THE OWNER特別連載「経営者のお悩み相談所 〜経営コンサルタントが一問一答!〜」第14回目は「経営者の貴重な時間を部下の育成に割くことに意味があるのか」という経営者のお悩みについてお答えします。
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【今回のご質問】
率直な言い方になりますが、ベンチャーなどで自身の経営やアイデアに本来割くべき時間を部下の育成に割り当てることに意味があるのでしょうか。組織のマネージメントに自身の時間を取られる形になった時点でベンチャー、スタートアップの成長が鈍化してしまうようにも思えるのですが。いかがでしょうか。
ベンチャー企業経営者は普通の中小企業経営者と比べると格段に多忙です。組織機能が確立していないため、創業メンバーがフル稼働しても人手が足らず、その足らない部分は経営トップ自らが補わなくてはならないからです。そんな中で、部下の指導や人事評価など人材育成まで自らが動かないと物事が進まないとなると、「こんなことまで俺がやらなきゃならんのか」という不満をぶちまけたくなる。実によく分かります。でももし今、あなたがそれをやらなくなったら一体どうなるのでしょうか。まずはそこから考えてみましょう。
【学歴】一橋大学 経済学部卒、テキサス大学オースティン校 経営大学院修士(MBA)
【専門領域】事業戦略、マーケティング戦略、ビジネスモデル、BPRとBPM
【最新著】『ベテラン幹部を納得させろ!~次世代のエースになるための6ステップ~』
【パスファインダーズ社】少数精鋭の戦略コンサルティング会社として、新規事業の開発・推進・見直しを中心としたコンサルティングを提供。
URL:https://www.pathfinders.co.jp/
今の時点で部下の育成を人任せにしたらどうなるか想像してみる
『インターネットビジネスマニフェスト』というネットビジネス起業家のバイブルのような本があります。その中にとてもインパクトのある図が載っています。
参考:https://www.daisy-web.com/weblog/1986
典型的な起業家が日常的に自ら遂行している業務を図示しているのですが、その膨大さに目がくらみそうになりますね。これはネットベンチャーなので余計に極端なのですが、他業種ベンチャーでも本質的には同様です。戦略を考え、自社の製品・サービスを開発し、それを売り込むために奔走し、他社との提携交渉にあたり、顧客に満足してもらうため現場での指揮を執るまで、つまり「戦略的な方針策定から日常的な事業推進まで」、経営トップが一手に引き受けているのが普通です。いわば「内的自転車操業」とでも言うべき状態なのです。
ところで、ベンチャー企業経営者の組織環境には2種類あります。優秀な「番頭役」たるナンバー2がいる場合と、いない場合です。大抵のベンチャー企業の現実は後者です。質問者の場合はどうでしょうか。仮にそんなナンバー2がいたら、人材育成を含む日常の組織運営上の細々とした事項はすっかりその人に任せ、ご自分は「経営者がすべき、そして経営者しかできない」戦略的な事項に集中できるはずです。でも、もしそうならそもそもこんな質問をされるはずもなく、残念ながらそうした優秀な「番頭役」はいないというのが現実でしょう。以下、そんな状況を前提に話を進めます。
ベンチャー企業の大半というものは、創業者たる経営トップが技術・経験・人脈・責任感とも圧倒的に優れており、その他のメンバーはそのリーダーシップについていく恰好で事業が成り立っていることが多いものです。経営トップ自身、実はそれほど組織運営が得意ではなくとも、そうした圧倒的なリーダーシップ要素がカバーして(いわばカリスマ性で)、たとえ丁寧な説明でなくとも(つまり「俺の背中を見て覚えろ」方式でも)経営トップの指揮に従い、日常の現場業務遂行は行われています。
そんな中、仮にあなた(=質問者)が希望するように、他のメンバー(複数かも知れません)に日常的な部下の指導・育成を任せたとします。すると確かに「経営者が優先すべき戦略的な事項」のみに、あなたはいっときは集中できるでしょう。でもあなたが部下の指導・育成を託した人はあなたほどリーダーシップ要素がなく、部下はなかなか育ちません。つまり組織のレベルは向上しません。否、むしろ弛緩し停滞する可能性が高く、あなたが指導していた時に比べ不十分な出来具合の仕事が続くかも知れません。場合によってはミスが頻発し、顧客満足度は下がり、挙句の果てに顧客は離れていくかも知れません。
それでもあなたは相変わらず「戦略的な事項」のみに集中できますか。できませんよね。顧客を失う訳にはいきませんから。あなたは現場に戻って指揮を取り直します。でも一旦緩んでしまった現場の士気を再び高め、不信感が生じた顧客の信頼を取り戻すのは並大抵のことではありません。従前以上に現場に時間を使わないといけない羽目に陥ること、火を見るよりも明らかです。つまり、中途半端な状態で部下の育成を人任せにしたらその咎は大きく、かえってあなたの時間と会社の成長機会を奪うことになるのです。
あるべき姿に近づくため、現場リーダーを育てる
では一体どういう状態になるのが望ましいのでしょうか。多分、こういうことではないですか。すなわち、あなたがいちいち全ての現場を取り仕切って部下に指示しなくとも、各々の現場を安心して任せることができるしっかりしたリーダー達がおり、彼らがあなたに代わって部下を指導・育成し、現場の仕事を切り盛りしていくという状態ではないでしょうか。
そうすれば今度こそ本当にあなたは安心して「経営者が優先すべき戦略的な事項」のみに集中できるでしょう。そして現場を少しずつ増やすことで、または製品・サービスの種類を増やすことで会社は着実に成長に向うことができるのです。
そのためには何が必要ですか。そう、安心して任せることができる、しっかりした現場のリーダー達ですね。そうした人たちこそ、あなたが経営に集中するために絶対必要な経営資産だということです。
どうやって確保しますか。新たに雇い入れる?この人手不足のご時世に集められますか、必要なだけの現場リーダーを、有名でもない一介のベンチャー企業が。仮にあなたの会社が(例えば有力VCから注目されて途方もない額の資本注入を受けたことで)資金や人脈が潤沢・豊富であれば話は別ですが、そんな状況でもないですよね。
ではどうしますか。やっぱり今いるメンバーのうち見込みがある人たちを選んで、彼らを現場リーダーとして育て上げていくことが現実的ではないですか。
そう、あなたが会社を成長軌道に乗せるため優先すべき戦略的な事項に集中するためには、皮肉なことに当面は部下の育成、すなわち現場リーダーを立派に育て上げることにあなたの貴重な時間の相応な割合を割かなければいけない、ということなのです。回り道のように見えて、実はそれがあなたの会社が成長するために避けて通れない、しかも最も着実な方策なのです。
人材育成のために考えるべきこと
ここで幾つか疑問点が浮かぶかも知れません。主なものをここに挙げて、解消しておきましょう。
1.いつまで現場リーダーの育成に経営トップ自ら関わらなければいけないのか?
具体的には会社の業種・業態と規模によります。しかし要は、組織内で自律的に現場リーダーを育成するメカニズムが確立するまでなのです。すなわち経営トップたるあなたが直接しなくとも、一人前になった各現場リーダーが次の現場リーダー候補を指導・育成するようにすればいい訳です。あとは自律的に人が次の人を育て、組織全体の能力が底上げされて成長が可能になります。
2.現場リーダーが一人前になれば、経営トップは即解放されるのか?
それだけでは次のリーダーがまともに育つ保証はありません。現場リーダーに部下育成を任せるためには、そのための指導方法も確立する必要があります。経営トップのカリスマ性による「俺の背中を見て覚えろ」方式で教えるスタイルから、先輩が後輩を合理的に指導するスタイルに切り替えるのです。そのためには、後進の指導・育成のためのガイドブックや、「なぜ、このやり方がこの場面では必要なのか」を理解してもらうためのマニュアルも必要になるかも知れません。指導方法を確立し、ガイドブックやマニュアルを整備する中心人物は多分、経営トップたるあなたを置いて他にはいないでしょう。つまりあなた自身が合理的な部下指導・育成法を考えながら工夫・実践し確立することが、会社成長の礎を築くことになるのです。
3.現場リーダーの育成を加速し経営トップの「手離れ」をよくする方法はないのか?
上記のガイドブックやマニュアルもその一つですが、最も効果的なのは「右腕」(※)を早く育て上げることです。「右腕」には経営全体を見渡せるほどの視野の広さや、社内の誰からも尊敬される見識・人格が求められます。それにふさわしいナンバー2候補を早く見定め、経営者の抱えている色々な仕事を少しずつさせて経験を積ませ、いずれは最初に申し上げた「番頭役」(※)にまで育て上げるのです。その過程で、ガイドブックやマニュアルを作成することも手伝ってもらえるでしょうし、現場リーダーの指導・育成も分担できるでしょう。あなたが「戦略的な事項」に集中できる時間がそれだけ増える訳です。
※「右腕」と「番頭役」の違いとは:「右腕」はあくまで補佐役で、経営トップが執行責任を持ちます。それに対し「番頭役」は現場執行責任者で、社内を取り仕切る立場です。大企業なら、前者は経営企画部長クラス、後者はCOOといったところです(江戸時代なら後者は「家老」ですね)。
現実を理解した上で、着実に組織力を向上させ、現場を任せられる体制を築くべし
ではここまでの話を整理しましょう。次の3点が主旨です。
1)リーダーが育っていない今の時点で部下の育成を人任せにしたら現場が回らなくなるという現実を理解する。
2)今いるメンバーのうち見込みがある人たちを選んで、彼らを現場リーダーとして育て上げていくことに経営者の相応の時間を割くことが、結局は会社成長のための不可欠なステップだと理解する。
3)そのプロセスを加速するために有効なこととして、合理的な指導・育成方法を確立すること、「右腕」候補を早めに見定め集中的に育成することが挙げられる。
以上です。ご理解いただけたでしょうか。(提供:THE OWNER)
文・日沖 博道(経営コンサルタント・パスファインダーズ株式会社 代表取締役社長)