健全な精神は健全な肉体に宿るーー古代ローマ時代の詩人デキムス・ユニウス・ユウェナリスの『風刺詩集』にそのような一節がある。この一節は「身体の健康に気をつけていれば、心も自然と健康になる」と広く解釈されているようであるが、インターネット上では誤訳と指摘する意見が多数見られる。英文を直訳すると「It is to be prayed that the mind be sound in a sound body.(健全な身体に健全な精神が願われるべきである)」であり、ニュアンスが確かに違ってくる。そもそも『風刺詩集』はタイトルの通り、当時のローマ社会の欠点を遠回しに批判(風刺)した詩集で、あれも欲しい、これもしたいと欲に駆られるのではなく、(もし祈るとすれば)肉体と精神の健康を願いなさい、肉体と精神の健康に勝るものはないのだから、というユウェナリスならではの風刺的メッセージが込められていると考えられている。

折しも、21世紀の現在、新型コロナ禍でストレスや孤独、将来への不安などを感じる人が増加する中、「ウェルネス(Wellness)」や「ウェルビーイング(Wellbeing)」という言葉が欧米社会で存在感を増している。後段で述べる通り、ネットフリックスやスターバックス、デルタ航空といった有名企業が、インターネットやアプリを活用して、従業員のストレスレベルやメンタル状態をモニタリングし、必要に応じたケアを提供する福利厚生の外注請負サービスを導入しており、その市場規模は10兆円を超えているとの調査報告もある。そこで今回は、デジタルを駆使したヘルスケア・ビジネス(Digital × Health care)の最新動向をお届けしよう。

米国、ストレスによる生産性低下の損失は約33兆円?

人生,考え方
(画像=metamorworks / pixta, ZUU online)

WHO(世界保健機関)はウェルネスを司る7つの要素として、肉体・感情・社会・精神・経済・環境・職業を挙げている。すべての要素のバランスのとれた状態が「ベストなウェルネス」とされているが、ストレス要因が溢れる現代社会で実践するのはそう簡単なことではない。

実際、心と身体のバランスが崩れると、私生活のみならず、仕事にも深刻な影響を与える。「ビジネスニュースデイリー(Business News Daily)」によると、ストレス等による欠勤や生産性の低下がビジネスにもたらす損失額は、米国だけでも年間最大3000億ドル(約32兆9568億円)と推定されている。加えて、今年1月に米国立衛生統計センターが実施した調査によると、米成人の4割以上が鬱病などのメンタルな症状に悩まされていることも明らかになっている。

人生の質を高めるために大切なこと。それは、心と身体のバランスとり、常に「ベストなウェルネス」を心がけることだ。一人一人の従業員の「ベストなウェルネス」は企業や社会の健全な発展にも貢献する。新型コロナ禍の欧米社会では、そのような考え方が広がりを見せている。