コロナ禍で一世を風靡した音声特化型SNS「クラブハウス(Clubhouse)」だが、早くも消費者間で飽和状態が広がっている。流星のごとく現れ、急失速した背後に、どのような理由があるのか。また、クラブハウスに飽きた消費者の関心は、どこに向いているのか。下火にも関わらず、企業価値が約4,319億円という評価が正当であるかも考えてみたい。

クラブハウス離れ

止まらない「クラブハウス離れ」 消費者が次に向かう先は?
(画像=klavdiyav/stock.adobe.com)

音声のみのSNSというクラブハウスの斬新なアプローチは、映像やテキストであふれかえる既存のSNSに疲労感を感じていた消費者を、瞬く間に熱狂させた。参加するための「招待状」を皆が競うように手に入れようとし、一時はeBayなどのオークションサイトに20~415ドル(約2,989~6万2,039円)で出品されるほどの盛り上がりだった。2月のピーク時の新規ダウンロード回数は960万回と、驚異的な伸びを記録した。

ところが3月に入り、追い風がピタリと止んだ。ダウンロード数は270万回と前月の3分の1以下に激減し、4月中旬は64万回に留まっている。「花の命は短い」とはまさにこのことだ。アプリ市場データ分析企業、App Annieによると、ほとんどのアプリは、リリースされた最初の数週間に人気が集中し、徐々にダウンロード数が減少する傾向があるという。クラブハウスもこのパターンだったのだろうか。

「聴き疲れ」、会話流出でクラブハウス離れが加速?

なぜ、驚くほどの短期間でクラブハウス離れが加速しているのか。

まず考えられるのは、「聴き疲れ」だ。クラブハウスは「意識高いトーク」を売りにしている。各業界の著名人や成功者を含め、さまざまな経験や知識、思想をもつホストが時間を問わずいろいろなトピックについて語り、ゲストの参加によりセッションが過熱する。

会話に参加せず聴き役に徹していても、長時間聴いていると疲労感が生じる。実際、「最初は意識の高い人々が集まる空間に刺激されたが、段々と疲れてきた」「カジュアルな会話も聴きたい」という声も多い。「大好物のステーキを毎日食べていたら飽きが来て、お寿司が食べたくなった」という心境と同様だ。

会話の流出などを理由に、著名人や成功者が次々と離れていったことも、クラブハウス離れを加速させている。原則として、クラブハウス内でのトークはオフレコだが、いつの頃からかトークの内容がメディアで出回り始めた。クラブハウスにはアーカイブが残らないため、たとえ報道が虚偽であっても否定するための証拠がない。著名人や成功者にとってはリスクが高い。

客(ゲスト)寄せの看板となっていたセレブレティホストがいなくなれば、トークの魅力は半減する。社会的知名度や認知度の低いホストの場合、余程のカリスマ性がない限り、消費者を惹きつけておくことは難しいだろう。また、ホスト数の増加と共に、トークの中身が薄くなっている点も指摘されている。つまり、SNSの新星から、「やたらとチャンネルの多いライブオーディオ」になってしまったことが、消費者の飽和感をあおっているようだ。l

消費者心理と環境の変化

それにしても、ジェットコースターのような盛り上がりと衰退を見る限り、他にも原因があるような気がする。その真相は、消費者を熱狂させた心理や環境の変化に隠されているのではないだろうか。

そもそも消費者を駆り立てたのは、「FOMO(取り残されることへの恐怖感)」と「特別感」だ。「皆がクラブハウスに参加しているから、自分も参加しなければ取り残される」という心理と共に、「招待状を手に入れた者だけが味わえる特別感にひたりたい」という心理が作用した可能性が高い。

もう一つは「巣籠り」との関連性だ。ダウンロード数が上昇傾向にあった2020年12月~2021年2月にわたり、世界各国ではロックダウンや外出自粛が実施されていた。多数の国でワクチン接種が進み、規制緩和が始まった今、家に籠もって誰かの演説を聞かなくても、現実の世界で生身の人間と話すことができる。「じっとライブオーディオに耳を傾けているのは、もう飽き飽きだ」と感じる人が増えたのではないだろうか。

消費者は既存のSNSへ回帰

それでは、クラブハウスに飽きた消費者の関心はどこに向いているのかというと、驚くなかれ、既存のSNSである。ダウンロード数が激減しているクラブハウスとは対照的に、Facebook(フェイスブック)やInstagram(インスタグラム)、Twitter(ツイッター)などは何億人ものユーザーを維持している。TikTok(ティックトック)のダウンロード回数は4月下旬までの5カ月間で5億回、ユーザー数は20億人に達している。

また、クラブハウスの爆発的な人気を受けて、既存のSNSが類似サービスやポストキャストツールを続々と発表している。Facebookの「Live Audio Rooms(ライブ・オーディオルーム)」、Twitterの「Twitter Spaces(ツイッタースペース)」といった音声チャットルームサービスのほか、LinkedIn,やSlack 、Spotifyなども参入予定だ。「既存のSNSで類似サービスが利用できるのであれば、わざわざ音声に特化したクラブハウスを使う必要はない」と考えるユーザーが増えても不思議ではないだろう。

その一方で、ヴァーチャル・イベント・プラットフォーム「Hopin(ホッピング)」など、比較的ニューフェイスのSNSに乗り換える消費者もいる。

「企業価値約4,319億円」は正当?過大評価?

しかし、投資家と消費者の見解は180度異なるようだ。クラブハウスは、過去1年足らずの間に5回の資金調達ラウンドで、総額1億1,000万ドル(約118億7,240万円)を調達した。直近の資金調達ラウンドは、下火になった4月18日に実施され、米投資企業Tiger Global Management(タイガー・グローバル・マネージメント)やDST Global(DSTグローバル)などが参加した。

シリコンバレーを熱狂させていた1月の資金調達ラウンドで、リードインベスターを務めた米ベンチャーキャピタル(VC)、アンドリーセン・ホロウィッツによると、クラブハウスの企業価値は、資金調達ラウンドの4倍に当たる約40億ドル(約4,318億5,527万円)になるという。

この評価をどこまで「正当な評価」として受けとめるべきか、現時点においては判断に悩むところである。ユーザー離れが加速している現状を見る限り、過大評価という印象も否めない。このような中、「TwitterやFacebookがクラブハウスの買収を検討している」という報道もあり、クラブハウスを取り巻く環境は混沌としている。

いずれにせよ、クラブハウスが離れていったユーザーを取り戻すためには、ライブオーディオという枠組みから一歩も二歩も踏み出し、既存のSNSにはないオリジナリティーを打ち出す必要があるだろう。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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