THE OWNER特別連載「経営者のお悩み相談所 〜経営コンサルタントが一問一答!〜」第12回目は「新しい改革を導入する際、トップダウンでやってよいか?」という経営者のお悩みについてお答えします。

▼経営者様からのご質問はこちらで受け付けております!
https://the-owner.jp/contents/the_owner_questions

【今回のご質問】
新しい改革を導入する際、トップダウンでやっても良いでしょうか?社員にどうやって分かってもらえるか、反対の声を心配しているところです。

新しく改革を導入する必要を感じた経営トップが気にすることは実現性(本当に実施徹底できるのか)と実効性(実施できたとして期待する効果が上がるのか)です。そして前者については社内の理解と一致団結が大きな成功要因です(唯一ではありません)。中小企業でも、改革を始めなければいけないと経営トップが躍起になっても、多かれ少なかれ改革には反対の声が付き物です。まずは「なぜ改革に反対する動きが出てくるのか」「それはどういう処から来る反対なのか」から考えてみましょう。

日沖 博道(パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長)
日沖 博道(パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長)
【略歴】アーサー・D・リトルでシニアマネジャー、日本ユニシスで統括パートナー、アビームコンサルティングでディレクターを務める。経営コンサルティングと事業会社経営(ベンチャー企業、合弁企業など)を交互に経験し独立、2012年より現職。
【学歴】一橋大学 経済学部卒、テキサス大学オースティン校 経営大学院修士(MBA)
【専門領域】事業戦略、マーケティング戦略、ビジネスモデル、BPRとBPM
【最新著】『ベテラン幹部を納得させろ!~次世代のエースになるための6ステップ~』
【パスファインダーズ社】少数精鋭の戦略コンサルティング会社として、新規事業の開発・推進・見直しを中心としたコンサルティングを提供。
URL:https://www.pathfinders.co.jp/

『5つの壁』の概念を知る

【第12回】新しい改革を導入する際、トップダウンでやってよいか?
(画像=THE OWNER編集部)

90年代前半、私(回答者)が所属していたアーサー・D・リトル(ADL)という戦略コンサルティング会社は、日本で実施した大きな企業変革プロジェクトの内容や傾向を分析し、「高収益革命シリーズ」と銘打って数冊の経営書にまとめました。その最初の『高収益革命のデザイン』という本において、企業変革を阻む『5つの壁』という概念を発表しています。この概念は、当時の私の大先輩である田畑成章さんという上級コンサルタントが原型を造り、その後のプロジェクトの中で私を含むADLチームが肉付けを行って完成させたものです。

【第12回】新しい改革を導入する際、トップダウンでやってよいか?
(画像=THE OWNER編集部)

その後、このコンセプトは他のコンサルティング会社でも流用されるようになり、今では幾つもの亜流が存在します。でもここに提示しているのがADLで完成され今では弊社でも使用しているもので(絵のイメージはアビームコンサルティングにて付加)、最も実用的だと思います。

この概念を簡単に説明します。改革を始めようとする初期段階では、大多数の人が「認識の壁」の手前にあり、そもそも改革を必要とする状況にあるという認識がありません。やがて改革が始まっても多くの人は何が問題の根源なのか、したがってどんなアプローチが有効かどうか判らず、思考停止したままです。やがて具体的なアプローチが決まって改革の具体論が出てくると、やはり大半の人が「総論賛成、各論反対」的にその具体的な対象・やり方に対し納得できなくて、腰が引けたままです。やがて改革が具体的段階に進もうとすると、最初は多くの人に当事者意識がなく自らは行動に移しません。そして改革が順調に進んだとしても、あるところまで行くと、「もういいや」と言い出す人が続出する、というものです。

このうち最初の3つの壁が反対もしくは抵抗の形となって現れ、後半の2つは足並みの乱れとなって改革の遂行と徹底を妨げるのです。この『5つの壁』の概念は組織内の人間の心理状態をうまく表しており、企業改革時の進め方を考えるのに非常に役に立ちます。これを理解した上で、社内の反対や抵抗を事前に想定して、それらに対する対策をあらかじめ考えておくことをお薦めします。

改革反対の第一の理由は「改革の必要性を感じない」こと

『5つの壁』の最初にあるのが「認識の壁」です。すなわち、本当のところ自分たちは改革を必要とする悪い状況にあるのに、そうした認識がないという事態です。そもそも改革の必要性を認識していないため、「わが社は改革を断行せねばならない」と経営トップがぶち上げたとしても、「へ?なんでそんなことしなきゃいけないの?」となって誰も動かないし、改革反対の最初の理由になるのです。そうした反応は、一般社員はおろか、役員レベルでも概ね同じです。

この「認識の壁」による反対は、時に「今はその問題に手を付ける時ではない」「もっと他に優先すべき問題がある」といった声となって現れることがあります。いずれにせよ、経営トップが最優先と考える改革の必要性を強く感じないという意味では同じです。

実際問題としてここを超えない限り、具体的な改革の中身を議論するフェーズにすら至りません。したがって経営トップが改革を行うにあたって、「なぜ我々は改革を必要とするのか」という直接の理由、そしてその背景感を是が非でも役員・社員に理解してもらわなければなりません。そのため、経営トップ自らの言葉で彼らに十分に説明する必要があります。これは会社がトップダウン的風土であっても、ボトムアップ的風土であっても不可欠です。

こうしたとき、口下手な社長だと直接の理由だけ説明すれば十分だと考えがちですが、その背景まで説明してはじめて役員・社員は理解・納得できるものです。なぜなら役員、ましてや社員というのは社長と比べると格段に視野が狭く、社長が観ている世界や将来が見えていないのが普通だからです。

改革反対の第二の理由は「課題の構造と方向性が見えていない」こと

では一旦、改革の必要性を役員・社員に対しきちんと説明し、「認識の壁」を越えたとしましょう。次にそびえ立つのは、「判断の壁」です。すなわち、「何をどうやって変えていけばいいのか分からない」という立ち往生に近い反対の声です。これは課題の構造が見えていない、もしくは方向性に関する意見が定まっていないことからくる反対または抵抗なのです。

改革が「問題解決型」の課題の場合(*)は比較的シンプルで、「そもそもなぜこれがこんなよくない状態になってしまっているのか」という根本原因について社内の意見が一致していないことが、反対や抵抗の声となって現れます。逆に言うと、その部分がはっきりしたら解決法を考える知恵は自然に湧いてきます。

* 「問題解決型」の課題とは製品不良など、「本来あるべき姿から外れた状態から、あるべき正しい状態に直すべき」というタイプの課題を指す(こうした課題別アプロ―チについてより詳しく知りたい方は、拙著『ベテラン幹部を納得させろ!』を参照されたい)。

一方、改革が「目標達成型」の課題の場合(**)には、「どういう『問いに対する答』を明確にしたら目標に近づけるのか」という一連の「イシュー」(論点)について、責任ある立場の人々の考えがもやもやしたままで、結果として課題解決に向けてのアプローチが明確になっていないため、「どうすればいいのか?」「本当にそれが鍵となる/重要なのか?」と意見がまとまらないのです。

* 「目標達成型」の課題とは新規事業開発など、「今ある状態に満足せずにもっと高い目標に向けて頑張る」というタイプの課題を指す(同上)。

したがって、経営トップとしては方向性を示す必要があります。まずその改革に向けての責任者を指名し全権を与える代わりに、自らの「判断」をその責任者に思いきりぶつけて徹底的に意見交換すべきです。そのポイントは、課題が「問題解決型」なのか「目標達成型」なのかによってまったく違いますが、経営トップとして「何が重要なのか」「なぜそれを重要と考えるのか」を、知情意を尽くして伝える必要があります。

その意見交換において責任者候補の考え方や認識が甘かったら人選を差し替えることがあってもいいでしょう。でも単純に自分の考えだけを押し付けるのはいただけません。もしかすると相手は違う切り口で、あなたの見えていないものが見えているのかも知れないのですから。より深い部分でその責任者の見識を問う、という態度がふさわしいのです。テーマによっては、社外の専門家の知恵や経験を借りて、自らおよび責任者の「認識」や「判断」を補完することも当然あって構いません。

改革反対の第三の理由は「社内の知恵が十分に反映されていない」こと

では、きっちりと責任者と意見交換して、改革のための方向性が明確になり、「判断の壁」を越えたとしましょう。次に越えねばならないのは、「納得の壁」です。既に具体的な内容案が提示されたこの段階で噴出するのは、「その策が本当に有効なのか、本当にそこまでしなきゃいけないのか、自分たちにそこまでできるのか」について腹落ちしないという反対の声です。

この「納得の壁」をうまく超えるには、責任者にプロジェクトチーム(以下、PT)を結成させ、彼らに大きな裁量を与えて、解決に向けて社内の知恵を絞り出すように仕向けることです。その際には、PTでの検討に現場を知っている関係者をいかに関与させておくのか、という観点が不可欠です。そういった「現場を知っている」人たちが関与することで、改革途上で噴出する課題の解決に妙案も出ますし、彼らが改革内容を検討してくれたという事実自体が、その他の社員の納得感を獲得することにつながることもよくあります。

実は中小企業では、改革をぶち上げた経営トップが、PTに対し改革の具体的な内容の大半を事細かに提示し、「あとは実行せよ」とだけ命令する場合が少なくありません。PTは確かに「判断の壁」はスムーズに飛び越えることができますが、いざ具体論を詰めて実行する段になって「納得の壁」が立ち塞がります。すなわち直接影響を受ける現場社員などから「納得できない」という反対またはサボタージュ的抵抗が続出しがちになるのです。

もちろん、PTにアサインする人材の能力が本当に頼りないが故に、「納得の壁」で頓挫するリスクをあえて許容して具体的な改革内容を事細かに提示するやり方を選ばざるを得ない、と考える経営者も少なくないかと思います。でも経営トップには現場の細かい事情が見えていないことも多く、またPTメンバーおよび社内関係者の今後の成長を期待するなら、そこは我慢のしどころではないでしょうか。

また逆に、PTに対し「丸投げ」でもいけません。せめて方針と制約条件(マイルストーンを含む)までは経営トップに提示してもらいたいところです。これは言葉で言うほど簡単なものではありません。改革の範囲と自社の実力のバランスに目配りしながらスケジュール期限を区切り、アプローチに沿って検討途中でPTが直面しそうな課題もある程度予想して、それに対処するにあたって「踏み外してはならない」線を引かなくてはいけないのですから。

そして可能であれば、方針と制約に加えて「これとこれは外さずに検討せよ」というWHATの重要ポイントを示して改革を指示するのが最もよいかと思います(当然ながらその分、経営トップの力量が問われますが)。

最後に質問者のいう「トップダウンでやってよいか?」の意味合いを考えてみましょう。「つべこべ言わずに俺の言う通りにとっととやれ」というニュアンスの「昭和のトップダウン」はさすがに今では通用しません。それに対し、ここで示した「役員・社員の成長を促しながら経営トップの意を反映した改革のシナリオ」を描くことのほうが有効だということが伝わったと思います。そう、これが令和時代の「トップダウン」なのかも知れませんね。

社内に存在する「5つの壁」を乗り越えるための戦略を練るべし

ではここまでの話を整理しましょう。次の4点が主旨です。

1)改革に対する役員・社員の反対・抵抗のメカニズムとしての「5つの壁」を理解し、事前に想定と対策を考えるべし。

2)最初の「認識の壁」を越えるためには、まずは経営トップ自らの言葉でその背景と理由を、役員・社員に対し十分に説明すべき。

3)2つ目の「判断の壁」を越えるためには、キーマンをプロジェクト責任者に据えた上で、問題の根本原因もしくは改革のためのアプローチについて徹底的に意見を交わすことが有効。

4)3つ目の「納得の壁」を越えるためには、現場を知るプロジェクトチームに大きな裁量を与えて有効な解決方策を検討させるべし。その際には少なくとも改革の取り組みに向けての方針と制約については経営トップから提示することが有効。

以上です。貴社の改革の成功を祈願致します。(提供:THE OWNER

文・日沖 博道(経営コンサルタント・パスファインダーズ株式会社 代表取締役社長)