになる。

企業の成功事例3つ

権限委譲を実施することで成功した企業の事例を紹介する。

株式会社フィードフォース

株式会社フィードフォースは、マーケティング支援サービスを開発・提供している企業である。

同社は、各事業部門のリーダーに権限委譲をしている。経営者に依存しない組織体制を構築しているのが特徴だ。

また部門横断会議を実施したり、1on1という上司と部下のコミュニケーションを週に1度開催したりと、社員が自主的に考えて、行動できる組織文化を作っている。

株式会社星野リゾート

高級旅館・ホテルチェーンの株式会社星野リゾートは、「ユニット・ディレクター(UD)制度」を設けている。このポジションは、年2回の立候補制度によって決定される。経営に意思決定に参加できることが特徴だ。

具体的には、経営者直下に業務ごとに31のユニットを編成している。ユニット・ディレクターがユニットのトップとして、自律的な小集団組織の集合体を形成している。

株式会社小松製作所

グローバルに事業を展開する総合機械メーカー・株式会社小松製作所は、2012年の4月に従業員エンゲージメント強化に乗り出した。

「安全・安心で、能力を最大限に発揮できる職場」提供のために、マネージャーに対する施策の1つとして権限委譲を実施した。それは取締役会から委譲された権限の範囲内で、職務を執行するという内容である。

結果的に、従業員エンゲージメントは33%から70%に改善された。

権限委譲は従業員だけではなく企業を育てる

権限委譲は部下の潜在能力を開花させるためには、効果的な手法である。働き方改革において、生産性を向上させるうえでも欠かせない。実際に権限委譲を実践している会社は、その恩恵を受けている。

しかしやり方を誤れば、企業活動に悪影響を及ぼすことになるだろう。権限委譲を成功させるためには、動機づけやリスク管理、動機づけが不可欠である。

権限委譲によって成長するのは部下だけではない。従業員のやる気があふれて、仕事のクオリティーが高くなることで業績が拡大して、企業価値の向上にもつながるであろう。

成功事例を参考にしながら、自社に適した導入方法を検討してみてはどうだろうか。(提供:THE OWNER

文・吉田一政(ダリコーポレーション ライター)