東京五輪の開会式を4ヵ月後に控えた2021年3月15日現在も、新型コロナの世界的感染拡大は続いている。日本側は海外からの観客を見送る方針を固めているが、国内では5~9割が中止や延期を希望するなど、クラスターの発生を懸念する声が高まっている。

海外観客受け入れしなかった場合など、複数のシナリオによる経済的損失が試算されているが、最も打撃が大きいのは感染拡大による緊急事態宣言の再発令で、その規模は中止による損失を上回るという。意地でも開催を断念しない理由と共に、開催が日本にとって大きな賭けとなるかも知れない背景について考察してみよう。

国内・国外で安全性への懸念

東京五輪中止の損害は最大約4兆円?意地でも中止したくない理由2つ
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「文春オンライン」が2021年1~2月に実施した調査では、「中止すべき」が63.1%、24.5%が「再延期」と回答した。毎日新聞・社会調査研究センターの3月の調査では、32%が「中止すべき」、17%が「再延期」、さらに21%が「海外からの観客は受け入れずに開催すべき」、15%が「国内からの観客も受け入れずに開催すべき」と答えた。いずれの調査も「予定通り開催すべき」と答えたのは10%にも満たない。中止・再延期を希望する最大の理由は、クラスターの発生への懸念だ。

国外においても、安全性を疑問視する声が上がっている。米国疾病予防管理センター(CDC)など多数の専門機関が警告しているように、ウイルスのコミュニティ感染が根絶やしにならない限り、ワクチン接種後も感染リスクは依然として存在する。

ワクチン接種が感染リスクの抑制に効果的であることを示唆する報告は多数あるが、ワクチンはあくまで「重要な予防策の一つ」である。ソーシャルディスタンスや手洗いといった他の予防策が遵守されなかった場合、たとえワクチンを接種していても、感染リスクに晒される可能性はゼロではない。

コロナ以前に国土省が発表した報告書によると、東京オリンピック・パラリンピックの観客およびスタッフ数は約1,000万人と見込まれていた。パラリンピックの観戦チケットの払い戻し枚数については不明だが、2020年12月の時点で払い戻された東京オリンピック観戦チケット約81万枚、そして海外からの観客推定100万人を差し引いたとしても、819万人が東京圏に流入することになる。

単純計算すると、パンデミックの最中であるにも関わらず、東京の人口(約927万人)が通常の2倍に膨れあがり、これらの人々が東京圏を移動し、競技場という密集した空間に集合する。そうなると、「これだけ大規模な人の移動・集合に対応可能な、感染抑制対策や医療体制を本当に整備することが可能なのか?」という疑問が浮上しても不思議ではない。

緊急事態宣言再発令の損失、海外観客受け入れない場合の約32倍?

それでは懸念されている経済的損失は、どれぐらい深刻なのか?野村総合研究所アナリスト、木内登英氏はチケット収入総額900億円の半分が海外観客によるものと想定し、海外観客受け入れしなかった場合の損失(インバウンド需要の損失を含む)を推定2,000億円と試算している。同氏いわく、これは日本のGDPの約0.03%程度であるため、「それほど大きな数字ではない」。観客を受け入れて感染が拡大し、緊急事態宣言が再び発令された場合、その経済損失額は推定6兆3,000億円にのぼると試算されている。

一方、関西大学の宮本勝浩名誉教授の試算によると、完全に中止となった場合の損失は約4兆5,151億円、無観客の場合は2兆4,000億円、簡素化した場合は約1兆3,898億円という。これらの数字を見る限り、経済的損失を最小限に抑えるためには、海外観客受け入れず予定通り開催するという選択が適切かと推測される。

意地でも中止したくない理由

懸念の声が高まっているにも関わらず、東京五輪の開催にこだわる理由はいくつか考えられる。

中止が決定した場合、当然ながらこれまでの労力・コストなどがすべて無駄になる。4年間、厳しい練習に耐えてきた選手の無念は計り知れないものとなるだろう。東京オリンピックの開催は、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」とまでは行かなくとも、「コロナの終焉への希望の光」を象徴するイベントとなるとの見方も強い。開催目前で断念し、「平和の象徴であるはずのオリンピックが、パンデミックに敗れた」という不名誉な歴史を残したくないという想いも強いはずだ。

また、2022年冬季オリンピックは、コロナ発祥地の疑いが未だに残る中国北京が開催地である。日本が複雑な思いを抱いても無理はない。残念ながら、再度延期という選択肢はなさそうだ。2024年パリオリンピックがすでに稼働しており、ブレイクダンスが正式種目として追加されるなど注目を集めている。

五輪開催、日本にとって大きな賭け?

日本でもワクチン接種が始まっているが、開催までに集団免疫を獲得出来る可能性は極めて低い。また、大会期間中は最低4日ごとに1度、PCR検査を受けることがすべての選手に義務付けられるが、豪バーネット研究所の疫学者マイケル・ツール博士が指摘している通り、たとえば、チームメンバーの1人が陽性と発覚した場合、チームの全員、そして前日の対戦相手などは自己隔離となり、棄権を余儀なくされる可能性も考えられる。

バイデン大統領は2月に米ラジオ番組に出演した際、「日本政府はオリンピックを安全に開催するために全力を尽くしている」と前置きした上で、「開催に関する決定は、科学的根拠に基づいて下される必要があると思う」と述べた。日本にとって五輪の開催は、大きな賭けとなるかも知れない。(提供:THE OWNER

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)