シンカー:日米株価のパフォーマンスの差の主原因はワクチン接種率の差ではなく、マクロ経済の動きを司る三つのサイクルの差であると考える。日米ともに、株価が実体経済を引き離して上昇していった背景には、信用サイクル、設備投資サイクル、リフレ・サイクルの三つのサイクルがあると考える。日本は、信用サイクルと設備投資サイクルが持ちこたえ、財政拡大によりリフレ・サイクルがようやく活性化した。米国は、信用サイクルと設備投資サイクルが上振れ、バイデン政権の追加財政拡大でリフレ・サイクルは更に強くなる可能性が出てきている。日本は、政府が予算の予備費をすべて取り崩し、新たな補正予算を編成して、財政支出拡大で家計・企業を支援することに及び腰だ。米国はリフレ・サイクルが更に強化されるポテンシャルがあるが、日本はリフレ・サイクルが弱体化するリスクがあるわけだから、株価のパフォーマンスに違いが出るのは明らかだ。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

エコノミストに課された重要な責務は、実体経済とマーケットの乖離を理論的・数量的に明確に説明することである。株価が実体経済を引き離して上昇していった背景には、信用サイクル、設備投資サイクル、リフレ・サイクルの三つのサイクルがあると考える。信用サイクルと設備投資サイクルが持ちこたえ、財政拡大によりリフレ・サイクルがようやく活性化したことが理由である。この問題意識は日本だけではなく、米国にも当てはまる。米国でもこれらの三つのサイクルが背景にあったと考えられる。そして、米国のサイクルは日本の先を走っている。信用サイクルと設備投資サイクルは上振れ、財政拡大でリフレ・サイクルが更に強くなる可能性が出てきている。日米株価のパフォーマンスの差の主原因はワクチン接種率の差ではなく、マクロ経済の動きを司る三つのサイクルの差であると考える。

一つ目の理由は、民間の信用が拡大・縮小する信用サイクルが腰折れなかったことだ。中小企業がどれだけ金融機関から借り入れしやすいと感じているかを測る日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DI ( 「緩い」−「厳しい」 ) が信用サイクルをきれいに示す。新型コロナウィルスの感染拡大による企業の業績悪化によって下押し圧力を受けたが、政府・日銀の政策で信用サイクルは持ちこたえている。米国では、NFIBが中小企業金融機関貸出態度を調査している。米国の中小企業貸出態度はコロナ問題後に横ばいから上昇に転じ、政府・FRBの政策で信用サイクルが上振れていることが確認できる。

図1:日米の中小企業金融機関貸出態度DI

日米の中小企業金融機関貸出態度DI
(画像=日銀、NFIB、Refinitiv 作成:岡三証券)

二つ目の理由は、設備投資サイクルも腰折れなかったことだ。第四次産業革命、デジタルトランスフォーメーション、脱炭素などの投資テーマが企業の設備投資を支えている。実質設備投資のGDP比が設備投資サイクルをきれいに示す。過去2回の大きな不況期と比較し、比率の低下はまだ小さく、設備投資サイクルは持ちこたえている。日本と米国の設備投資サイクルは、リーマンショック後、IT投資がけん引する形でほぼ同じような動きをしていた。ウィルス問題により日本の設備投資サイクルは、コロナ後の新常態に対する企業経営者のビジョンがまだ定まらず、一時的に上昇の勢いをなくした。一方、米国は第四次産業革命なども背景とした新常態での飛躍を目指す企業活動が強く、設備投資サイクルは上振れていることが確認できる。

図2:日米の実質設備投資のGDP比

日米の実質設備投資のGDP比
(画像=内閣府、BEA、Refinitiv 作成:岡三証券)

三つ目の理由で最も重要なのは、マネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルが上振れたことだ。マネーの拡大には、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、マネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。これまで消費税率引き上げを含む緊縮的な財政スタンスで、ネットの資金需要は消滅し、マネーが拡大できなくなってしまっていた。ウィルス問題で財政政策は拡大に転じ、ネットの資金需要は復活して大きなマイナスとなり、リフレ・サイクルが上振れてマネーの拡大が強くなり、株価の大幅な上昇(リフレ)につながったとみられる。米国は、バイデン政権の始動で、追加の財政拡大が計画され、米国のネットの資金需要は更に拡大し、リフレ・サイクルも更に強くなる期待が高まっている。一方日本は、政府が予算の予備費をすべて取り崩し、新たな補正予算を編成して、財政支出拡大で家計・企業を支援することに及び腰だ。米国はリフレ・サイクルが強化されるポテンシャルがあるが、日本はリフレ・サイクルが弱体化するリスクがあるわけだから、ここ数か月の株価のパフォーマンスに違いが出るのは明らかだ。

図3:日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=日銀、内閣府、岡三証券)

図4:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=FRB、BEA、岡三証券)

・本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投 資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来