「アルケゴス問題」を巡り、野村ホールディングス(HD)、クレディ・スイスなど、国際金融機関の多額損失が続々と発覚する中、各行の管理リスク体制や富裕層マネー、そして金融市場にもたらす影響への懸念が高まっている。前金融危機以降(2007~2009年)、国際金融規制が強化されているにも関わらず、なぜこのような事態に陥ったのか。
「アルケゴス問題」とは?
騒動の発端は、米運用会社アルケゴス・キャピタル・マネジメントのポジション破たんだ。
2021年3月に入り、米メディア・コングロマリット、Viacom(バイアコム)CBSや、百度(バイドゥ)、騰訊控股(テンセント)などの 中国大手IT株が急落に転じた。これらの銘柄に大きくポジションを張っていたアルケゴスが、与信取引していたプライム・ブローカー(大手投資銀行、証券会社など)から求められた追証に応じられなかったため、ファイア・セール(金融機関による投げ売り)というドミノ現象が生じた。
危機をいち早く察知した米投資大手ゴールド・マンサックスやモルガン・スタンリーが、総額約190億ドル(約2兆766億円)相当という異例のブロック取引きを行ったことで、株価はさらに下落した。その結果、アルケゴスは致命的な打撃を受けることとなった。
野村・クレディ・スイスなど巨額損失 業績に与える影響は軽微?
打撃を受けたのは、アルケゴスだけではない。ゴールドマンやモルガンのように、早期にアルケゴス関連のエクスポージャーの縮小に動いた銀行は、損失を最小限に留めることができたが、逃げ遅れた銀行は巨額の損失を出した。4月8日現在判明しているだけで各社の損失は、47億ドル(約5,134億6,392万円)の損失と共に幹部2名が辞任したクレディを筆頭に、野村は約20億ドル(約2,184億 9,528万円)、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は330億円に上る。
三菱UFJ証券ホールディングスは、アルケゴスの名前を明らかにはしていないものの、「米顧客」から2億7,000万ドル(約294億9,686万円)の損失を被ったことを認めている。JPモルガン・チェースはこれらの銀行の損失を、総額50~100億ドル(約5,462億3,821万~1兆924億円)と試算している。
しかし、少なくとも野村HDやクレディは、取引きの巻き戻しが業績に与える影響について、ポジティブな見解を示している。野村HDは「今後の業務や財務に問題なし」、クレディは「1~3月期の業績に重大な影響を及ぼす恐れがある」ものの、「損失に対応できる」「スイス金融セクターの健全性に大きなリスクをもたらすことはない」とコメントした。
世界の金融大手、問われる管理リスクと「規制の抜け道」
それにしてもなぜ、このような高リスクな取引きが合法に行われていたのか。問題の焦点は、アルケゴスが「規制の抜け穴」を巧みに利用していた点にある。
アルケゴスが取引きで多用していたのは、「トータルリターンスワップ(TRS)」と呼ばれる、極めて高リスクなデリバティブだ。TRSはエクイティスワップの一種で、投資のリターンですべてを受け払いするため、実際に現物株や証券を保有する必要がない。また、通常、米国の上場企業に5%以上の株式を保有する投資家は、ポジションと将来の取引きを開示する必要があるのだが、TRSには適用されない。
さらにアルケゴスにとって都合の良いことに、創設者であるビル・フアン氏の個人資産を運用する「ファミリーオフィス」という形態をとっているため、情報開示の義務がない。今回のケースではこれらの仕組みが全面的に裏目に出た。つまり、アルケゴスは監査網から逃れ、ほとんど「手ぶら」の状態で取引きを繰り返していた可能性がある。
フアン氏自身は、米ヘッジファンド、タイガー・アジア・マネージメントの元運用者であり、2012年にインサイダー取引きと相場操縦で起訴処分を受けた経歴の持ち主だ。実態不透明の取引きはお手の物だっただろう。しかし、金融機関が同氏の過去を知りながら、高リスクな取引きを容認していた点は腑に落ちない。この点については、「同氏がウォール街に復帰した当初、多くの銀行は同氏との取引きを拒んでいたが、最終的にはビジネスとしての魅力が勝ったとのだろう」との見方が強い。
富裕層マネーに潜むリスクが明るみにでた今、金融規制がさらに強化される可能性は極めて高い。すでに、米証券取引所(SEC)が調査に乗り出したほか、「金融安定監視委員会(FSOC)」が専門のタスクフォース(作業部会)を復活させるなど、具体的な動きが出ている。その一方で、大規模なファミリーオフィスの活動を把握・監視するシステムを求める声も上がっており、今後の動向が注視される。
金融セクター コロナ禍のボーナスは?
今回の騒動が、将来的なボーナスに影響を及ぼすかどうかも気になるところだ。それでなくとも新型コロナの影響から、多数のセクターでボーナスの減額が続いている。金融セクターは救済策に伴う資本規制などの緩和措置や投資バブルの恩恵で、特に大手投資銀行は大幅増益となっているが、好業績=ボーナス増額が保証されているわけではないようだ。
そのような中、クレディは全従業員の2020年の賞与支払いを減額すると発表した。MRTC(重要な影響力を有する従業員)のボーナスおよび報酬は前年から11~15%減、それ以外の従業員は平均1%減となった。MRTCのボーナスを平均50%増加させたUBS、MRTC のボーナスを64%、それ以外の従業員のボーナスプールを46%増加させたドイツ銀行とは対象的だ。
経済成長と金融安定性へのリスクが高まっているコロナ禍において、アルケゴス問題は水面にいく重にも輪を描いて広がる波紋のように、金融市場や社会にさまざまな疑問を投げかけることだろう。(提供:THE OWNER)
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)